第3話【先達】
三日後。
パチンコ屋から外へ出ると車へは向かわず、そのまま国道沿いの道を歩き出す。
昼休みに平田から留守電が入っていた。夕方から行われる仕事に参加しろという連絡だった。
「俺は密漁を実行する車を指揮している。お前はそこを邪魔されないよう周囲を見張る車に乗れ。車には迎えに行かせる」
集合場所も吹きこまれていた。パチンコ屋から少し歩いたバス停だ。空き地に囲まれており、誰かに目撃される心配が少ない。
時間的に、早上がりをしなければならない。店長に頼みにいくと、露骨に不機嫌な顔をした。
「困るんですよ。自分勝手に振舞って、こっちがどれだけ迷惑を被るか理解してます? もう少し店に貢献しようって気があれば、そんなこと言えないと思いますけど」
なら今まで支払われていない残業代をそっくり出せ。
そう反論するのをこらえながら、ひたすら頭を下げることに徹した。さんざっぱら文句を垂れた後、店長は許可を出した。
退勤後、指定のバス停前の路肩に座って待っていると、目の前に黒い軽自動車が急ブレーキで止まった。
運転席の窓から、茶髪の女が顔を出す。肌が異様に白かった。
「えーっと、君が早坂ちゃんだよねえ?」
戸惑いながら「そうです」と返事をすると、女はにかっと笑った。
「あーっそっかそっか。見た目けっこう若いんだねえ! 平田さんからハナシ聞いてるから早く乗んなよ」
こっちに座んなよと急かされて、仕方なく助手席に乗り込む。車内にはタバコ臭さが充満していた。
「散らかってるけどごめんねえ」
「いえ……」
足元に転がるビール缶は見なかったことにしておいた。飲んでないことを祈る。
俺がドアを閉める前に車は危急発進した。
「ワタシ長谷って言うんだ。よろしくー」
「……よろしくです」
長谷は何が面白いのか、時折こちらを盗み見てくる。首からギラギラしたネックレスをかけているのが見える。
「平田さんが外からチームに人を呼びこむって中々無いから、どんな子なんだろって思ってたら、こんな可愛い子が来るなんてねえ」
「別に仲間じゃないです」
「そうなん? なんか昔からの知り合いだって」
「やめてください。本当ならこんなこと」
「したくなかった?」
「……」
いつの間にか、平田の言いなりになってしまっている自分に嫌悪を覚えた。
警戒心から話をしない俺に、長谷は色々と喋りかけてきた。
「歳いくつなの?」「マジで?」「腕ほっそー」「最近ダイエットしててえ」「タバコ? ワタシは吸わないけどカレシが」「お腹すいたー」「コーラ飲みたいコーラ」
途中コンビニに寄ったり大音量で音楽をかけて歌い始めたりと、直接ではないとはいえ、これから犯罪の片棒を担ごうというのに、長谷は呆れるほどマイペースだった。
車はやがて、海沿いのパーキングエリアに乗り入れた。
「今日はこっから周りを見張る仕事をすんのよ」
双眼鏡を取り出しながら、長谷が密漁の手順を説明する。
仕事の開始は夕方くらいからで、終わるのは深夜。
取り締まりは海上ではできず、ボートから獲物を降ろす瞬間をねらわれることが多い。それを防ぐために見張る必要がある。車で海沿いに待機し、海上保安庁や警察の車が通らないかを定期的にパトロールする。問題が発生すれば、車内に取り付けたトランシーバーで連絡する手筈となっている。
「凪の日の海なんてどっかのチームが必ず
長谷は気楽そうに笑うが、俺の腹にはずっと重たいものが転がっていた。
自らの意思とは関係なく、犯罪に対する後ろめたさ、それに加担させられている憤りが混ざって、ぐるぐると頭の中で弧を描いている。
隣を見れば、コンビニで買った二リットルのコーラを長谷がラッパ飲みしていた。
この人も、平田が率いるチームの一人、ということになる。無理やり参加させられているのではなく、自分の意志で密漁を行っている輩。
その長谷が、急にこちらの方へ顔を向けてきた。目が爛々と輝いている。明らかにこちらへの興味だ。
「早坂ちゃんはなんでこの仕事しなきゃってなったの?」
「なんでって……」
あんたのボスに直接的に脅迫されたからだ、とは流石に言い辛かった。俺が答えをまごついていると、長谷は合点がいったように頷いた。
「もしかして平田さんに脅された?」
心臓を鷲掴みにされた心地になった。
「ど、どうして」
「たまーに来るんだよね。あの人がよこす人って大抵昔トラブった相手だったりするし。大抵使えなくてサンドバッグにされて追い出されるんだけど」
借金とかが多いかなあ、と首を傾げる長谷に、俺は思わず聞き返した。
「じゃあ、長谷さんはなんでこの仕事を?」
言ってしまってから、失礼な質問だったと後悔する。気を悪くして平田に告げ口されたら終わりだ。
しかし長谷は笑顔を崩さなかった。
「お金欲しいから。早坂ちゃんだって貰えるなら、たくさん欲しいでしょ?」
「金を稼ぐ手段だって、色々あるじゃないですか」
「確かにねえ。ウチのカレシってのがヤクザなんだけど」
何気なく恐ろしいことを零す。ヤクザの女と言うには、長谷の軽い雰囲気は不釣り合いではないのか。
「カレシがね、よくもうお金が無いって言うんだよねえ。パチンコに使ってこのままじゃ死ぬぅとか。だからワタシ、最初は他のヤクザさんと寝てたんだけど、こっちの方が実入りがいいし、女ってだけで警察は見逃してくれたりするし」
「そのヤク――彼氏さん、のために密漁してるんですか」
「そーだよお。ワタシこー見えても結構ベテランで。いつもは海に潜ったりしてるんだけど、今日は調子悪くて、陸周り初めてなんだ、早坂ちゃんと一緒だねえ」
「怖くなったりしないんですか。その、海に潜ったりした時とか」
余計なことまで聞いている。自分が饒舌になっていることを自覚しなければならない。
不安感が薄れてきたのか、長谷が俺を誘導しているのか。ヤクザの女と言うのも、嘘ではないのかもしれない。
「怖いよお。水圧で耳とか目から血ぃ出るかもしれないし。早坂ちゃんはパクられるかもって思ってるかもしれないけど、そんなこと気にしてられないから。潜りに中途半端なケガはなくて、生きるか死ぬか。漁に出るのかどうかは平田さんが決めるから、ワタシはそれに合わせてるだけ」
首に下げたネックレスをいじくりながら長谷はこちらに顔を向けた。
「知ってる? 函館の朝市で密漁品を仕入れたことのない店はないって言われてるんだよ。それくらい
カレシの受け売りだけどねえ、と長谷はケラケラと笑った。
見た目とは裏腹に修羅場を潜ってきているのかもしれない。口調は軽かったが、語る内容に真実味を感じた。
もう少し、話を聞いてみたくなる程度には。
「あの――」
瞬間、目の前が白く塗り潰された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます