第3話
授業中は思ったより何も起こらなかった。いわゆる恋愛イベントというのがホイホイ起こるのはゲームの中だけなのかもしれない。隣の小林が授業中チラチラ見てくるのだけがいつもと違う。お前は何なんだ。そんなに俺のことが好きなのか。言っておくが俺はそっちじゃない。
「おーい南雲。聞いてるか、問1を答えてくれ」
「えっ、あっ問1?」
いつの間にか九条先生に数学の問題を答えるよう指名されていた。だが当然、考え事をしていたせいで問1が何なのかも分からない。何やら目の前の結衣たんは感情を抑えるようにして身体を震わせていた。
「南雲氏····こうであるぞ」
その時隣の小林がノートを差し出してきた。小林は小さくウインクするとノートの問1と書かれた場所を指差し答えを見せている。うん、お前は優しい、優しいがこれじゃあ俺と小林の恋愛ゲームじゃないか。
「x=3です」
「正解だ。自分でも解けるようにしておけよ」
「は、はい」
馬鹿な俺に落胆しているのか結衣たんは肩を落として落ち込むような素振りを見せている。これでまた好感度が下がってしまった。でも待てよ、俺は好感度を上げたいのか? 下げたいのか?
(綺麗だなー)
目の前に座る結衣たんのサラサラな髪の毛は触れるほど近くにある。まるでこの世のものとは思えないほど艶があり綺麗で自分の髪の毛が惨めになってくるほどだ。切り替えその後は授業をしっかりと聞き昼休みを知らせる鐘が鳴った。いつも通り小林と一緒に屋上へ行くその時。
「南雲君、私とお昼どうですか?」
突然放った結衣たんの言葉に教室は一瞬、時が止まったように静まり返った。
「嘘だろ····結衣たんが南雲と····」
そんな声がはっきりと聞こえてきた。俺は助けを求めるように小林の方を向く。小林は静かに立ち上がり、ニヤリと笑った。
「すまんな南雲氏、我はこれから図書委員の仕事がある故失礼する」
(おまえ美化委員だろッ——)
そうツッコミを入れようとしたが何故か声が出なかった。小林はグーサインを出すとお弁当箱を手に持ちその場を後にした。その背中を見つめつつ俺は必死に返す言葉を考えた。
「あ、あははぁ。小林何言ってんだろ。図書委員は俺なのに、ごめん永井さん。俺これから図書委員の仕事があってさ。それじゃあ」
(ッ——!?)
俺は右手にお弁当箱を持ち最高速度で席から離れた。だが左腕をガシッと掴まれその場に止められる。だが止めたのは結衣たんではない。結衣たんの隣の席にいる
「アンタも美化委員でしょ。状況的にアイツの嘘は許せるけど、アンタは駄目。結衣が折角勇気出したんだから。アンタ男でしょ?」
正論過ぎて何も言えない。だけど離してくれ、視界に映る結衣たんと千春という美女を見てしまえば俺の”百合愛”が爆発してしまう。俺が変な想像をする前に、さあ、この手を······
「南雲君····私と食べるのは嫌ですか?」
「······いいよ」
「本当ですか!」
そうだ。一緒に昼食を食べるだけだから何も····ないわけがない。俺はなんてことを言ってしまったんだ。絶対に会話が持たないぞ。天気の話題だけでは昼休みは持たない。そもそもどこで食べるんだ。
「では南雲さん。その····今朝の件で話したいことがあるのですが、屋上に行きませんか? あまり人目につきませんし······」
(ふぁッ!? 人目につかない?!)
周りからの視線がさらに強まった。こういうのは駄目だ、いじめに発展するぞ。だけどいつものことながら自分で作ったお弁当を食べないでいるのはもったいない。仕方ないんだ、行くしかない。そうだ、今日だけ乗り切ってしまえば明日は明日の俺に任せられる。
「うん、行こう」
そして訳も分からず俺は結衣たんと教室に出て屋上に向かう。男子からの視線が向けられないように俺は結衣たんをストーキングするようにすぐ後ろを歩いた。これが学校でなくもし外なら俺は牢屋の中だ。
「南雲君。隣を歩くのは嫌ですか?」
結衣たんは歩幅を調整し俺の隣に位置を合わせる。もう意味が分からないほどいい香りがするし同じ次元に存在しているのが不思議なほどだ。
「そ、そんなわけ」
やはりいつも小林の隣を歩いているから今の状況は苦しい。俺は少し早く歩き屋上に着いた。
(何故いる図書委員)
小林は少し遠くから俺の姿を発見しニヤリと笑っている。だけど今は無視するしかない。いつも小林と食事を取る日陰に座りお弁当箱を開く。結衣たんは桜色の布から上品な木製のお弁当箱を取り出し膝の上に乗せた。幸いこの状況を見ているのは小林だけだ。
「わぁ、南雲君のお弁当すごいです。料理上手いんですね」
「えっ、どうして俺が作ってるって····」
「えっ、あっ、小林さんにお聞きしたんですよ。本当にご立派です」
小林に目をやるとウインクをして何故か誇らしげだった。
「それでですね南雲君。朝の件なのですが、私を好きだというあの言葉は本心ですか」
「えっ」
結衣たんの顔は真剣そのものだ。まさか俺の嘘に気付いていたのか。だとしたらこれ以上は。
「ごめん、嘘ついた」
そう言いながら真正面にある結衣たんの顔を見つめた。俺の言葉を聞いた途端結衣たん表情は僅かに動いた。何かを我慢しているようで多分俺に見られていなければ······いいや、考えるのはやめよう。
「そう······ですよね。だけれど南雲君····いいや文也君」
結衣たんは大きく深呼吸をして顔に笑みを浮かべた。
「私は、あなたのことが好きです。世界で一番、小林さんにも負けないくらい」
「なっ——」
あまりにも真っ直ぐな言葉に頭が真っ白になった。視界に映る小林にその言葉は聞こえていないようで俺の顔を見て不思議そうな顔をしている。小林よりもって言うけど小林は別に俺のことを····いいや好きなのか?
「永井さん、一日だけ時間をくれない? ちゃんと答えたいから」
これが俺の出せる最適解だ。結衣たんはこの日のために俺のことを沢山考えてくれていたのかもしれない。それを適当に雰囲気に流されて答えるのは人としてよくない。もし俺がされれば傷つく。
「ええ、分かりました。それでは明日必ず聞かせてください」
「うん」
それ以降は割と会話が続いた。いいや、結衣たんの話の引き出し方があまりにもうまくてこんな俺でも話すことができた。昼休みが終わり、意外にもそれ以降の授業は普段通りだった。結衣たんはいつものように真面目に授業を聞きノートを取っている。そして小林はいつものようにノートに美少女を描いている。
「よーし、今日の授業はここまでだ」
無事というべきかいつものように終わりの鐘が鳴り響いた。すぐに帰りのホームルームが始まる。朝と変わらずこれもまた九条先生の話を全員しっかりと聞いていた。
「最後だが、朝にも言った通り進路相談をやるからな。今日は南雲からだ」
(えっ、俺)
完全に忘れていた。割と中盤の出席番号と油断していたらこれだ。今日は小林と一緒に帰れそうにない。そう思い小林を横目に見るとどこかを指差している。その方向を見ると結衣たんが真顔で俺のことを見ていた。女の子の気持ちは全く分からない。そういえば前に小林が言っていた。「女心を知ろうとした瞬間お前の負けだ」と。エロゲから得た教訓らしいが今考えればごもっともだ。
「ではな親友、また明日」
「おう、また」
「結衣ごめんね。私は進路相談あるから」
「いいよ千春。今日は少し用事があって」
「あぁ、なるほどぉ。それじゃあ楽しんでね」
そう言って千春はニヤニヤしながら帰っていった。だけど俺より出席番号が若い結衣たんの進路相談は昨日のうちに終わっている。
「よーし南雲。こっちだ」
九条先生に呼ばれ進路室と書かれた教室に入っていった。机を挟んで向かい合う形、九条先生は紙を取り出す。それは事前に提出していた進路調査票というものだ。九条先生はじっくりとその紙に目を通し考えるように顎に手を当てる。
「なるほどな、今のお前なら十分狙える大学だな。何かなりたい職業はあるのか?」
「特に····決まってはいないです。一人でも取り敢えず人並みに暮らせればいいかなと」
「そうなのか? お前なら割といい父親になりそうだがな」
「ははは、勘弁してくださいよ。俺で末代ですから」
「私の前でその言葉を言うとはな。喧嘩売ってんのか?」
「いやっ——」
地雷を踏んでしまった。これだけの高スペックであるものの九条先生は未だ独身なのだ。
「まあ冗談だ····ということにしておこう。お前の選ぶ道だからな私が口煩く言うつもりはない」
「······はい」
「ただ、忘れるな。小林が親友としてお前のことを助けるように私も先生としてお前を最大限サポートする。そしてこの先お前を助けてくれるやつも多くいる。だから私でもいい、頼れよ」
「はい。ありがとうございます」
九条先生が結婚できない理由はきっとこの人に相応しいだけの人がいなかったからだろう。多分あと十年くらい早くに生まれていれば俺はきっとこの人に告白している。たとえ振られると分かっていても。
話が終わり俺下駄箱に向かった。いつも小林と帰っているから一人で帰るのはどこか不自然な感覚だ。
「南雲君、今からお帰りですか」
「あっ、うん」
下駄箱の前、何故か結衣たんが一人で立っていた。
「お待ちしていました。一緒に帰りましょう」
なるほど用事、用事か。
もしも俺の予想が正しく結衣たんが俺を待っていたとすれば。
俺のやっていることは何だ? 確かこの状況に的確な言葉が。
「······放置プレイか」
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