第24話

 ミハイル・ブランは逃げた。

 俺はそう確信した。



 今朝、タオドールと共にシャルルの容体を診た俺はその後、タオドールからある話を聞いたのであった。

 

 タオドールによれば、ミハイル・ブランは、昨夜タオドールとの集合場所に姿を表さなかったらしい。


「まず言っておきたいことがある。ミハイルと会う予定だったことを隠していたな? 」


「……」


 無言か。


「俺は、お前の最低限の名誉は守ってやったのにな? 」


 取引というのは、一定の信頼関係に基づかなければ成立しないと俺は思っている。要はこいつは、その信頼関係に傷をつけたわけだ。


「怖かったのです」


「何がだ? 」


「もし殿下にミハイル氏と会うことをお伝えしたら、殿下は私とミハイルの密会に乱入されると思いまして……」


 少なくとも、尾行はしようとしていただろう。

 

「俺が乱入すると何が怖いのだ? 」


「もし乱入されてしくじられた場合、私の薬師生命……いや命自体が危なくなります」


 タオドールは、そうはっきりと言う。


 なるほど。

 ポンコツギヨームが下手に介入しても失敗すると思うのは仕方のないことだろう。だって俺が転生する前のギヨームは、本当にポンコツだったのだからな。


 正直、スピンオフ作品をプレイしているとき、ギヨームに対しては相当ヘイトが溜まっていた。


「確かにそうだな。俺のようなポンコツじゃ、無理もない」


 タオドールの判断も間違っているとは言えない。


「いえ、別に殿下はポンコツというわけではないと思いますが……」


 と、タオドールは必死に弁解する。


「ともかく、今回隠し事をしたことは不問にする」


 俺がそう言うとタオドールは目を見開き、涙を流したのであった。

 そして……


「殿下! 大変申し訳ございませんでした」


 突然大声でタオドールがそう言うと、膝をつき土下座をし始める始末だ。

 だが、俺はもっと訊きたいことがある。

 

「ところで、訊きたいことがあるのだが」


「な、なんでしょう」


「お前がミハイルの口車に乗った理由を知りたい」


 一体どういう理由でミハイルの指示に従い、俺の弟であるシャルルを亡き者にしようしたのか。その彼の背景を知りたいのである。


「私の出身地はブレンニュ公爵領なのです。そして、妻と子もブレンニュ公爵領に住んでいましてね……。ある日、ミハイル・ブランが私に接触してきて、妻と娘を殺すと言い出したのです。ただ、第二王子であるシャルル殿下を殺せば、妻と娘を生かしてやると」


「そう……だったのか」


 まさか、妻子を人質にとるとはな。

 ミハイル・ブランの野郎!


 まだ顔を見たわけではないが、ミハイル……お前は始末する必要がありそうだ。


「ミハイルが逃げるとしたら、どこだ? 」


 俺はそう訊ねる。


 恐らくミハイルは、シャルルが元気な姿で夕食会の会場に姿を現したことで、タオドールがしくじったか又は裏切ったことを悟って逃げたに違いない。


「もう良いのです」


 タオドールは何かに諦めたような、ふっきれた表情をしてそう言った。

 

「何が良いのだ? 」


「ミハイルが逃げたという以上、彼は私の妻子を殺しにかかるはずです。実際奴は、今までも人質をたくさん殺してきたらしいですしね」


「なるほど」


 妻子を殺すつもりなら、まずはブレンニュ公爵領に逃げるだろう。

 なら話は早い。


 俺もブレンニュ公爵領へと急ぐことにしよう。


「タオドール。お前は俺と一緒について来い。良いか? 」


「ですから、もう良いのです」


「賭けだ。もし俺についてくれば、妻子は助かるかもしれない。俺には作戦がある」


 いや、作戦など全く以て思い付かない。唯一、目的だけは、はっきりとしている。即ち、急いでブレンニュ公爵領まで行かなければならないということだ。


「殿下……」


 タオドールが俺を見つめる。

 まるで、俺のことを値踏みしているかのように感じる。だが、ポンコツギヨームが「俺には作戦がある」と言ったところで、信用などされないかもしれない。


 現に、俺はロクに作戦など思い付いていないからな。


「ダメで元々。そう思ってくれて構わない。だからついて来てくれ」


 もはや、タオドールも犠牲者の1人として俺は認識している。

 確かにシャルルを亡き者にしようとしたわけだが、人というのは弱い。誰だって、追い込まれたらおかしな判断をしかねないのだ。


「わかりました。殿下の言う作戦とやらに乗らせてもらいます」


 と、タオドールが言った。

 ようやくついて来てくれる気になったようだ。

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