第34話


 マリー嬢とオレリーが快復してから1日が経った。

 今日も、次から次へとやって来る患者を相手に診療を行わなければならない。だが今日からは久しぶりにマリー嬢とオレリーが手伝ってくるれるので、幾分かは気が楽だ。


 いつも通り患者たちの診療を行う。

 もはや無機質な作業と化しているが、だからと言って調薬手順を誤れば大変なことになるので、注意深く作業に当たっている。


「はい、次の方」


 マリー嬢が次の患者を呼ぶ。

 それから数秒ほどで、1人の男性が部屋に入って来たのであった。


「ええ、イオン・サナテスクさんですね。今日は体調のほうはどうですか? 」


「今日は良い朝を迎えました。体の調子がとても良いんです」


 と、患者が言う。

 俺は額を触って熱の有無を確認したところ、確かに熱は下がっているようだ。彼も快復したとみて良いだろう。


「イオンさん。今日は解熱薬を飲むのはやめて様子を見ておきましょう」


「先生もそう仰るなら、もう俺は大丈夫なんですね」


 本当に大丈夫かどうかなんて判りやしない。

 正直言って勘なのだ。地球の医師や薬剤師と違って、俺に出来るのは患者から病状を聞いて薬を飲ませることだけなのだから。

 

「ええ大丈夫ですよ。ですが、念のため数日様子を観察しましょう。明日もまたお越しください」


「そうですか……。ところで先生」


「何ですか? 」


「聞くところによると、この街から逃げ出した薬師たちはとても多いみたいですね。どうして、先生はここに残ったのですか? 」


 いや、この街に残ったというよりは、運悪くこの街にやって来て出れなくなっただけの話である。


「実はガリヌンス王国の人間でしてね。タイミング悪く公都ブリュトワープに来てしまっただけなんですよ」


「そうだったのですか。てっきりこの街の人かと思っておりました」


 患者がそう言うと、しばし黙り込む。

 早く、次の患者を診なければならない。


「よろしいですか? 次の患者さんがおりますので……」


 俺は患者に退室するよう、そう促した。


「先生! 」


「どうしました? 」


「是非、ローマニア王国に来てはくれませんか? 」


 何だって?

 ローマニア王国?


 少なくとも、この世界では聞いたことのない国だ。当然、ゲームでも登場していなかったはずである。


 だがこうして旅をしている以上、個人的に気になって来るのは事実だ。


「その話はあとでじっくり聞きたいので、昼頃にまた来てくれませんか? 」


「わかりました。また後で来ますね」




 それから、午前中の間に多くの患者を診て解熱薬を飲ませた。いざ昼食を食べようとした時、玄関前の鈴の音が鳴ったのである。


 俺は、直ぐに先ほどの患者がやって来たのだと思い玄関まで走った。


 そして玄関を開ける。


「先生! 」


 案の定そこに立っていたのは、先ほどの患者であった。


「ええっと、イオンさんでしたよね? 」


「はい。イオン・サナテスクです」


 とりあえず俺は、彼を中に入れ居間に通した。

 居間ではマリー嬢とオレリーが既に昼食を食べていたが、突然の訪問客に2人ともキョトンとした表情を浮かべている。


 ひとまず、俺は彼を椅子に座らせた。

 

「ちょうど俺も昼食を食べようとしていたんだ。イオンさんもどうですか? 」


 俺はそう訊ねた。


「ではお言葉に甘えて、いただきます」


 彼はそう言うと、俺がよそったスープに口を付ける。それから、白パンにもかじりついた。


 患者との会食は感染リスクが高まるかもしれないが、日本と違って不衛生が目立つこの公都ブリュトワープで多くの患者と接してきた俺からすれば、今さら気を付けようと言う気持ちにはなれない。

 妙に、慣れてしまっているのだ。


「それで、ローマニア王国の話をお伺いしたいのですが……」


「おっと肝心な本題を忘れていましたね。……ええっと何から話せばよろしいかな」


 おいおい、そこからかよ。

 仕方のない人だ。ここは自己紹介からしてもらうとしよう。


「ひとまず自己紹介でもしてください」


「自己紹介……ですか。はい、私はイオン・サナテスクです。ローマニア王国の生まれでして、今は行商を営んでおります」


「なるほど。ローマニア王国の生まれだったのですか」


「はい」


 確か、彼はローマニア王国に来て欲しいと言っていた。ならその理由でも訊くとしよう。


「ローマニア王国に来て欲しいと仰っておりましたが、その理由は何なのですか? 」


「長くなりますが、よろしいですか? 」


 俺は彼の言葉に頷いたのであった。

 果たして、彼の口からどのような話がなされるのであろうか……。

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