第19話
その日の夜。
俺は、パーティ会場へとやって来た。
むろん1人である。
「殿下。お待ちしておりました」
と、俺の姿を見つけて早々に、マリー嬢が近寄って来る。昨夜の一件がある手前、ちょっと気まずい。
もっとも、マリー嬢は顔を少し赤くして、まんざらでもないご様子だ。
嫌がらせをした奴を相手に、よくもまあこういう態度をとれるものだな。仮に俺がマリー嬢の立場なら手が出ているに違いない。
「殿下。私の口から言うのは、差し出がましいのですが、旅支度はお早めに」
「旅支度だと? 旅を始めるのは、シャルルの体調が良くなってからのつもりなのだが」
一週間くらいは、時間が欲しい。
「恐らく、今夜中にも殿下は国外追放の宣言が為されるでしょう。宣言後、殿下は中央諸国同盟の加盟国であるギルベー公国に移送される手筈になっております」
「なんだって!? 」
なんだって急に……。
依願退職しようとしている奴を、懲戒免職処分にするようなものだぞ。俺はそこまでの事を仕出かしたであろうかね。
「私も先ほど、宰相である父から聞いたばかりなので、非常に驚いております」
「薬師カードだって受け取っていないというのに」
困ったことになった。
「殿下の心配事はあくまでも、薬師カードの受け取りなのですか」
「それはそうだ。せめて後、2日間は待ってて欲しかった。それに……」
それに、ミハイルとやらを何とかしなければならない。こいつの対処については、もう少し時間がかかるだろう。
「薬師カードの受け取り以外にも、懸念なさっていることが、おありなのですね? 」
「ああ。弟のシャルルのことだ。熱が下がらないというからな」
それ以上のことは言わない。まだ、タオドールの最低限の名誉は保っておく必要があるからだ。
「まさか殿下が、シャルル殿下をご心配なさっていたとは、思いもしませんでした」
「何だ。俺が心配してはダメか? 」
「いえ。ちょっと意外だったのです。何というか、とても言いにくいことなのですが、殿下はシャルル殿下に対しては無関心だと思っていたものでして」
なるほど。
俺が転生する前の、この元王太子はそういう態度をとっていたわけだな。まあ、シャルルはオリジナルのほうでは全く登場しなかったし、そしてスピンオフ作品でも王太子の廃嫡イベント後に登場するわけだし、それも影響しているのかもしれない。
「そう思われていたのか……。シャルルは好きだよ。別に変な意味ではないがな」
「そうだったのですね」
「ああ。ところで話を戻すが、俺の追放をどうするかだな……。いや、もう対処のしようは無いが、先に教えてくれてありがとう。心の準備はこれで出来る」
「お役に立てなくて申し訳ございません。宰相である父も反対はしたようなのですが、陛下は一切耳を傾けなかったとか」
宰相の意見すら、まともに取り合わず……か。
そこまで俺を追放する意図はどこにあるのだろうか。
「もしや、ブレンニュ公爵に謀られたか? 」
「可能性はありますね」
まさか、俺がタオドールを追及したことがブレンニュ公爵家にバレたのであろうか……。
いや、情報が少なすぎる。現時点ではあまり推測するのはやめておこう。
そして、1人の女性が近づいてくる。
オレリーだ。
「殿下」
「オレリーか」
「既にこれから殿下に起こることを、マリーさんからお聞きになっていると思います。そのことですが、先日申し上げたとおり、私も殿下にお供します。近衛騎士をクビになろうとも関係ありません」
なるほど。
オレリーにも、俺が追放されるという情報は流れていたのか。
「オレリーさんには、私のほうからお教えいたしました」
と、マリー嬢が言う。
「マリー嬢が教えたわけか」
「はい」
そして、会場に国王アンリ4世の声が響き渡る。どうやら、私が追放されるお時間がやって来たようだ。
「皆の者! 今日の宴は楽しんでいるか? まだ宴は中盤ではあるが、皆の者に報告したいことがある」
国王だとはいえ、本当に偉そうな言い方だな。
だが、威厳はあるのだろう。夕食会に参加している全員が、国王アンリ4世のほうに目を向ける。
「その前に、ギヨーム・ボルボン。前へ出ろ」
王太子の廃嫡イベント(ゲーム)でも、フルネームで呼び捨てだった。
「行って来るよ」
俺は、オレリーとマリー嬢にそう告げて、国王アンリ4世の近くへと進んだ。決して良いことをして表彰されるわけではない。これから、国外に追放されるという宣言が為されるのだ。
我ながら、足取りが重い気がする。
「来たか。皆の者に報告する。本日、このギヨーム・ボルボンを国外に追放する! 理由は、自身も王族でありながら、我が王族への不敬を働いたからだ」
なるほど。
あの歌が拙かったわけか。それにしても、自虐ネタを理由に処罰されるなんて……。自虐ネタを言っただけだというのに、侮蔑の眼差しが、俺に刺さる。
何だか、それもそれで頭にくるので、文句の1つくらい言ってやろうか。
偉そうに。
「あのさ。俺自身に起こった顛末を歌にしたわけ。俺以外の王族のことはネタにしてないのですけど、そこらへんはきちんと考慮したんですかね? 」
ああ、スッキリした。
どうせ結果は同じなのだし、言いたい放題言ってしまった方が得だろう。
「たとえ貴様の醜聞であろうと、王族全体の名誉を傷つけることになる。わかるな? 」
……。
はい。
そう言われることは、薄々わかっていました。申し訳ございません。
「始末書、書くんで許してください」
と、俺は申し訳なさそうに言う。日本にいたときの話だが、上司から怒られるとついつい癖で言っていたものである。
「始末書……? よく判らんが、ともかくお前の国外に追放は決定事項だ! 」
まあ、結果は変わらんし、どうでも良いや。
バタンッ!
と、不意に会場の扉が思いっきり開く。誰かがやって来たのだろう。だがそこには、意外な人物が立っていた。
「お、おいおい」
思わず、俺はそう声を出す。
何故なら、シャルルが会場に入って来たからである。
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