第16話



 翌日。

 昨日はワインによってダウンしてしまったわけだが、思いのほか今日は体調が良い。今日は良い1日になりそうだ。


「そういえば、今日はシャルルに会うつもりだったな」


 昨日マリー嬢たちと話した内容も覚えているし、その時に心中で考えていたこともはっきりと覚えている。

 本当に今日は、快調のようだ。


 さて、早いところ身支度を済ませてしまおう。



 身支度を済ませた俺は、執事にシャルルの部屋まで案内させた。

 長い廊下をひたすら進む。どうやら俺とシャルルの部屋は、とても遠いらしい。もはや、日本でいうところの、マンションの端と端に住む者同士のような関係のように感じる。


「ここがシャルル殿下の部屋です」


 執事がそう言って立ち止まった。

 ドアの前には、武装した2人の男が立っている。確か、どこぞの誰かが雇った私兵だったか。


「これはこれは。ギヨーム王子殿下」


「弟に会いたい。通してくれ」


 俺がそう言うと、私兵の2人はあっさりと俺を通してくれた。俺はシャルルの部屋に入る。


「よう。体調が悪いようだな? 」


「に、兄さん!? 」


 シャルルは、とてもか弱い声でそう言った。

 どうやら、よほど体調がすぐれないようだ。


「どこが悪いんだ? 」


「毎日毎日、高熱が治まらないのです。もうじき、僕は死ぬのでしょうね」


 シャルルは、そう自嘲気味に言う。

 確かに彼の額を触れると、とても熱かった。本当に高熱の状態が続いているのだろう。


「薬師は何と言っているんだ? 」


「とりあえず、薬をお飲みくださいと……ただそれだけです」


「それで、薬を飲んでも熱が治まらないということだな? 」


「はい」


 解熱薬が効かないとなると、本当にシャルルは助からないのかもしれない。だが、可愛いらしい弟のことだ。ゲームキャラとして見ていた当時も、俺は彼に好感を持っていた。

 

 なら、俺も薬師の端くれである。

 弟を診察してみるとしよう。


「今日はもう薬を飲んだのか? 」


「いえ。そろそろ典医殿が来るでしょう。いつも、典医殿がやって来てその場で薬を煎じてくれるのです」


「そうか。では、今日はその典医とやらの診察を見せてもらうことにしよう」


「僕は構いませんけど、決して面白いものではありませんよ」


 別に、面白いものを見ようとしているわけではない。典医でもあろう優秀なお医者様の診察を、この目で見てみたいだけである。


「典医とやらの診察について、純粋に興味を持っただけだよ」


 それから待つこと20分程度。

 部屋のドアがノックされ、中年の男がやって来た。その男の手には、鍋と薬研などがあった。どうやらこの男が、典医なのだろう。


「典医殿であるタオドールさんです」


 と、弟が言う。

 

「初めまして。シャルルの兄であるギヨーム・ボルボンと申します」


 俺は、自然の流れでそう挨拶をしてしまった。初対面なのは事実だが、典医がいかに権威ある薬師だったとしても、王子である立場で畏まった挨拶をするのはおかしいだろう。


 と、気づいても今さらではあるが。


「ギヨーム殿下でありますか……? そ、そう畏まったご挨拶など為されないでください」


「う、うむ。申し訳なかった」


 やはり、日本で生活していた頃の癖が抜けない。この世界にやって来て、もう1カ月も経っているというのに……。


 さて、タオドールは、袋から何か葉を取り出し薬研で粉末にし始めた。

 どこかで見たことのある葉である。


 思い出した。

 今、タオドールが粉末にしている葉、アッカ草の葉である。確か、風邪を悪化させる作用があるとか。しかも長期に渡って摂取すると、衰弱し、死に至るという。


 これは、≪薬師試験テキスト≫にも記されている。


「おい! 貴様、まさかその葉を煎じて飲ませるつもりか!? 」


「ギヨーム殿下。急に、どうされたのですか? 」


 と、タオドールがとぼけてそう言った。


「ちょっと表に出ろ」


 そう言って俺は、タオドールを連れてシャルルの部屋を出た。扉は空きっぱなしだ。

 それを把握しつつも、俺はほぼ無意識に追及していた。


「アッカ草の効力なら、俺も知っているぞ。シャルルを衰弱させて殺す気か? 」


 俺がそう言い終えた瞬間、タオドールは顔を真っ青にし、急におどおどし始めたのであった。もはや、言い逃れなど出来ないと自覚したのであろう。


「……」


 タオドールは、口をもごもごさせながら、何かを言おうと必死になっている。だが、言うべき言葉が見つからないようだ。


「誰の差し金だ? 」


 まさか、典医による単独犯であるはずがない。

 ましてや、王族を診る典医となると、尚更のことである。安定した地位を失いたくはないだろう。


 だから、本来安定した生活が保障されているはずの典医が、わざわざ王族を殺すような真似をするということは、背後に何者かがいるに違いない。


「……」


 タオドールは黙ったままだ。


「誰の差し金かを言えば、俺とシャルルはお前を見逃してやろう。シャルルもそれで良いな? 」


「えっ……あ、はい」


 と、部屋の奥から小声が聞こえてくる。

 つまり、被害者であるシャルルは、事態をまだ把握しきれていないようだな。


「わかりましたよ。こうなった以上は答えます。私は、ブレンニュ公爵の使いの者から依頼されました。まあ、この件にブレンニュ公爵自身が絡んでいるかは判りませんがね」


 タオドールがそう言った。

 まさか、ここでブレンニュ公爵家の名が出てくるとはな……。


 考えてみると、確かにブレンニュ公爵家にはシャルルを殺す動機になり得るものはある。

 昨日、マリー嬢たちから聞かされたばかりだが、ブレンニュ公爵家は、ブルゴヌ公爵家とガリヌンス王家と結びつくことを嫌がっているわけだ。


「なるほど。ブレンニュ公爵の使いの者か……。それで、そいつの名は何という? 」


「ミハイル・ブランです」


 聞いたことのない名だ。

 ゲームに登場していない人物なのは、確かである。


「そのミハイル・ブランとやらは、どこに住んでいるんだ? 」


「王都バリヌに別宅があるのは知っておりますが、具体的な場所までは判りません」


 なるほど。

 具体的な居場所までは判らないわけか。しかしミハイルとやらが、この王宮に来るのであれば、わざわざ探す必要もあるまい。


 それからも、タオドールに対する俺の尋問は続いたのであった。

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