第5話
「待て待て待て待て!! なんだこのバケモン!!」
俺は全く知らない土地で全く知らない生物に追いかけられていた。
(どうなってる。ここはどこだ。あいつはなんだ。俺は······俺か)
確かに死んだことを覚えている。だけど俺は今五体満足で走り回っているのだ。
「グギャアアああああ!!!」
「いやぁあああああアアア!!」
その生物に負けないほどの悲鳴を上げながら俺は必死に逃げていた。辺りにはこの生物と同じく見たことのないようなやつばかりいる。見渡す限り草原が広がり所々に大岩がある。俺はその大岩を駆使しながら何とか逃げ延びていた。
「小林ぃいいい——!!! 助けて———!!」
先程死ぬまでは言葉が出なかったが心の底から叫びたかった言葉。だけどここに小林はいない。まるでアニメや漫画に出てくる魔物と言われるような生物だ。恐竜のような見た目で頭の大きさだけで俺の身体以上はある。故に追いつかれれば死は確定する。
「ウッソ····」
大岩に滑り込んだ俺は一瞬固まった。ビクともしない大岩はその恐竜に噛み砕かれ粉々になったのだ。そして殺意の感じる鋭い目つきで俺を睨んでいる。夢か? いいや死んだ奴が夢を見るわけないよな。となるとこれはラノベでよく見る異世界転生。
「おいッ——しっかりしろ!!」
「ッ———!!?」
喰われる直前、強い衝撃とともに身体が吹き飛ばされた。見ると誰かが俺にしがみついている。いいや、助けてくれたんだ。
「来るぞ、立て」
「ふぁ!?」
(·······綺麗な人)
騎士のコスプレをした女性は俺を掴み立ち上がると剣を構えた。恐竜までの距離はまだ近い、すぐに捕食されるような位置だ。
「はぁあアアアア!!」
その女性は雄叫びを上げ持っていた細い剣で恐竜の口を突き刺した。
「グギャアアああああ!!!」
恐竜は再び咆哮を上げ大量の血しぶきをあげる。女性の持つ細い剣によりその恐竜は一瞬にして絶命したのだ。恐竜から吹き出した大量の血を浴び俺の身体は臭い血の匂いで埋め尽くされた。
「くっさ」
「今は我慢しろ。立つんだ、私の後ろに隠れておけ」
何と恐竜は一体だけでなく後ろから続くようにして何体も現れていた。先程この女性が倒した恐竜は目の前で大量の血を流したままだ。気になったのはあまりにも死体がリアル過ぎること。普通、魔物は血なんて流さずに経験値の玉みたいなものになったり跡形もなく消えるものだと思っていた。
「クッ——多いな」
恐竜の数は確認できるだけで八体。その八体が彼女と俺の二人を目掛けて突進してきている。
再び剣を取った女性はその刀身を見つめ悔しそうな表情を浮かべていた。素人の俺にでも分かる。刃こぼれしているんだ。
「すまないがお前だけでも逃げてくれ。両方助かるのは厳しいかもしれない」
「いやいやいや、俺が餌になるよ」
もう何が何だかよく分からない。ただ一つ確かに言えることはこの世界に必要なのは俺でなく彼女の方だ。誰だったか、俺は死ぬ直前小林のほかに誰かと話した気がする。男だったか、女だったか、もうそれすら覚えていない。前世で印象に残っている人と言えば小林、はあちゃん、九条先生、千春、それと····いいやそれだけか
「何を言っている。私は騎士だ。旅の者をひとり置いていくなどできない」
この人が何と言おうとも関係ない。今持てるありったけの力で逃げて、俺は餌になろう。
「なっ——お前何処に行く!!」
俺は腐敗し始めていた恐竜の頭から牙を抜き自分に突き刺した。右腕の傷口から大量の血が噴き出る。俺はさっきからただただ逃げていたわけではない。この魔物達は異様に血の匂いに敏感だ。
「ヤッベ、深く刺しすぎた」
思ったより右腕からの出血量がひどい。だけどアドレナリンが出ているおかげかあまり痛みを感じない。
俺は死に物狂いで振り返ることなく全力疾走した。読みは見事に当たり八体の恐竜は全て俺に向かっている。
「———ハアハアハアハアッ」
こんなことなら日頃から運動するべきだった。ついさっき俺はかなり無惨な死に方をした気がする。またか、今度は食い殺される。だけど後悔はない。これだけの美少女を助ければ死んでも天国に行けるだろ。
必死に逃げて、稼げた時間はおよそ三十秒ほど。先頭にいた恐竜に右腕を噛みつかれ俺は倒れ込んだ。
「あ”あ”ぁああアアアアア!!!!」
その右腕を無理矢理引きちぎり俺はさらに逃げる。八体の恐竜は俺の右腕を貪りほんの僅かな時間が生まれ俺はまた逃げる。死に物狂いで。
「伏せろ!」
突然その声が聞こえ俺は従うように地面へ倒れ込んだ。
「へっ?」
まるで滝のように上から血が降ってきた。
鈍い音と共に八つの首が目の前に落ちてきたのだ。
「お前····腕が」
「あれ····さっきの美少女?」
「おい大丈夫か!?···しっかりしろッ」
マジかよ。こんなに強かったのか。もしかして俺、無駄なことしたか。
嘘だろ、よく考えたら一日で俺は二回も右腕を失ったのか。
あれ、急に落ち着いたからか意識が薄れていく。
「しっかりっ——」
綺麗な女性が必死に俺に呼びかけていた。
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