第4話


「さあ帰りましょう、南雲君」


「は、はい」


断るのは流石にできない。待っていてくれたんだ。いつの間にか外では雨が降っている。


「南雲君、私傘を忘れてしまって、その······」


「あぁあげるよ」


「いえ、そうではなくてですね。相合い傘というものをしませんか?」


「なッ」


相合い傘か。だけど相合い傘をするのは初めてじゃない。何度か小林とやったことがある。そう思うと俺は小林と初めての経験を積み過ぎていないか? だけどあの時はただただむさ苦しかった思い出しかない。普段では考えられないような距離で並び歩くのだ。


「いぃ、いいよぉ」


ぎこちなく返事し俺は傘を広げた。だけどここからどうすればいい。


「では失礼します」


結衣たんは身を寄せ傘の中に入り込み肩と肩が触れ合った。柔らかい、これは本当に人の肌か。小林の時はゴツゴツした筋肉が当たり暑苦しかった気がする。それと異様にいい匂いがする。


「大丈夫ですか」


自然と鼻息が荒くなっていた。多分気持ち悪いとしか思われていない。息を止めて歩かなければいけない気がする。


「南雲君、肩に雨がかかっていますよ。お優しいことは分かりますが気にしないでください」


「いやぁ水も滴るいい男····みたいな?」


「フフフ····あれ南雲君の家こっちでしたか?」


「駅まで送るよ」


「えっいいですよ。どうかお気になさらずに」


「大丈夫だから」


流石に途中で結衣たんを雨の中行かせるわけには。いや待てよ、俺が結衣たんの通学方法を知っている方がおかしいか。そう、駅を使用する小林から聞いただけだ。


「ありがとう····ございます」


それから駅まではこれまた結衣たんの巧みなトークスキルのおかげで沈黙が続くことはなかった。緊張しっぱなしで終始俺は気色悪かったがあっという間に駅まで辿り着いた。


「南雲君。今日仰ったこと必ず守ってください。明日待ってます」


「····うん」


「では最後に明日を迎える前に一つだけ伝えさせてください」


「——?」


結衣たんは一度大きく息を吸いゆっくりと吐いた。


「初めて会った時から、私はあなたに惚れています」


「······」


傘を手渡し俺は走り出した。その時、丁度いい言い訳が思いついた。


「着衣のまま濡れるの····好きなんだ」


「フフフ、ではまた明日」


今なら断言できる。嫌われてしまった。きっと今の俺は変態だ。



ずぶ濡れのまま家に帰り濡れた靴下に気持ち悪さを覚えつつ俺は扉に手を当てる。今日は賢者になっている時間なんてない。俺らしくないが真面目に考えなければ。


「あれ····」


まさかの鍵が空いていたケースだ。背中全身が凍りつき激しい寒気が俺を襲った。確かに、いいや絶対今朝俺は鍵を閉めた。ならば考えられる可能性はたった一つだけ。空き巣に入られた。


(やばいやばいやばいやばいやばい)


思い出せ。不審者や殺人鬼が教室に攻め込んできた時のシミュレーションは授業中何千何万回とした。その度に俺は不審者や殺人鬼を返り討ちにし女子から黄色い悲鳴を受け取っていた。でもこれはあくまでもシミュレーションだ。それに家でのシミュレーションなんてものはない。とにかく落ち着かなければ。


俺は急いで筆箱の中からハサミと分厚い教科書を取り出した。本当ならば警察の助けを呼ぶべきなのだろうが俺は何故か興奮してしまった。厨二病を経て思春期真っ只中の俺にとってこんな機会を逃すわけにはいかない。戦うんだ。

俺は扉からこっそりと家の中の様子を伺った。


「えっ」


自然に声が出た。不気味に笑みを浮かべる顔、一言で言えばサイコパスという言葉が似合う男が家に入ってすぐの位置に堂々と立っていた。


「ふむ、やはりここにいたか」


「どちら様······ですか」


まずい。この状況は、何より見ず知らずのこいつは相当ヤバいぞ。

金が目的かそれともこの土地か、それともただ殺しを楽しむサイコパスか。

俺の脳はフル回転し今とるべき行動の全てを予測していた。


「あの、ここは俺の家でして····間違われましたか?」


取り敢えず落ち着いて対応しなければ。こういう奴は刺激してはいけない。


「いいや、間違えなどではない、名は何という?」


「俺は南雲文也です」


拒否すれば襲われるかもしれない。そんな恐怖に駆られ俺は迷いもなく自分の名前を口にしていた。


「フン、そうかそうか」


「いや、なんですかッ———······え?」


生まれて初めての感覚が身体全身を駆け巡った。

信じられないが、視界にその現実が映っている。ハサミを持っている右手首が切り落とされた。


「あまりにも脆い。今のお前ではかような身体でも相手にならん」


男は手に何も持っていない。だが素手でやったとは思えないほど俺の右手は綺麗に切り落とされ生々しい紅い血を垂らしている。手刀だ。


「痛っ——」


自分でも分からないくらい落ち着いている。だが感じたことのないようなとてつもない痛みだ。


(強く意識を持て。死を受け入れろ)


その時頭の中に響くように声が聞こえた。全く聞き覚えのない声だ。


死を受け入れろって何だよ。


「ブハッ——」


休む間もなく今度はみぞおちを貫かれた。素手で貫くってコイツ人間じゃないだろ。というか俺、どうしてこんなにゆっくり思考してるんだ。痛みは想像を絶するっていうのに。


「痛いか?」


不審者いいや殺人鬼は俺のみぞおちを貫いたまま内臓を抉り始めた。殺すだけならばきっとこんなしなくてもいい。放っておけば俺は死ぬ。間違いなくこいつは快楽で人を殺している。


「オ”オ”オ”オ”オ”ぇぇぇえエエエ”ッ———」


自分からこんな声が出るなんて、そうは思うがそれよりも痛みで意識が吹き飛びそうだ。


「——?」


突然視界が下にずれた。目の位置はまるで床に座り込んだ時くらいの高さだ。


「あ”ぅ」


理由はすぐに分かった。両足が根本から切断されている。もう下半身に感覚がない。

誰か助けてくれ。


『小林が親友としてお前のことを助けるように私も先生としてお前を最大限サポートする。そしてこの先お前を助けてくれるやつもごまんといる。だから私でもいい、頼れよ』


九条先生の言葉が頭の中に流れきた。走馬灯が流れている。助けてくれ小林、俺がいなくなったらお前の親友ポジは誰になるんだ。九条先生、結衣たん····は危ないから来ないでくれ。


(もう少しの我慢だ。強く自我を持て。恐れずに死を受け入れろ)


(もうお前何なんだよ。もう少しの我慢? こっちは痛みで死にそうなんだよ)


「生命力はあるようだな」


追い討ちをかけるようにして殺人鬼は俺の左腕を切り落とした。もう俺は胴体と頭だけが繋がっている状態だ。こんな状態、グロい漫画でしか見たことないぞ。もう生きることなんて考えれない。もう····


「死ね」


せめて最後に聞く声は親友の小林の声か天使のような結衣たんの声がよかった。

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