第35話


 ローマニア王国からやって来たと言う商人イオン・サナテスクの話では、ローマニア王国は現在危機的状況にあるのだという。


 危機と言うのは、人のように二足で歩行する異形の化け物たちによって度々襲撃を受けているのとのことである。その異形の化け物たちは東側からやって来るのだというが、既に、ローマニア王国の隣国であるいくつかの国が滅んでしまったらしいのだ。


 しかも、その化け物たちは人間や他の動物を見ると直ぐに食い殺そうとするのだという。

 そのため、滅んでいった国の住民たちはローマニア王国などに逃げた者たちを除いて皆殺しにされたものと推測されている。


「それで、数か月以内に大規模な攻勢に出るとローマニア王国が発表したのですよ」


「大規模な攻勢ですか? 」


「はい。ローマニア王国の東側にあった国は全て滅んでいます。つまり、ローマニア王国の東側にある国境を越えた先は、全て化け物たちの領域というわけです」


 イオンはそこまで言うと、ひと呼吸おいた。

 そして続けて言う。


「今回予定されている大攻勢では、ローマニア王国の盾となる地域を設けるためのものです。つまり、かなり広大な地域を占領するつもりなのでしょう。まあ、その占領するであろう土地をどのような方法で管理するかは、まだ判りませんがね」


 要はローマニア王国も、今は大変な時期だということだ。

 だがこの街での疫病に巻き込まれた俺としては、あまりそう言う身の危険が及びそうな問題には関わりたくないという気持ちが強い。


 例えば大攻勢に出た結果、ローマニア王国の軍が敗走するような事態になったら、俺たちはどうすれば良いのか。人間を食い殺すような化け物たちに相手に、俺はろくな抵抗など出来ないだろう。


 とはいえ、全く興味の無い話でもない。

 

 ローマニア王国にも行ってみたいという気持ちが俺にはあるし、異形の化け物はゲームには登場していなかったものだ。


 因みに、オリジナル作品でユウカ嬢は勇者になるのだが、彼女が倒す相手は復活した古代の魔王とその配下たちである。 


 少なくとも、魔王やその配下の見た目は化け物では無かった。


「それで、俺たちがローマニア王国に行って何をすれば良いのです? 」


「大規模な攻勢となると、多くの騎士や兵士などが移動します。当然、病気が蔓延するのは間違いないでしょうから、ローマニア王国としては従軍薬師を欲しているわけですよ」


「ローマニア王国にも薬師がいるのでは? 」


 俺はまだローマニア王国がどういった国なのか何も知らないわけだが、流石に薬師が全くいないというわけでも無いだろう。


「ええ。仰るとおり、薬師ならそれなりの数がおります。しかし、殆どの薬師はそれぞれ診療所を設けているわけですので、しばらく診療所を空けようと思う者は少ないのが現状です。ですから、貴方のように旅をしている薬師の方々が適任なのですよ」


 なるほどな。

 確かに俺は旅をしている身だし、この診療所だって俺たちが公都ブリュトワープに滞在している間だけの臨時のものである。


「ところで、この公都ブリュトワープから出ることは制限されているではありませんか。まずはその問題を解決しない限り、話は前に進みません。それに俺は面倒ごとに巻き込まれたくはないのです……」


「先生たちが、公都ブリュトワープから出ることは可能だと思いますよ? 」


「どういうことです? 」


 出れるなら出たいが、非合法に抜け出すと言ったことはしたくない。もし非合法にこの街を出たなら、今後この国にすら来れなくなってしまう可能性があるからだ。


「実は商人仲間から聞いたのですが、公都ブリュトワープで疫病が蔓延していることは、既に周辺諸国にも知れ渡っているようです。ギルベー公国が公都ブリュトワープから出ることを制限していたのは、疫病の情報を伏せるためですから、もはや制限する理由がなくなったのですよ」


「それは本当なのですか? 」


「はい」


 公都ブリュトワープから出ることを制限していたのは、隔離ではなく情報の秘匿が目的だったのか。


 さて、そろそろ話を切り上げないとな。


「わかりました。今日は、色々と面白い話をしてくれてありがとうございます。そろそろ巡回診療の時間が迫ってきているので、今日はここまでにしよう」


 イオンを帰し、俺はマリー嬢やオレリーと共に巡回診療を始めたのであった。


「殿下。一応陛下からは、諸外国に赴いて知見を広めよと命じられております。ですのでローマニア王国へ行き、その国の状況を実際に見るというのもアリかと思います」


 と、マリー嬢が言う。

 

「もしも殿下とマリー嬢に身の危険が迫ったら、私がお二人を守ります! 」


 オレリーもそう言った。

 どうやら2人とも、ローマニア王国へ行く気になっているようだな。まあ、実際俺も興味はあるし前向きに検討するとしよう。


 さて、今日の仕事を一通り終わらせて家に戻って来ると、玄関前に老人クルトが立っていたのである。何か用事があるには違いないが、今日は何故か正装で身を包んでいる。


「ヴィル君! 単刀直入に言う。大公殿下がキミを呼んでいる。だから直ぐに宮殿までついて来てくれ」


 老人クルトがそう言った。


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