第7話


「文也····お前魔法が使えなみたいだな」


 シオンは驚いたような顔で俺を見つめていた。取り敢えず俺の力を見るという目的でいくつかの特訓をしているという状況。シオンの言葉通り俺は一切の魔法を使用できなかった。素質がないということは俺が一番分かっている。右腕がないことで身体のバランスに違和感を感じる、それに何よりボールを右手で投げる俺は左手に力を入れるのが難しい。


「ごめん。だけど努力するよ」


「フフ、お前のそういうところも····ところは好きだ。左腕で剣を持てるようなら問題はないだろう。好きなだけ私を頼ってくれ」


 物心ついて暫くほとんどのことを一人で乗り越えてきた。死に物狂いでやれば馬鹿な俺でもテストでいい点数を取れる。一人で暮らすこともできる。でもそれから小林に会って他人に頼ることの重要さを身にしみて実感した。だから今、シオンのような存在がいるのはとてつもなく心強い。


 シオンの家は高台にあり外に出ると遠くに大きな街が見える。周りは木々に囲まれていて平和ぼけしそうになるがこれでも今は戦争の真っ只中らしい。


「そろそろ昼食にしよう。食べられないものはあるか?」


「ないない、こんな美少女の作ったものなら何でも食えるよ」


 すっかり打ち解けた今、女子であるシオンとも普通に話すことができる。


「び、美少女か····そうか、美少女····よし待っていてくれ。すぐに作る」


 この世界に冷蔵庫のようなものはない。辺りで捕まえてきたのであろう猪のような動物や山菜といったとれたての食材を調理し始めた。俺も一応料理ができないわけではない。だけどここは甘える状況だ。

 手慣れた手付きで料理を始めあっという間にサラダやソースのかかった肉料理が運ばれてくる。この世界にもお箸やナイフ、フォークにスプーンが存在していた。


「うまそう····いただきます」


「······私が食べさせてもいいか」


 左手で料理を食べるのに手こずっているとシオンは料理を口に運んでくれた。

 こんな美少女に食べさせてもらって本当に俺は。


「·······」


「文也? ど、どうしたんだ。泣いてるのか」


 他人の作ってくれた料理を食べるのは人生で二度目だ。これほど食べ物に”あたたかさ”を感じたのはばあちゃんに作ってもらった料理を食べた時以来だ。親戚のほとんどは良くても一日の食事代として百円をおいていたり、悪ければストレス発散に暴力を振るったりして食事を与えてくれない人もいた。だから初めてばあちゃんの料理を食べさせてもらった時の感覚は忘れられない。


「いやぁ····おいしいなぁ」


「········」


 シオンは何も聞くことなく笑顔で俺の口に料理を運んでくれた。食事が終わり暫くすると今度は走り込みに出た。山中の地形は走りにくく体力も普段の倍削られている気がする。


「はあ、はあ、はあ」


 異世界に転生したとしても俺の体力は変わらない。すぐにバテて俺は地面に倒れ込んだ。


「ちょっと、休憩」


「この先まだ距離があるからな。回復魔法を使うか。リラックスしてくれ」


 魔法、初めて見る。非科学的な現象だがこの世界にいる今はどんなことが起きても信じてしまう。シオンは手を俺に近づけると目を瞑り精神を集中させる。すると手には薄い緑色の光が集約していった。


「大地の恵みよ、癒しを」


「······すご」


 意識のある状態で魔法を受けるのはこれが初めてだ。あたたかい何かに包まれているような感覚。なるほど、これは癖になるかもしれない。


「これ魔力がある限り何度でも使えるのか?」


「······ああ」


「それなら魔力量があればずっと走れるんじゃないか?」


「駄目だ。回復魔法には中毒性がある。使いすぎると身体が自然に欲するようになる。より高度な魔法であればあるほど中毒性は高くなる。勇者のパーティーにいたうち一人の死因は中毒によるものだ」


「そう、なのか」


 思っていたより死因は生々しかった。だから基礎体力をつける必要があるというわけだ。こう聞くとゲームで全体回復をしまくってた俺は酷い奴だな。


 夕方頃から走り始めてシオンの家に帰る頃に辺りは真っ暗になっていた。夕飯も同じくシオンに食べさせてもらいお腹は満たされた。慣れない運動、それも過剰とも言える量だ。お風呂の前にかなり眠気が迫っていた。


「文也、その身体ではお風呂に入れないだろ。その······私と一緒に入ろうか」


「ふぁッ!? 入れる! 入れるから!!」


 異世界だと男女の距離感が違うのか。俺がおかしいのか? あってるよね。


 俺はシオンが風呂に入っている間家の中にあるものを見て回った。やはり異世界にあるものは前の世界とは全く違う。睡眠スプレー? のような道具や魔法のいらない回復薬まであった。だがどれも色味が悪く飲む気にはならない。


 シオンがお風呂に入ってから暫く経つと部屋着の格好で再び目の前に現れた。いつ見てもギャップ萌えが凄まじい。それといい匂いがする。部屋着のシオンの破壊力は言葉では到底言い表せない。


「待たせたな。何かあれば呼んでくれ」


 お風呂場に入るとまだ香りが残っていた。入っただけなのに罪悪感を感じてしまう。そして俺は我慢の限界まで来ていた。異世界に来ようともちろん息子は同伴だ。それに昔小林が言っていた。


『長時間女子と話す前には事前に済ませておけ』と。


 ここでやるしかない。俺の汚い部分は全て水に流してしまおう。右手がなくなったことで髪や身体を洗うのはかなり困難になったがこれは慣れるしかない。


「······ふぅ」


 しっかりと賢者に転職した後湯船でゆっくりとお湯に浸かると俺はお風呂場を後にした。着替えはいつの間にかシオンが用意してくれていた。元は魔物が使用していた衣服らしいがサイズも着心地も良かった。


「······なん····だと」


 シオンの元に戻ると俺はあることに気づいてしまった。

 シオンは自分のベッドの上で少し奥に詰めている。ここで目覚めた時は確か俺がベッドで眠っていてシオンは肘をベッドに乗せ眠っていたのでまだ大丈夫だった。だけど待てよ、少し位置がズレているだけなのかもしれない。


「文也····その、えっと、ここに」


 違った。珍しく読みが的中してしまった。やっぱり距離感がずれている。


「いやいや、いいよ俺は。下で眠るから」


「だ、だがそれでは疲労が取れないぞ。私が下で眠る。お前は好きに使ってくれ」


「いやいやいやいや、俺は居候させてもらってるわけだから」


「そうは言ってもだな······」


 その後色々と話し合った結果俺が下で眠りシオンがベッドで寝るという結論に持っていくことができたのだった。

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