第13話


 気が付くと、俺はベッドの上で寝かせられていたようだ。

 だが、どうやら俺の部屋ではない。


「殿下、お目覚めですか? 」

 

 上からマリー嬢が顔を覗かせてくる。もしかして、ここはマリー嬢の部屋なのではあるまいな? 


 周囲を見渡すと、物が多いものの、しっかりと整理された部屋であった。

 

「ここは、どこだ? 」


「私の部屋でございます。殿下のお部屋よりも近かったので、私の部屋にお連れいたしました」


 と、マリー嬢が言う。

 どういうわけか、俺は女にお持ち帰りされてしまったようだな。ふと視線を別のところの移すと、何とオレリーの姿もあった。


「ちょっと、問題があるんじゃないか? 」


 年頃の男女が一緒の部屋に入るというのは、いささか問題があるような気がする。


「私たちは婚約者なのですよ? 問題など無いじゃありませんか! 」


「い、いやいや」


 これはちょっと拙い。

 何とかして、逃げなければ……。


「殿下、いっそのこと、ここで愛し合いましょうか? 」


「お、おい。それは拙い! 」


 俺は声が裏返ってしまった。

 これ以上、俺の欲望を刺激するようなことは言わないで欲しい。だけど、そのまま身を委ねたいという気持ちも同時にある。


「婚約者なのですから、問題ありませんよね? 」


 まさか、悪役令嬢マリーなのではあるまいな? 

 なあ?


「お、オレリーも、い、いるんだぞ? 」


「彼女には、殿下と私が通じ合ったことの証人になってもらうのですよ」


 悪役令嬢マリーが、取り巻きの下級貴族の娘に証人になってもらおうと言うシチュエーションもあった。


 もしかして、本当に……。


「はい。殿下とマリーさんが通じ合ったことを、きっちり証言いたしますね」


 オレリーもその気でいる以上、もう逃げ道が無い。

 気づけば、マリー嬢もベットに乗っかってきている。そして、俺にじわじわと密着してくるのであった。いっそのこと、もうマリー嬢に身を委ねようか?


 否。


 ひと時の快楽のために、何かを犠牲にすることなど、出来るものか!


「……マリー嬢。俺はマリー嬢を人として尊敬しているし、本当に結婚できたら嬉しい。だけど、今は待ってくれ。頼む」


 俺はそう言った。

 本心で思っていることを言っている。別に嘘をついているわけではない。実際、マリー嬢は美人だし、それにまだ10代だと言うのに宰相である父親の仕事を手伝ってるわけだしな。


「そうですか……。そこまで言われるなら、今日は私も引きますね」


 マリー嬢はそう言って、挑発をやめた。

 何とか助かったようだ。


「そういう行為は、本来は本当に想っている相手とするのが理想だろう」


「私が殿下を想っていないとでも? 」


 何を言うか。

 マリー嬢が俺を恨むならともかく、愛すはずなどないことは判っている。


「なあ。何というか……急ぐ理由でもあるのか? 」


 どうしてマリー嬢は、このような大胆な行動に出たのであろうか?

 彼女もまた公爵令嬢である以上、何かしらの目的があるに違いないと思った俺は、彼女にそう訊ねたのであった。


 仮にマリー嬢が悪役令嬢マリーだったとしても、個人的な感情だけ見ればユウカ嬢も今や獄中である以上は、わざわざ事を急ぐ必要はない。


「先ほど申し上げたとおり、スコルランド国王兼ブレンニュ公爵が殿下と私の婚約を解消するように提案してきました。ですがそれだけではありません。スコルランド国王は、ありとあらゆる手段を行使して、婚約解消の方向に持っていこうとしているのは明白なのです」


「なるほどな。スコルランド国王は、ガリヌンス王国に一定の影響力を残したいとうのは判っていることだが、そこまでするとはな」


 まあ、現宰相でもあるブルゴヌ公爵が、ガリヌンス王家と姻戚関係になれば、彼の家のガリヌンス王国内における影響力はさらに増すことになる。一方で、ブレンニュ公爵家の影響力は弱くなることだろう。


「だが、スコルランド国王も娘をガリヌンス王家に嫁がせればいい話ではないか? 俺は廃嫡されたわけだし、次に王太子になりそうな奴によ」


 例えば、俺の弟とかな。

 確かゲームの設定では、シャルルという名前だった。


「いえ、スコルランドの王家には娘がおりません」


「そういうことか。だから、俺たちの婚約を妨害しているわけだな」


「それに、次の王太子候補と目されているシャルル殿下は、病を患っておりますし、今後どうなるか判りません」


「何だ? あいつ病気なのか」


 まだこの世界にやって来てからシャルルとは一度も会っていないわけだが、まさかゲームどおりに病を患っていたとは思ってもいなかった。

 

 スピンオフ作品のマリー嬢が、シャルルルートに入ると発病するという設定だったからだ。


「はい。殿下もご存知のはずですけど……」


 ごめんな。

 俺はこの世界に転移する前の記憶はないのだ。


「そう言えば、シャルル殿下の護衛は私たち近衛騎士ではなく、私兵らしいですよね」


 と、オレリーが言う。

 

「私兵? 近衛騎士を差し置いてか」


「私もよく判らないのです。ですが、何かおかしい気はします」


 オレリーも、気にはなっているようだ。

 なら明日、シャルルに会って見るとしよう。


「さて、2人とも介抱してくれてありがとう。俺は自分の部屋に戻ることにする」


 そう言って、俺は一礼しマリー嬢の部屋を出たのであった。

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