第8話
シオンの家で、いいや女の子の家で一夜を過ごすのは初めてだった。問題なく眠れたのは異世界に転生し慣れない運動量をこなしたため死ぬほど疲労していたからだ。シオンという美少女の近くで目を覚ますことができる····と思っていたが翌朝俺は叩き起こされた。
「起きろ! 起きろ文也!!」
「––ん? 朝からどうッ——ブハッ!!」
激しい勢いと共にお腹を踏まれ俺はリバースしかける。咄嗟に目を開けるとシオンが俺を踏み潰している。
これは····何かに目覚めそうだ。
「文也ッ——魔物が迫ってきている! 剣を取れ!」
「マジかよ」
シオンは既に鎧を身に纏い剣を握っていた。俺は昨日借りた衣服のまま剣を手に取りシオンに連れられ外に出た。
シオンの言う通りまだ見えないが何かが猛スピードで近づいているのが分かる。昨日の恐竜みたいな魔物にこの家が突進されればひとたまりもない。
「ゴブリンの群れだ。一体ならば脅威ではないが群れは凶暴だ。お前は雑魚を頼む。私は奥にいる親玉を狩る」
「えっ、いや待って」
俺の声は聞こえることなくシオンはそのまま走り去った。待ってくれ、俺は昨日初めて剣を持ったんだ。それに魔法も使えない。俺は放置されても強くはならないぞ。
「あれが····ゴブリン」
初めて生で見るゴブリンは想像の何倍もリアルだった。肌色は言うなれば汚い緑色。鋭い目つきに血の付いた口元、尖った歯。想像以上の大きさで全ての個体が俺の身長を上回っているか俺より大きい。そんなゴブリンの群れがよだれを垂らしながら迫っている。多分、一体のゴブリンだけと戦っても俺は死ぬだろう
「······ふぅ」
(助けてぇええ———!! 小林ぃいいい!!!)
「お、おい文也!! 何処に行く!!」
俺はゴブリンから離れるようにして走り始めた。俺にはシオンのような個の力など持っていない。シオンはゴブリンの群れに単身で突っ込んでいき敵を薙ぎ払いながら奥にいる親玉へと距離を詰めている。一方俺は死の恐怖を感じながら全力でゴブリンから逃げていた。
「ムリムリムリムリムリ」
これで家を追い出されるかもしれない。だけど半日にも満たない訓練で魔物に挑むのなんて自殺行為だ。俺は木々の間を縫うようにして移動しゴブリンの群れの内親玉を除いた丁度半分——八体が俺の元へ向かってきた。想像していたのと違う、もっとこう魔法で華麗に敵を蹴散らすのじゃないのか。これじゃあまるでパニック映画だ。
「落ち着け、落ち着け」
俺は自分に言い聞かせるようにその言葉を呟き頭をフルに回転させた。ゲームやアニメで沢山学んだ。弱いキャラでも工夫をすれば強敵にさえ刃が届く。問題は俺が工夫をできるかだ。周りを見渡すと使えそうな物や地形が目に入った。
「グギャアああああ!!」
俺は地面に生えていた蔦のような形状の植物を引きちぎると木と木の間でピンッと張った。これだけでも知能が低ければ引っかかるはずだ。
「なっ——」
だが予想に反し先頭を走っていたゴブリンは植物を飛び越えたのだ。
「なんてね」
たとえ知能があろうとも全ての罠が避けられるわけではない。俺は植物の配置する場所を歩きにくいぬかるんでいた地面の近くにしていた。その結果ゴブリンは勢いよくぬかるみにハマりラッキーなことに先頭のゴブリンはずっこけた。
これが罠にハマるための罠。この発想に至ったのはゲーム中、小林にハメ技を決められたことから始まる。
そしてもちろん。あいつのハメ技はこんなしょぼい一撃で終わらなかった。
「ガァアッ」
起き上がりムキになったゴブリンが再び俺に向かい鬼の形相で迫ってくる。激情に駆られたゴブリンは足元を見ず二つ目の蔦に気づかない。今度は飛び越えることなく見事に引っかかり派手に転んだ。
「ここか」
この好機を見逃す訳にはいかない。派手に転んだゴブリンの頭に剣を突き刺すと一瞬で絶命した。
「うぇぇ気持ちわるぅう」
突き刺した感触はなんとも言えない。ただ気持ち悪い。一人で料理をし始めた頃、調子に乗って初めて魚を捌いた時に似ているかもしれない。直接触れていないのに内臓とかの感触が伝わってくる。だがここでやらなければ死んでしまう。俺は必死に堪え合計三体を絶命させた。
「グギャアああああ!!」
「は、はは。ですよね」
仲間を殺され怒り狂ったゴブリンは二個目の罠も超え俺に迫ってきた。あいにくこれ以上の罠は用意していない。
「助けてぇええ———!! 小林ぃいいい!!!」
今度は心の声が全て漏れ出てしまった。願わくばシオンに聞こえていませんように。何かと言っていつも助けてくれる小林がいない。助けてくれる友がいなくなるだけでこんなにも人は不安になるんだ。初めて知った。
俺は再び木々を利用し死に物狂いで逃げた。残りは五体。一斉に襲われれば間違いなく食い殺される。
「······待てよ、あれは」
突き出した崖。どんな敵の大軍であろうとも強敵であろうともこれには敵わない。落下死だ。
問題はこいつ達をどうやって落とすか。もう罠を仕掛けている時間などない。
簡単だ。この方法なら激情したゴブリン達に通用する。
俺は加速し崖のてっぺん目掛けて走った。
既にブレーキをかけても間に合わない状態になっていた。
「文也ッ——!!!」
崖から飛び降りる直前その声が聞こえた。
俺は空中で体を捻り差し伸べられた手を掴む。
ゴブリン達は勢いよく崖から放り出されていく······はずだった。
「おおおお、お前。ゴブリンが!!」
手を掴んでいるシオンは俺を見てかなり焦った顔をしていた。
その理由は考えるまでもなく痛みで分かった。
ゴブリンの一体が俺の足を掴み、俺のお尻に噛み付いていたのだ。
「あ、あ、あ、あ安心しなって。おお、お尻は痛み感じないからさ」
嘘だ、死ぬほど痛い。シオンは俺のお尻に噛みついたゴブリンの顎を切るとゴブリンは崖の下へと落ちていった。
「すぐに助けに来られずすまない。こちらも先程終わった。ほら、すぐに治療をする」
「いやいやいや、いいから。絶対に。俺自然治癒力すごいからさ!」
もし足を噛まれていたなら俺は迷わず回復を頼んでいただろう。何なんだ尻って! 倒したゴブリンの呪いか!?
とは言うものの無事に魔物の襲撃は乗り越えられた。だが一つ気になったことがある。
「なあなあ、ここの家って頻繁に魔物に襲われるのか?」
「いいや、割とあるな。だがここで止めなければ街に影響が出る」
「なるほど····これが初めてじゃないのか。それなら家の周りに罠を仕掛けておいた方が良くないか? この先また魔物が来ることだってあるかもだろ」
「····ああ、そうだな。それがいい」
俺の提案に答えるシオンはどこかぎこちなく言いたいことを隠しているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます