第22話


 オレリーから≪マリー嬢が俺の旅に同行するつもりである≫という話を聞いた俺は、オレリーを伴って直ぐにマリー嬢の使っている寝室へと向かった。


「こちらがマリーさんのお部屋であります」


 オレリーがそう言って手で指し示したので、俺はそのドアをノックする。


「マリー嬢。俺だ。ちょっと話したいことがあるのだが……」


 ドア越しで、俺はそう言った。

 すると数秒経ち、ドアがゆっくりと開かれる。


「殿下。こんな夜更けに淑女のお部屋にやって来るなんて、殿下も大胆になりましたね! 」


 と、ドアを開けて早々にマリー嬢がそう言う。


「あのな。オレリーもいるんだぞ? 」


 俺は少しばかり呆れた表情を浮かばせつつ、そう言った。


「ともかく、どうぞお入りください。オレリーさんも中へどうぞ」


 マリー嬢に促され、俺とオレリーは部屋に入った。マリー嬢の部屋にやって来るのは少なくとも俺の記憶ではこれで2回目である。

 以前はワインで悪酔いして、勝手にこの部屋に連れて来られたわけだ。


「へえ。随分と物が飾ってありようだな? 」


 マリー嬢の部屋には、やたらと陶芸品や絵画などが部屋中に飾られている。


 一方で俺の部屋は、意外なことに物は何もなかった。

 このポンコツギヨームはカネを散財しつつも、物をため込むことはしなかったようだからな。


 そういえば、まだ【鑑定】というものをやっていなかったな。

 いい機会だしテキトウにやってみるか。


―――――

種別 画伯モント氏の絵画

状態 良好(レッカヤダの魔法も効力も依然として有り)

相場価格にして大金貨5枚分

特記事項 レッカヤダの魔法を使い、劣化の防止をすると良い

―――――


 なるほど。

 要は、レッカヤダの魔法を覚えておけばテキトウに放置しておいても劣化しないのだな。



「贈り物が、特に陶芸品類の贈り物が多くて困っているのです。それでも年に2回は美術商に安値で売って処分しているのですけどね」


「そうなのか……。ところで俺がこの部屋にやって来たのは、訊きたいことがあってな。マリー嬢も俺の旅に同行するつもりって話は本当なのか? 」


 俺はそう訊ねた。すると、マリー嬢は頬を赤くする。

 果たして、彼女は一体何を想像して頬を赤くしたのであろうか。


「ええ。殿下の旅にご一緒させてもらいますわ。よろしくお願いしますね」


 と、ぺこりと頭を下げてそう言った。

 どうやら、マリー嬢が俺の旅に同行しようとしているのは本当っぽいな。だが俺が最も気にしているのは、その真意がどこにあるか……である。


「どうして旅に同行したいのだ? 」


「殿下と私は婚約者なのですよ? 将来の夫と一緒に旅をすることに何か問題があるのでしょうか」


 ううむ。

 婚約者だから……か。


 以前、図書室で会った時に、俺のことは恨んでいないと言ったが、流石に喜んで結婚するような気持ちではないだろう。


 やはり真意は、政治的なところにあるのだろうな。


「俺は酷い仕打ちをしたのだぞ? 」


「人間の心は脆いのです。ユウカ・バロヌという女に誑かされた結果、殿下はおかしくなったのですから、仕方ないと思います。私だって何をするか危なかったのですから。あの時期はユウカ・バロヌという女に嫉妬していたのは事実です。本当に嫌がらせをしようか迷ったときもあったくらいですよ? つまりデマが真実になる可能性もあったわけです」


 あともう少しで、マリー嬢は本当にユウカ・バロヌに対して嫌がらせをしていたという訳か。だが、それを心の中で押しとどめただけ大したものだ。


「実際には行動しなかっただけで、大したものだろう」


「実際に行動する勇気がなかっただけですよ」


 なるほどな。

 だからこそマリー嬢は≪人間の心は脆い≫と感じ、そして俺に対して恨むこともないのだろう。彼女も、もう少し心が弱ければ、何かとんでもないことを仕出かしていたかもしれない。


「だが、俺は自分自身を許せない」


 というよりは、この元日本人の俺という魂がポンコツギヨームを許せないというわけだがな。


「もし、私に対して罪悪感があるなら、心をオープンにして私を受け入れてください」


「ど、ど、……どういう意味だ」


 と、俺は声が裏返りながらそう言った。

 全く、毎回とんでもないことを言ってくれるよな。


「淑女にその意味を言わせるのですか? 」


 マリー嬢がいたずらっぽくそう言う。


 ともあれ、先日の誘惑の一件もある。マリー嬢は少なくとも俺と通じる気でいるのだろう。

 その真意はまだよく判らないが。


 

「い、いや……。話を戻すが、今回俺の旅に同行することについて、マリー嬢の父上である宰相も認めたというが、それは本当か? 」

 

「ええ。本当ですよ。まあ、父は政治的なところを考慮してのことだと思いますけどね」


 やはり宰相も認めているようだ。

 これはこれで、また困ったことになったもんだな。


 だが、彼女を同行させることで当面の資金繰りは何とかなるかもしれない。そう考えると、案外俺にとって都合の良い話とも言えるか……。


「最後にその絵なのだが、俺にくれないか? もちろん、代金は後日払う」


「ええ。良いですよ。ついでにこちらも持って行ってください。どちらも、ただで差し上げますから」


 と、俺はモント氏の絵画の他に、変な壺なども押し付けてられたのであった。



―――――

種別 陶芸家ランヌ氏作成の壺

状態 良好(レッカヤダの魔法も効力も依然として有り)

相場価格にして大金貨3枚分

特記事項 レッカヤダの魔法を使い、劣化の防止をすると良い

―――――



 ふうん……。


「どうもありがとう。とりあえず、話はこれで終わりだ。そろそろ失礼するよ」


 俺はそう言って、オレリーと共にマリー嬢の部屋を後にしたのであった。

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