第30話
タオドールの妻子を助けてから2日が経った。
既に、旅を始めるための諸々の段取りも済ませている。もちろん、薬師カードもきちんと受け取った。
それに、シャルルの容体もすっかり良くなっている。
ちょうど今日が出発日なのだ。
晴れてこの世界を堪能するための旅をできるわけである。無論旅をする以上は、辛いこともあるだろう。しかし、辛いだけで終わるものではないと言うことを俺は期待している。
「マリー嬢。改めてになるが、本当にありがとう」
ブルゴヌ公爵家には、タオドール一家のために色々と協力してくれたのであった。
その一環として、俺が始末し損ねたミハイル・ブランに対する今後の警戒も含まれている。さらには、当初から話に聞いていたとおりブルゴヌ公爵家が旅費の工面もしてくれたのだ。
ここまでくれば、感謝してもしきれないだろう。
何というか俺って、いわゆるヒモ男ってやつだよな。
「いえいえ。殿下は将来の夫になるお方なのですから、このくらい容易いものです」
マリー嬢がそう言う。
いや、これ以上彼女に甘えるのは無しにした方が良いな。何よりもそれが俺自身のためだからだ。
「ヴィルの旦那! 馬車の準備ができましたぜ」
御者のおっさんが馬車の準備を済ませて駆け寄って来る。
俺、マリー嬢、そしてオレリーの3人はおっさんの馬車に乗り込んだのであった。当面の目的地は、王都バリヌから馬車で約4日ほどかかる場所にあるギルベー公国の公都ブリュトワープである。
ギルベー公国は中央諸国同盟の加盟国であり、俺がアンリ4世によって飛ばされそうになった地だ。因みに約4日かかるというのは、通常の馬車で毎日8時間移動した場合の計算である。
今回俺たちは特急馬車(仮)で移動するため、もう少し早く到着することだろう。
そして、馬車が進む。
特急馬車だとしても、日本で車や電車に乗って移動していた頃に比べれば、かなりゆっくりだ。
ミハイル・ブラン関連については、まだ多少の謎(例えばシャルルの寝室の前に立っていた私兵)も残っているが、ともあれこうして旅が始まった。
そう言えば、ゲームではギヨームやシャルル以外にも当然他の攻略対象がいた。オリジナル作品とスピンオフ作品共通の攻略対象もいれば、いずれかだけの攻略対象もいたのだ。
その中に、マリー嬢の義弟であるジャン・ブルゴヌがいる。彼は、マリー嬢の父であるブルゴヌ公爵の弟の子という設定だったはずだ。その弟夫妻が事故で亡くなったために、遺児となったジャンをブルゴヌ公爵が養子に迎えたという話だった。
彼は、オリジナル作品とスピンオフ作品共通の攻略対象なのだが、オリジナル作品では姉である悪役令嬢マリーによって虐待を受け続けた為に猜疑心の強い人物に育つ一方で、スピンオフ作品では逆に姉から可愛いがられた結果甘えん坊に育つのだ。
「マリー嬢。弟のジャンはこの旅に反対しただろう? 」
だって、ジャンは姉のマリー嬢に対して甘えん坊なのだから。
「で、殿下!? ジャンが反対していたことをよくご存知ですね……」
と、マリー嬢が驚いた表情でそう言う。
「宰相と話す機会があってな。その時に」
「お父様が? 」
「ああ」
「今度会う時があれば、きつく言っておく必要がありますわね。家庭内の恥を晒すなんて! 」
宰相閣下。
申し訳ありません。俺のテキトウな嘘のせいで、貴方様はとんだとばっちりを受けることになるでしょう……。
「ベ、別に恥なんかじゃないと思うぞ。姉弟愛が強い証なのではないか? ジャンも姉であるマリー嬢のことを心配したことだと思うし。それに宰相がわざわざそのことを俺に話したということは、遠回しに心の内を伝えたかったのだと思う。即ち何かしらの意図でマリー嬢が俺の旅に同行することは認めるが、心から歓迎しているわけではないということをな」
俺は嘘に嘘を重ねている。
自分自身、とても情けない。
「……お父様はそうなのでしょう。ですが私は殿下の旅に同行することができて嬉しいですよ」
「お、おう。そうか」
やはり彼女の意図が読めない。
そういえばオリジナル作品だけの設定だが、ユウカ嬢は王太子と結ばれるルートに入ると古代の魔王が復活する展開となり、ガリヌンス王国から勇者に任命されるのだ。
スピンオフ作品ではそういう展開は無かったはずだが、まさか古代の魔王が復活するなんてことは無いだろうな……。
それから、旅を始めてから3日目の昼にガリヌンス王国とギルベー公国の国境を越えて、その日の夜には公都ブリュトワープ付近に到着した。昼に国境を越えてからというものの、やたら人の往来が少ない気がする。ギルベー公国内で何かあったのであろうか?
まあ、それでも無事に国境の関所を越えられたことだし、こうして公都ブリュトワープ付近まで来れたわけだから、俺の心配は杞憂なのかもしれない。
そして、俺たちを乗せた馬車は公都ブリュトワープの入り口の1つに差し掛かった。
「公都ブリュトワープに入りたいのか? 」
不意に、門を警備していた衛兵らしき者に声をかけられる。
「ええ。どうか俺たちを通してください」
一行を代表して俺はそう言った。
国境を越える際に、関所で入国税を支払ったのだが、まさか公都ブリュトワープに入るためにもカネを支払わなければならないのであろうか……。
「そうか。入るのは自由だ。しかし一度入れば、しばらく公都ブリュトワープから出ることは制限されるが、それでも良いか? 」
「どういうことだ? 」
「理由(わけ)は話せん。だが、伝えるべきことは伝えたからな」
俺はマリー嬢やオレリー、そして御者のおっさんと相談した。
しかし移動の疲れが溜まっている。また御者のおっさんが言うには、近くに町や村さらには馬車駅も無いらしい。
だから、公都ブリュトワープに入ることにしたのであった。
まあ、旅は始まったばかりだ。しばらく公都ブリュトワープで過ごすのも悪くはないだろう。
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