第11話
三奈は息を吐くように笑って「かわいそうだよ」と言った。
「だって友達一人もいないんじゃ、学校来ても楽しくないでしょ」
「ウソついて友達のふりしてれば楽しいの?」
美桜は顔を上げてまっすぐに三奈のことを見た。その視線がまるで三奈のことを責めているように見えて、三奈は思わず「なにそれ」と眉を寄せる。
「何の話してんの?」
「言ってたじゃん、あのとき。ウソついて適当に合わせとけばいいのにって」
「まあ、言ったけどさ」
しかし、それで責められる意味がわからない。三奈は困惑しながら首を傾げた。
「普通じゃない? みんなそうでしょ。ウソくらいつかなきゃ、友達なんてできないじゃん」
「普通じゃないでしょ、そんなの」
美桜は意味がわからないといった様子で眉を寄せている。互いに同じような表情をしてしばらく見つめ合う。三奈は彼女を見つめながら「じゃあさ」と口を開いた。
「御影さんはウソついたことないわけ?」
「ウソ……。たとえば?」
「いや、その質問の意味がわかんないし。ウソはウソでしょ」
美桜はさらに眉を寄せて「まあ、体調がすごく悪いときに平気なふりをしたことは何度か」と呟くように言う。
「違うでしょ。それ」
「……中学の頃、友達の服のセンスが微妙だったんだけど指摘するのもどうかと思って独特なセンスだねって言ったことはあるけど」
「ふざけてんの?」
三奈は思わず低く言って美桜を睨む。彼女は真剣な顔で「え、これも違う?」と首を傾げた。その反応に三奈は思わず脱力して項垂れた。
「――たとえばさ」
美桜の静かな声に、三奈は視線を向ける。彼女は手元を見つめながら静かな口調のまま続けた。
「誰かに好きだよって言われたとして、それがウソだってわかったとき、すごく悲しくなるじゃん」
美桜は口元に薄く笑みを浮かべて「それは嫌だなって思うんだよね」と言った。
「わかんないように言うのがウソなんじゃないの?」
三奈が言うと美桜は素直に頷く。
「そうなのかもしれないけど……」
そう言って彼女は少し考えるような素振りを見せた。そして何か納得したように「うん」と頷く。
「でも、ウソはやっぱりダメだと思う」
「ウソが嫌い?」
「嫌い」
「へえ」
そのとき三奈の中にゾワリと何かよくわからない感情が沸き上がった。それは苛立ちにも似ていて、しかし憎しみにも似ているような気がする。
よくわからない。
よくわからないけれど無性に美桜に対して怒りが沸いてきたのは事実だ。三奈はニヤリと笑う。
「じゃ、わたしは嫌われ者だね」
「え、なんで」
美桜が驚いたように目を見開く。
「だってわたし、ウソつきだもん。上手にウソをつけば、それがウソだなんて誰も気づかない。誰も傷つかない。それでいいじゃん」
そうやって三奈は生きてきたのだから。それを否定する権利など、美桜にあるわけもない。それでも彼女は否定する。
「でもやっぱりウソはバレるよ。きっと相手は傷ついてると思う」
そう言って三奈の人生を否定する。
「そう? わたしからすれば本当の気持ちってやつこそ知りたくないけど。ていうかさ、本当の気持ちなんか素直に吐かれたらキモくない? 別に知りたくもない相手の本心を聞かされるなんて、ウソつかれるよりも怖いじゃん。そっちのが嫌だよ」
「そんなことないよ。本心がわかっても、そばにいたいって思う相手が友達じゃないの? ウソで繋ぎ止める友達なんて、そんなのいてもいなくても一緒じゃん」
美桜が強い口調で言う。強く三奈のことを否定する。ウソなんて必要ない、と。そのウソで三奈は自分を守って生きてきたのに。怒りがさらに増してきて三奈は思わず語調を強めた。
「それでもぼっちよりはマシだと思うけど? あんた、そんなだから浮いてんだよ」
その瞬間、美桜は傷ついたような表情を浮かべて「ごめん」と呟いた。その反応に三奈は眉を寄せる。
「……なんでいきなり謝ってんの?」
「だって、怒らせた」
悲しそうに表情を歪めて彼女は言う。
「なんで怒らせたか、わかってんの?」
「それは、わかんないけど。でもたぶん、またわたし何か言ったんだよね。わたしが悪いんだ……。だからごめんね? ごめん。わたし、本当によくわかんなくて」
足を抱えて小さくなりながら彼女は謝る。何度も、何度も。
震えるように謝るその声を、三奈は綺麗だなと思いながら聞いていた。今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て三奈は思わず手を伸ばす。しかしすぐに我に返って手を止めると、その伸ばしかけた手をグッと握った。
――ああ、そっか。
三奈はようやく理解した。この美桜に対する感情を。
羨ましかったのだ。
美桜はウソなんて嫌いだと本心で言えてしまうほど純粋で綺麗で、まっすぐなのだ。だからこそ傷つきやすくて壊れやすい。武器も鎧も持たない、まるで綺麗事を並べ立てた映画か何かに出てくる登場人物のようだ。それは三奈が今までに出会ったことのない存在。
ウソにまみれて生きてきた自分とは真逆の存在。
目の前にいる彼女は疲れ果てているように見える。すでに心の限界が近いのだろう。きっと、ここで三奈が許さないと言えば彼女はさらに傷つく。そのまま彼女の心を壊してしまうのは簡単だ。そうすればもう学校にも来なくなるだろう。
クラスにいてもいなくても変わらない彼女が本当にクラスからいなくなる。
――それは、嫌だな。
この綺麗なモノを、もっと見ていたいと思った。すぐ近くでずっと見ていたい。だけどきっと放っておいたら彼女は消えてしまう。いつの間にか、三奈が気づかないうちにいなくなってしまう。
――だったら。
三奈は立ち上がると彼女の前に立った。美桜は膝を抱えたまま顔を上げない。その頭を三奈は軽くペンッと叩いた。
「痛っ……?」
不思議そうに顔を上げた美桜の瞳からは涙が溢れていた。頬に伝った涙が、ドアの窓から射し込む光でキラキラと輝いている。
三奈はため息を吐いて「おいで」と手を伸ばす。
「え……?」
呆然と、彼女は三奈のことを見上げている。しかし一向に手を伸ばしてくる気配はない。仕方なく三奈は彼女の手を強引に握ると「ほら、さっさと立つ」と引っ張り上げた。
「え、なに?」
立ち上がった美桜は手を繋いだまま、困惑した様子で三奈の顔を見つめている。しかし三奈は答えずに「行くよ」と美桜を引っ張って階段を降り始めた。
「待って。ねえ、待ってってば。高知さん」
三奈は立ち止まると振り返って「合宿」と強い口調で言った。
「合宿?」
「そう。うちの班、まだ一人入れるからさ。だから、とっとと戻るよ。みんなに言っとかないと」
美桜は目を大きく見開いた。
「入れて、くれるの?」
「ウソつきと一緒が嫌じゃなければね」
そう言ってやると、美桜は困ったように微笑んでから首を左右に振る。そして柔らかな口調で言った。
「――優しいね、高知さんは」
ギュッと美桜の手に力が入った。ひんやりとしていた手は次第に熱を帯びてきて温かい。目の前で三奈に向けられている微笑みは今まで見てきたどんな笑顔よりも綺麗で、そして今にも壊れてしまいそうなほどに弱々しい。三奈は美桜の手を握り返した。
「三奈でいいよ。美桜」
言って彼女を引っ張って再び階段を降りる。今度は抵抗もなく、素直に彼女はついてきた。三奈の手だけを頼りにして。
「うん。ありがとう、三奈」
恥ずかしげもなく伝えられる感謝の言葉。三奈は自分の心臓が爆発するのではないかと思うほど煩く鳴っていることに気づいていた。空いている方の手で赤くなっているだろう顔を隠すようにしながら歩く。
「ありがとう」
背中に聞こえた言葉がじわりと心に染みこんでいく。
この綺麗な言葉も、きっと守れる。
自分がいつもそばにいれば守ってあげられる。
壊れないように守ってあげる。
だからずっと、ずっとそばに。
三奈は強く美桜の手を握ったまま、階段をゆっくり降りて行った。
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