第3話 最強との対戦 一つ目の技

 自分がどうやって待機室からコロシアムまで移動したのか、まったく記憶がない。


 気付いたらコロシアムにて審判役の前に立っていたコハクは、登録書の提出を促す声にやっと意識を取り戻した。


 慌てて、丁寧に折り畳んでいた登録書をブレザーのポケットから取り出して渡す。


 


「はい。では、確かに受け取りました」




 審判役は、コハクに「君、気の毒だね」という視線をあけすけに向けた。


 そうですよね、そう思いますよね。俺もそう思いますもん。


 最強主人公枠VS脇役枠にもなれないほどのモブ。


 戦う前からすでに勝敗は決しているというのに、戦わせる必要があるというのだろうか? ある。


 最強主人公系男子クロハ・剣条の能力名のお披露目なのだ。


 この実用実戦はトーナメント形式ではないので、今日拝めるのはこの一戦のみ。


 たとえ、いくら相手が強かろうが雑魚かろうが、やられ役に選ばれてしまったからには役に徹して当然である。




 ちらりと、視線だけをクロハに移す。


 彼は多少緊張した面持ちだったが、コハクの視線に気づくと柔らかく微笑んだ。


 そして右手を差し出す。




「対戦よろしくね、呉本くん」


「あ、うん、いや、はい」




 挙動不審。


 それはそうだ、目の前のこの男は今から己を晒し者にするのだから。


 いくら人好きのする柔和な微笑を浮かべたとて、一切の安心はできない。


 恐る恐る右手を差し出すと、クロハは程良い握力で握手する。


 コハクを鼓舞するように上下に揺らし、「それじゃあ、位置につこうか」と言うと、手を離して用意されている実践訓練用の真剣を持ち、ステージの右側中央部に立った。




 コハクも位置につこうと振り返る直前、審判役が「健闘を祈ります」と声をかけてくれた。


 健闘? 無理に決まってるだろ。


 内心で反抗しながらも、口からは「ありがとうございます」と強張ったお礼の言葉を返す。


 そうしてコハクも位置に立った。


 


 剣を構える。 


 訓練用とはいえ真剣。


 刃はずっしりと重い。


 


「では……対戦、開始!!」




 コハクは雷の能力を発動しようと、体内の魔力を循環させ――失敗した。


 クロハに妨害を受けたのだ。


 クロハは、驚くべき脚力で瞬時にコハクとの距離を詰めた。


 そして、剣を振りかざし、言う。




「神焉斬!」




 漆黒の闇が、クロハの剣の刀身を覆う。


 そして闇は竜巻のような渦を作り、強風を伴ってコハクを斬りつけ――ようとした。


 コハクは間一髪、後方に一歩、左側に二歩飛んで攻撃を避けた。


 


「闇と風の複合技……!?」




 複合技は高度な魔力調整技術と魔力量が必要とされる。


 教科書に載るような偉人も、叙事詩に名を刻む英雄も、複合技の成功には何十年と長い年月を要した。


 だが、クロハは十代という若さで成し遂げている。


 観客席は今日一番の熱気に包まれた。


 見えない炎で燃え盛っているかのような熱気だ。


 


「あまりにも規格外すぎるだろ!」




 最強主人公系男子相手だとしても、流石に文句を呈したくなる。


 指を差し怒鳴ると、クロハは戸惑いがちに「ご、ごめん」と言った。


 だが、チート能力の前に散る噛ませ犬という立場を勝手に作り上げられ、なお敗北の姿という醜態を衆目の前に晒すという未来を確定づけられたコハクに、その謝罪の言葉は何よりも侮辱的な言葉だった。




「は?! ごめんって言われて許すわけないだろ! っていうか、何がごめんなんだ? 自分のチートさか? 俺、強すぎてごーめーん! ってか?! っざけんじゃねーぞ、このラッキースケベ野郎!」


「ラッキースケベ野郎!? 何を根拠に!?」


「お前みたいな最強主人公系男子はなあ!! 将来、多分この実用実戦が終わってから美少女ハーレムを作り出すんだよ! そしたらよお! たまたま入った空き教室で、男装系美少女の生着替えに遭遇したり! 敵の攻撃から美少女を守ったはずみで押し倒し、手が美少女の胸をわし掴んでたり! そういったラッキースケベが多発するんだよ!」




 クロハは残像が見えるほど左右に頭を振った。




「いやいやいやいやいや!!! そんなことにはならないよ、絶対!」




 コハクは噛みつくように言った。




「何を根拠に!? それってあなたの推測ですよね?!」


「いや、あれも君の推測だよね?! ――?!」




 クロハは、コハクからパリパリッと放出され始めた魔力に気が付いた。


 空気が破裂するような音――雷の能力が発動される兆候である。


 初めは静電気の糸のような微弱さだった雷は、空気を裂くたびに音は大きく、光は強くなっていく。




「頭に来た! 丸焦げにしてやる!」


「!!」




 クロハは防御に徹するため、後方に大きく跳躍して距離を取った。


 だが、コハクの雷の能力は、このコロシアムステージを越えるほどの広範囲攻撃が可能である。




「喰らえ」




 コハクはクロハを獣のような鋭い目で睨み付ける。


 クロハは膨張する雷の能力に息を呑んだ。




 ――そして、コハクは叫ぶ。


 「俺が考えた、ライジングサンダーに似た語感のかっこいい技名」を!






「“雷神宮らいじんぐうさんだー”ーーーッッッ!!!!!」

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