第6話
何だこの感覚は。感じたことのないようなあたたかさ。今俺はどうなっている。両手両足を失って、いいやそれはまた別の話だ。右腕を食いちぎられて美少女に助けられて俺は死んだのか。一日に二度も。だけど死ぬっていうのはこれほど心地いい感覚なのか。これはまるで逝った時のような感覚だ。もしこれが”死”であるなら俺は毎日死んでもいいかもしれない。
「ん? ベッドか?」
ゆっくりと目を開けると息がかかるほどの距離にあの美少女がいた。だけれどまだ寝ているようで俺に気づいていない。この状況にぴったりな言葉を俺は知っている。
「朝チュン····なのか」
俺は全身を包帯に巻かれ上半身は何も着ていない。そして全身鎧に身を纏ったていた美少女は今、谷間の見えるカジュアルな服を着て動かない。手を伸ばせば届くような距離にπがあった。
「あっ、起きた」
目の前で見ると瞳はまるで宝石のようだった。まるでこの人だけ神様によって念入りに作り出されたような顔。きめ細やかな肌に高い鼻、大きな瞳、黄金比というものだろうか。
「起きて····いたのか」
「お、おはよう」
落ち着け、冷静に。ここで俺がおかしな挙動を見せる訳にはいかない。何も言わずに俺が身体を一ミリでも動かせばきっと切り刻まれる。お決まりの展開というやつだ。
美少女は起き上がり何も言わずに何処かへ向かった。
「お前の服だ。血で汚れていたから洗っておいた。匂いが気になるようなら言ってくれ。もう一度洗っておく」
「いや全然。ありがとう」
「······その、すまない。私の力では喰われたお前の右腕は元に戻らなかった」
確かに右腕は無くなったままだった。だけれど痛みはない。傷口は塞がっていて丁寧に処置されている。寧ろ腕以外が痛みを感じるほどだ。
「いいよ腕の一本くらい。あの後はどうなったの? 怪我してない?」
緊張してつい早口になってしまった。仕方ない、俺や小林のような存在は必ず気持ち悪さを持ち合わせているものだ。
「お前のおかげで私は何ともない。お礼を言うのは私の方だ。本当にありがとう。それと、お前の服装なのだが見たことないものだな。何処から来たんだ?」
「何処からか····異世界って言えばいいのかな。俺のいた場所ではああいう凶暴な生物はいないよ」
「ああ、魔物のことだな。それよりも異世界····そんな場所から来た奴には初めて会ったな」
どうやら読み通りあれは魔物でよかったらしい。
「だからこの世界のことは何も分からないんだ。魔法とかあるの?」
「ああ、あるぞ。詠唱が必要で魔力を消費する····そうだ忘れていた。お前の名前はなんだ?」
「南雲文也。文也でいいぜ。けどこの世界だと馴染みない感じ?」
「なぐもふみや·····そうだな。私の名前はシオン。シオン・クロムウェルという」
如何にもラノベに出てきそうなかっこいい名前だ。すぐ近くに鏡がある。近くで見ると俺の見た目は全く変わっていないようだった。変わったことといえば右腕、具体的に言えば右の肩から下がなくなっているくらいだ。
「ここは······ホテル?」
「ホテル?」
(まずいッ——)
もしホテルという概念を知っていれば今言った俺のセリフはセクハラだ。
最近のご時世、こういうことは厳しくなっている。
「ホテルというものは知らないがここは私の家だ」
助かった。でも待てよ、つまり初めての女子の家。俺の家や小林の家とは全くと言っていいほど匂いが違う。
「そそそ、そうだったんだ。なら俺行くよ。治療してくれてありがとう」
慌てて外に出ようとすると左腕をガシッと掴まれた。
「ま、待て。そんなに急がなくてもいいだろ。ゆっくりしていってくれ。いいや、そうだな····もし住む場所に困っているなら私と一緒に住まないか?」
「えっ? マジ?」
「ああ····私はその···お前ならば一向に構わない」
こう言ってくれてるのだから甘えるべきだろうか。つまり俺はヒモになるということか? つい最近まで進路に悩んでいた高校生の就職先が美少女の家の中とは。
「なら······いいかな」
「本当か!? もちろん大歓迎だ!」
「それで普段は何してるの?」
「普段? それは勿論、戦争だ」
「戦争?····え、戦争?」
「もしかして知らないのか? 今この大陸中では人類と魔物の戦争が行われているのだぞ」
「マジ······かよぅ」
シオンは何も知らない俺に今起こっている全てを教えてくれた。
彼女の言う通り大陸全土では人類対魔物の全面戦争が絶賛勃発中らしい。だが人類と魔物の戦いなだけあって人類同士の争いは全くないようだ。人類同士で争うヒマすらないのだろう。勇者パーティーの奮闘により俗に言う魔王の幹部は大半全滅したらしい。だが人類側にダメージがないはずもなく。
「勇者は戦争が始まってしばらく後いなくなった。そして勇者パーティーのほとんどが今はもう死んでしまった。私を除いてな」
「········」
ということはシオンは勇者パーティー唯一の生き残り。勇者は死に魔王は未だ台頭している。人類と魔物のどちらが優勢なのかは明らかだ。
「でも、だったら尚更俺は邪魔じゃないのか。さっきみたいに俺が足を引っ張って怪我をさせたりすれば困るのはこの辺りに住む人全員だろ?」
「それは違う、お前は側にいてくれ。私が必ず守るから」
「お、おう」
正直もう何が何なのかよく分からない。ゲームであればこのシチュエーションは何度もやってきた。そしてその度に俺は世界を救ってきた。だけど今は違う、敵の前でセーブしてやり直せない。十字キーで俺は動かない、ちゃんと体力を付けなければならない。そしてこの世界では痛みを感じて本当の死というものも存在する。
「分かった。ならその代わり俺も戦う」
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