第12話



 俺は、夕食会に向かっている。

 会場は王宮内である。服装は、王都でぶらつく時の服装だ。ドレスコードなど知ったこっちゃない。


 聞いた話では、立食パーティーだと聞く。ならば、旨い物をたらふく食って帰れば良いのだ。


 ただ、それだけなのだ。


「ああぁぁぁ。どうして? どうして俺が夕食会に出席しなければならないの? 」


 と、俺は嘆く。

 

 それから数十分後、俺はしぶしぶ夕食会の会場に足を踏み入れた。

 なんでも、執事の話では男女ペアで入場するそうだが、どうでも良い。俺は1人でずかずかとやって来たわけだ。


 さて会場に入ると、既に、大勢の者たちがやって来ているようで、立ち話をしていた。その中には、ドレス姿のマリー嬢の姿もある。


「これはこれはギヨーム殿下。そのような格好で、どうされたのですか? 」


 初老の男性が近づいて来て、そう言った。

 ふと気が付くと、周囲も少しざわついている。俺のことで色々と話しているのだろう。まあ、服装のことや、廃嫡のことを話しているに違いない。

 

「堅苦しいパーティーが嫌だからね。ビールはないのか? ビールは」


「ビールですと? そんなものより、ここには最上級のワインがあるではありませんか! 」


 と、初老の男性が驚いた表情でそう言う。


「ワインね……」


 悪酔いするんだよね……。

 あまり、良い思い出がない。


「最上級のワインか。ま、まあ後で飲むとするよ。ところで、名前はなんというのだ? 」


「私の名ですか!? 」


 彼の反応からして、俺は彼のことを知っているはずなのだろう。


「すまぬが教えてくれ」


「私は近衛騎士団長のオーバン・バイエと申します……」


「そうか。教えてくれてありがとう」


 俺はそう言って、一礼しテキトウに料理を口にしながら、会場をウロウロした。まあ、なんというか、どれも旨いことは旨いが、これだと日本でビールを飲みながらラーメンを食べていたときのほうが旨い。


「殿下」


 ふと、女性の声がする。

 声がするほうを振り向くと、そこにはマリー嬢とオレリーが立っていた。2人ともワイングラスを持っている。


 2人が一緒に居るということは、話しでもしていたのであろうか? 


「どうした? 」


「少し、殿下とお話ししたくございまして……オレリーさんから聞いたのですが、なんでも薬師試験に合格為さったとか? 」


 と、マリー嬢が言う。

 オレリーめ。口の軽い奴だな。全く。


 とはいえ、口止めはしていないので、怒るつもりは無いが。


「まあな。おかげさまで、合格できたよ」


「それで、この国を去られるとか」


 オレリーィィィィィ!  

 余計なことをペラペラと話すなぁぁぁぁぁぁ! 


 まあ、仕方ない。素直に話しておくとしよう。


「俺が、自分自身で決定したことだ」


「それは廃嫡されたからですか? 」


 半分は正解だ。

 だが、この世界を隅々まで見てみたいという気持ちもある。せっかく、この世界にやって来たのだからな。


「この世界を隅々まで見てみたいんだ。ずっと王宮にいるのも嫌だしな。まあ、こう思うようになったきっかけは、確かにこの間の廃嫡の件があったからかもしれないが」


「そうだったのですね。ですが、殿下と私の婚約は解消されておりませんし、まるで責任というものから逃げているように感じますよ」


 と、マリー嬢はきついことを言ってくる。

 確かに、トラブルを起こしたから逃げている者と一緒だ。


 いや一緒と言うよりも、俺と言う元王太子は実際にマリー嬢に対して酷い扱いをしてきたわけだし、俺が今どういう存在なのか知らいないマリー嬢からすれば、無責任で最悪な奴にしか見えないだろう。


 とはいえ、この王宮に残って何をすれば良いのであろうか?


「俺がここに残っても、やることはないだろう」


「私と正式に結婚するという、大事なお役目がありますわ」


 そういえば、マリー嬢が先日言っていたスコルランド国王兼ブレンニュ公爵との会談は、どうなったのであろうか。確か、俺とマリー嬢の婚約について口出しをしてきたとか言っていたな。


「結婚の話で思い出したのだが、ブレンニュ公爵との会談はどうなったのだ?」


「案の定、殿下と私の婚約について文句を言ってきましたね。それよりも、殿下もワインを飲まれたらどうですか? 」


 マリー嬢はそう言うと、ボーイを呼びつけてワインを持ってこさせた。

 おいおい。


 こんな危険なブドウの液体なぞ、飲めるものか!


「さあ、殿下も召し上がってください」

「さあさあ」


 と、オレリーも便乗する。

 仕方がないので、ブドウで出来た劇薬を飲む。


「うむ。何というか頭が重くなるな」

 

 まだ酔っているわけではないと思うが、飲んだ瞬間から、頭が重くなる。

 

 ビールと違って、爽快感がない。これでは、頭が痛くなる一方である。完全に酔いが回るころには最悪なことになるぞ。


 マリー嬢やオレリーも、空になったワイングラスに注がれたワインを、また飲み干す。

 

「さあ殿下も、もう1杯どうぞ」


 マリー嬢に促されたボーイが、俺のワイングラスにまたワインを注ぐ。

 

「お、おう」


 2杯目のワインを飲み干す。

 臭いをかぐだけで、頭が痛くなるというに、そんなものを飲んだら終わってしまう。ブラックアウトしてしまう! 


「殿下。ビールは何杯も飲むのに、ワインはダメなんですね? 」


 オレリーが、俺を小馬鹿にする。


「大丈夫ですよ。もし、御自分の部屋に帰れなくなったら、私とオレリーさんとで運んで差し上げます」


 マリー嬢も蠱惑な笑みを浮かべてそう言った。横にいるオレリーも、同じ表情をしている。これは何か拙いな。ヤバい状況だ。


「お、俺は、帰るから、2人は、引き続き、た、楽しんでくれ」


 俺は、そう言って自分の部屋へ向かう。

 しかし、どういうわけか、なかなか前に進まない。歩いているつもりなのに、どういうことなのだろうか?


「殿下。さあ、ゆっくり進みましょう」


 俺は促されるままに、前へと進んだ。

 今度こそ、どうやら前に進めたようである。

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