第8話


 あれから俺は、日中は王宮の図書室で籠って勉強し、夜になると王宮を出て冒険者ギルドでビールを数杯飲みながら即興で考えた芸を披露するという生活を、1週間くらい送った。


 俺の未知数なレベルの芸は、日本では受けるかは判らないが、テレビやゲーム……さらには本も手に入り辛いこの世界では、それなりに受けようであった。


 とはいえ、投げ銭で手に入る額だけでは食ってはいけない。

 知名度こそ少しは上がったのかもしれないが、大道芸で生活するつもりは微塵もないのだ。


 さて、今日もオレリーと一緒に気分よく飲んできた俺は、まだ酔いが醒めてはいないものの、図書室へとやって来た。

 王宮に戻ってきても、特にやることはないので、≪薬師試験テキスト≫を読むくらいしかやることがない。


「殿下……。こんな夜にも、図書室へやって来てお勉強ですか? 」


 声がした。

 女性の声だ。


 振り向くと、何とそこにはマリー・ブルゴヌがいたのである。


「これはこれは。マリー・ブルゴヌ公爵令嬢こそ、どうしてここへ? 」


 ここへやって来たということは、俺の弟と結ばれるルートにでも入ったのであろうか。

 仮にそうなら、彼女もまた薬師試験を受けることになる。


 因みにマリーは、ブルゴヌ公爵領に住まいがあるわけだが、現ブルゴヌ公爵はガリヌンス王国の宰相を務めている関係で、王宮内に仮の住まいがあるわけだ。


 何でも、父である宰相を補佐しているらしい。


 という設定だった。


 ついでにステータス確認をしてみるか……


―――――――

マリー・ブルゴヌ 年齢18 女

職業 宰相の補佐

レベル1

HP50

攻撃力6(+0)

防御力6(+2)

魔力50(+0)


特記事項 ギヨーム・ボルボンの婚約者


―――――――


 なるほど。

 何というか、魔力が高いな。


「私は、本を返しにやって来ただけです」


 と、マリー嬢が言う。


「夜まで本を読んでいたのか? 」


「ええ。父の仕事を補佐しているもので、その勉強しているのです。ですが殿下こそ、日中はずっとこの図書室でお勉強なさっているとか? 」


「もはや王太子ではないわけだ。だから、暇になったわけだし、こうして図書室に籠っているんだよ」


 今の話を聞く限りだと、弟と結ばれるルートには、まだ入っていないようだな。

 もし弟と結ばれるルートに入っていれば、薬師試験の勉強をしているはずだからだ。


 既にわかりきっていたことだが、俺が図書室で勉強していることは既に周知の事実なのだろう。まあ、わざわざ隠すつもりはない。


 因みにゲームでは、失脚前の俺こと王太子は連日連夜、大小さまざまなパーティーに参加しているという設定だった。

 それに午前中は、王太子に必要な教養を学ぶため、家庭教師による授業があったはずだ。

 

 だから失脚したことで、そのような時間が一切なくなって暇になったのは事実である。

 

「確かに、あの日の一件以降、殿下は王宮内でお見掛けすることがなくなりましたね」


 嫌みにも聞こえるが、放っておこう。


「マリー嬢は、相変わらず忙しいスケジュールのようだな」


 と、言った俺はふと思う。

 この俺と言う人物は王太子だった時に、マリー嬢にひどい仕打ちをしてきたのだ。何を気軽に話しているのであろうか……。

 早いところ、謝罪しておかないと。


 声が出かけたところで、マリー嬢が口を開く。


「最近は、父の関係でほぼ毎日、昼食会や夕食会に出席していますね。ですので、時間を作って勉強しているわけです」


「なるほど。マリー嬢は将来有望だな。まあ、頑張ってくれ。それと、今まで申し訳なかった。気持ち悪い正義感を剥き出しにして、キミには様々な仕打ちをした」


「殿下……。今の殿下にとっては、結果的に良かった部分もあるのかもしれません。しかし殿下は王太子という地位を剥奪され、そして他の貴族たちから侮蔑の目で見られているような状況です。ですので過去のことについては、もう殿下を恨むこともありません。それに……」


 この俺が、ざまぁな展開になっているから、もはや恨むつもりは無いということであろうか?

 まあ、1人の人間として当然の感情だろうな。

 

「そうか……。では失礼するよ」


 言葉が思い浮かばなかったため、俺は一礼してそう言うと、図書室の中へと入っていった。


 俺はロウソクの充分ではない明かりを頼りに、医学本が置かれている本棚まで進む。日本では普通に電気を付ければ良いのだ。それに比べると、やはりこの世界は不便である。

 

 不便と言えば、真っ先に思い付くのがトイレだ。

 非文明的なトイレに用を足すというのは、とてもじゃないが耐えられない。



「殿下……。医学の勉強を為さっていたのですか? 」


 不意にマリー嬢の声がする。

 気づけば、また俺の後ろに立っていた。


「まだ居たのか? 」


「いえ、殿下が何を勉強しているのか、少し気になっただけです。てっきり殿下のことですから……戦史とか魔法とか、そういうのを調べていらっしゃるのだと思いました」


「なるほど……。まあ、これからはあまり政治には関わることも無いと思うからな。だから医学を学んでみようと思ったんだ。マリー嬢こそ、今日はどういう本を読んでいたのだ? 」


 父の仕事を補佐する上で、本を借りていたというが、それはそれで気になる。ガリヌンス王国の政治方針についてが、案外こういうところから判ったりするからだ。


「スコルランド王国の歴史について記された本です」


 スコルランド王国か……。

 確かゲームでも、地図が登場したシーンで彼の国の名前が出てきた。ガリヌンス王国の北に位置する島国であり、この国もまた大国の1つであると数えられている。特出した情報としては、海軍戦力がとてつもなく、≪新大陸≫に植民地を建設しているとか。

 

 もう、どこの国がモデルかは察してくれと言われているようなものだ。

 国名はストレートではないが、ほぼ皮肉のような気がする。


 それにしても、スコルランドの歴史か……。仮にモデルとなった国どおりなら、島の南北で大きな問題があるはずだ。

 もちろん時代にもよるが。


「スコルランド王国と外交交渉でもするのか? 」


「スコルランド王国自体との交渉ではないのですが、父があくまでもブルゴヌ公爵という立場で、ブレンニュ公爵と近々お会いすることになっておりまして……」


「ブレンニュ公爵? 」


「ええ。ブレンニュ公爵家は、即ちスコルランド王国の王家でもあります。ブレンニュ公爵としてはガリヌンスの国王に忠誠を誓うという立場ですけど、スコルランド王国の国王としてはガリヌンスの国王とは独立しているという、複雑な関係ですね」


 まるで、どこかで聞いたことのある話だ。

 ここは勘で、話を合わせるとしよう。


「また厄介な家と会談するようだな? 」


「はい……。せっかく殿下とお話しできた機会でもありますし、あえて申し上げておきます。父は殿下と私の婚約を、破棄するつもりは無いのです。スコルランド国王兼ブレンニュ公爵は、そのことでお話したいということで、会談を申し入れてきたのです」

 

 これはまた、面倒な話になってきたな。

 政治的な意味はともかくとして、俺とマリー嬢の婚約関係が維持されるとなると、俺にはしがらみが残ったままになる。


 このままだと、この国を離れにくくなるわけだ。


 そもそも、何故ブルゴヌ公爵家が俺とマリー嬢の婚約関係を維持したいのかも気になるところだが……。


「話の流れ的には、スコルランド国王としては俺とマリー嬢の婚約を解消したいわけだな? 」


 スコルランド国王としては、ブルゴヌ公爵家と王家であるボルボン家が、結びつくことを警戒しているのだろう。仮に俺とマリー嬢が結婚すれば、現宰相を輩出しているブルゴヌ公爵家が、姻戚関係を利用してさらに発言力を有しかねない。


 それを避けたいわけだ。


 とはいえ、俺は既に王太子ではないので、仮に結婚してもブルゴヌ公爵家の発言力上昇も、極めて限定的な気がするが。


「はい。仰るとおりです」


「やはりな……。さて、もう今日は遅いし休むとしよう。俺もこの本を少し読んだら、部屋に戻るつもりだ」


 俺はそう言って、話を切り上げると、マリー嬢は一礼して図書室を後にしたのであった。


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