第31話


 公都ブリュトワープ内に入ったは良いが、相変わらず人の往来は少ないようだ。既に夜だからという線もあるが、今は決して深夜というわけではない。


 つまり酒場や特殊な店などが、最も繁盛するはずの時間帯なのだ。


「何か様子が変だな」


 と、俺は言った。


「そうですね。そもそもギルベー公国に入国してからというものの、やけに人の往来が少ない気がします。それにこの時間なら、酒場が賑わっているはずですし」


 オレリーもそう言う。

 やはりオレリーも俺と同じことを思っていたようだ。


「国によって人々の習慣が違うだけなのでは? 」


 マリー嬢がそう言った。

 確かにその線も100%否定することは出来ない。例えば、宗教的な理由で夜間の出歩きが禁止されているという話はありそうだ。


「ギルベー公国では、夜間の出歩きは禁止されているのか? 」


 俺はマリー嬢にそう訊ねた。


「いえ、そのような話は聞いたことがありません……」

 

「とりあえず馬車駅に着いたら直ぐに宿屋を見つけよう」


 そして俺たちは馬車駅で馬車を降りて、一旦御者のおっさんと別れた。

 御者のおっさんは、馬を厩舎に連れて行ったりと忙しい。その間に俺たちは宿を探し、後でおっさんを馬車駅まで迎えに行くということになった。


 人の往来が少ないと言ったが、それは嘘だ。

 全く以て人の往来が無いのである。


「やはり何か変だ。見てみろ、この建物は酒場の看板がかかっているのに閉まっているぞ」


「そ、そうですね」


 マリー嬢も異様な光景を肌に感じたのか、そう言った。

 オレリーは周囲を警戒しつつ先行して歩いていた。しかも、いつでもレイピアを抜けるように、右手でレイピアの柄を掴んでいる。流石は元近衛騎士。護衛として立派な心がけだ。


 俺たちは先へと進んだ。


「宿屋の看板がかけてありますね」


 と、不意に先行していたオレリーが言う。

 

「残念なことに、閉まっているようだな」

 

 くそ。

 宿屋までもが閉まっているというのか。一体この公都ブリュトワープで何が起こっているというのだ。


 それから何軒もの宿屋を見つけたものの、どこも閉まっていた。

 これでは、野宿する他あるまい。


「どうするか……」

 

 俺の中では答えは決まっていたが、念のため2人にそう訊ねた。


「これ以上宿屋を探しても、結果は同じでしょう。こうなったら野宿しかありませんね」


 オレリーも同意見のようだ。


「そうですね。やむを得ないですね」


 マリー嬢も納得している様子である。

 ならば、話は早い。オレリーとマリー嬢には馬車の中で寝てもらい、俺と御者のおっさんは外で寝るとしようか。


「キミたち」


 不意に背後から声がした。

 オレリーが素早く振り向く。俺もそれに続いて振り向くと、そこには老人が立っていたのであった。


「何の用です? 」


 オレリーがそう言う。

 

「いやいや。怪しいものでは無いよ。だからどうかそのレイピアを抜こうとしないでくれ」


 と、老人が言う。

 確かに、老人っていうだけで別に怪しい雰囲気は感じられない。一体彼は何者なのであろうか……。


「で、何の用なのだ? 」


 俺もそう訊ねた。


「見たところ宿に困っているようなので、声をかけたのだ。もしよければ、私の家を使ってくれと思ってな。まあ、多少の駄賃は頂くつもりだが、屋根のないところで寝るよりはマシだろう」


 確かに宿に困っている俺たちからすれば、願ってもない話ではある。

 しかし、いきなり見知らぬ他人の家に泊まるのも気が引ける。


「泊めてくれるのは嬉しい。だが、俺たちは貴方を知らない」


「なるほど。確かに自己紹介が必要だったな。私は、大公殿下からこの公都ブリュトワープの管理を任せられているクロト・ルーベンだ」


 つまり、それなりの職に就いているってことか。だが、そのような立場の者がわざわざ俺たちを泊めさせようとするだろうか? 


 逆に怪しい。


「いやいや。お偉いさんが、わざわざ泊めてくれるなんて思えないがな」


 いや、ここはステータス確認でもしてみよう。


――――――


クルト・ルーベン 71歳 男

職業 公都ブリュトワープの政務総裁

レベル8

HP183

攻撃力58(+0)

防御力43(+2)

魔力8(+0)


特記事項 元ギルベー公国騎士団の騎士 


――――――


 なるほど。

 確かに、嘘を言っているわけではなさそうだ。


「ちょっと気が向いただけ……って言うのが理由だが、信じてはもらえそうには無いな」


 と、老人クルトが言う。もしかして、俺がガリヌンス王国の王族であること知っているのだろうか。

 しかし、それならもう少し違った態度を取ってくるはずだ。


 あるいは、例えばガリヌンス王国の密かに繋がっており、あくまでも俺の正体を知らないふりをして俺の旅を助けるよう頼まれているということも考えられる。


 まあ、考えらえる理由をあげたらキリがない。

 本当にこの老人クルトの言うとおり、ちょっと気が向いただけなのかもしれないしな。


 もういい。どうにでもなってしまえ。


「どうする? 」


 結論は2人に任せるべく、俺はマリー嬢とオレリーにそう訊ねた。


「野宿するよりはマシでしょう。殿下たちが寝静まった後も周囲の警戒は私が行いますので、老人のお言葉に甘えて泊めていただくことにしませんか? 」


 オレリーがそう言う。

 周囲の警戒については、後でオレリーと再度話すとしよう。


「オレリーさんがそう仰るなら、私も異論はございません」ただ、オレリーさんにだけ警戒させてしまうのは気が引けますが」


 マリー嬢も異論は無いようだ。

 なら、老人クルトの言葉に甘えさせてもらうとしようか。


 俺は2人に頷いた後、老人のいるほうに振り返る。


「老人。泊めてもらっても良いか? 」


「そうか。私はキミたちを歓迎するよ。では早速、我が家へ案内するとしよう」


「いや待ってくれ。他に連れがいるんだ」


 それから御者のおっさんとも合流し、老人クルトの家へと向かったのであった。

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