第20話 この世で一番の味方

…そうか、ようやくわかった

『分かったなら、早く【私】に体をよこせ…!!』

―私は…




私は、私だ…お前にはやらん。

その上で、私はヤツにも殺されないし、殺しもしない。

私が誰か忘れたか?

私は【傲慢】だ…私に不可能なことなんてない。

生き残ってみせよう。その上で、ヤツも殺さない。

正気に戻してみせるさ。


だから、さっさと…動け!!


そう強く念じた瞬間、体の自由が戻る。


ここから回避するのは流石に間に合いそうにない。であれば…

ヤツの拳が届く直前に、【不壊刀】を取り出し、刀の腹で拳を受け止める。

それと同時に右足の踵で足元の石を蹴り、左足にぶつける。

すると、「痛み」があった。


…なるほど、確かに【傲慢】が発動していないらしい。

発動していれば、「私の攻撃で私がダメージを受けることはないはず」なのだから。

【嫉妬】と【傲慢】…あいつの言葉を借りるなら【大罪系】のスキル持ち同士が戦う場合は【大罪系】が発動しないというのは本当のことだったようだ。

つまり、「私が出ていればナイトとルークを死なせることはなかった」というのは本当のことらしい。

というか、そういうことはスキルを見た時に教えろよ…まぁ、今考えても仕方ない。

ひとまず目の前のコイツを倒すとしよう。とはいえ、殺しては元も子もないんでな。

取り敢えず攻撃は受け流しつつ…

「ビショップ!!」

「あら、ミナ様。意識がお戻りに?」

「ああ…それより、私がこいつを制圧したら速攻でこいつに回復魔法をかけろ」

「よろしいので?」

「腕を飛ばしたのは私だからな。暴走して腕を飛ばした詫びだ」

「ふむ、わかりました」

よし、これで回復は大丈夫。

あとは、こいつをどうにかして戦闘不能にすればいい。

ポーンに手伝ってもらいたいところだが、あいつが戦うと【嫉妬】が発動しかねん。

となると…

「ビショップ」

「今度はどうされました?」

「たびたび悪いな。私に【STR強化】と【AGL強化】を頼む」

「わかりました…はいっ、完了です!」

「助かる!」

…よし、さっきまでより大分楽になったな。

これなら拳を跳ね返すくらいのSTRはありそうだ。


そう考えつつ、拳を押し戻す。

直後に上がったAGLで拳の下から抜け出し、跳躍。

そのままヤツの残った方の腕も切り落とそうとする。

…が、一刀両断という訳にはいかないようだ。

さきほど一撃で行けたのは【暴走状態】だったからだろうか?


「ぐぅううう…貴様ァ!!」


…というか、あいつなんか知らんが前回の冷静さがどこかに消えてないか…?

たしか、ナイトたちとの戦いの途中でおかしくなったような…

もしかして、こいつも暴走しているのだろうか?

あるいは【嫉妬】を発動している間のデメリットか?

それに、【あいつ】も妙に大人しい。

さっきは【暴走状態】だったからあいつが表に出てこれたとか、そういう感じか?

…不確定要素が多すぎる。

「止める」とは言ったが、一体どうすれば…?

仮に【暴走状態】なのだとしたら、腕を切り落としたくらいじゃ止まらない気もする。

さて、どうするか…


そう悩んでいると、ヤツがいきなり叫び出した。


「グアアアアアッ!!!」


なんだ!?


咄嗟に警戒態勢を取る。

しかし、それ以上は何もしてこないらしい。


「………すまない、迷惑をかけたな」


正気に戻ったのか…?であれば。


「ビショップ。回復してやれ」

「わかりました」


「…む?これは…回復か?すまない。それと、この2体は返しておこう」


ヤツがそういうと、ヤツの影からナイトとルークが現れる。


「ミナ様、ご無事でしたか!」

「ナイト!?ルーク!?一体…」

「…どうやら私たちは、彼に助けられたようなのです。」

「何…?」


「すまない。【暴走状態】に入った時、一瞬意識が戻ったので急いでそこの2体を回収したのだ」


なるほど、そういうことだったのか。

ひとまず謝罪と感謝を込めて頭を下げておく。


「いや、辞めてくれ。一応どうにかなればと思ってやったことではあるが、結果としては貴様…いや、ミナ殿も【暴走】しだして困っていたところ、そちらが一足先に戻ったようだったのでな。あとは【暴走】が弱まるのを待っていた…という訳だ」


…なるほど、時間経過で治るタイプだったのか。


「…という訳で話を…と行きたいが、流石にこの状態では厳しいのでな。今日は一度帰り、明日もう一度来るとしよう」


そういい、姿が消えた。

それを見送ると同時に、私も倒れる。…流石に疲れたな…


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


気付くと、白い空間に居た。

夢、か…?いや、もしやあの「神の間」か…?


『違う』


…この声は。


『さっきぶりだな、「私」。ここは「私」の心の中だ』


やはりか。今更何をしに来た?

もうわかっているだろうが、体なら渡さないぞ?

というか、心の中?どういうことだ。


『…お前はさっき意識を失った。だからこうして接触できたんだ…と、そこは重要ではない。聞きたいことがあるんだ』


…?一体なんだ?


『あの時、何故【私】に体を渡さなかった?』


だから再三言っているだろう?私は私だ。お前には渡さん。


『そうじゃない。あの時、「私」の心は確実に折れていたはずだ。何故戻ることができた?』


ああ、そのことか。あくまで予想に過ぎないぞ?

…あの時お前は、「死にたくない」と言った。

だが、お前はあくまで「スキル」だ。その中身が喋れようが、所詮はスキル。

つまり「命」はない。であれば「恐怖」や「生への渇望」なんて、あるわけがない。

だというのに、何故そう言った感情があるのか?

お前を手に入れた時のこと、よくよく思い出したんだよ。

そう。「死にたくないから誰より強くなってやる」って、そう願ったんだ。

…あくまでこれは私の予想だが、お前は私の強い感情に惹かれて発現した。

お前は確かにスキルだ。しかし、感情を持っている。

それどころか【傲慢】という、まさしく感情そのものを表すようなスキルだ。

しかし、お前はまだ発現して1年…生まれたばかり。

であれば、ひな鳥の刷り込みよろしく「私のその時の感情がお前にとっての親」に近しいものであったとしてもおかしくはない。

言い換えれば「存在価値」「生きる理由」といったところか?

それどころか、下手をすればそれしか持っていない可能性もあるんじゃないか?

だからこそ、【暴走状態】で死にかけている私の体を奪い、自分が外に出ようとした。

「死にたくない」という思いを満たせるから。しかし、ここで一つひっかかるんだよ。

お前はさっき、「【私】に渡した」といったな?だがその割に、体は動いていなかった。

本当に「体の権限を完全に渡した」のであれば、勝手に動かして戦えるはずだ。

しかし、なぜか動いていなかった。最初は私を殺そうとしているのかと思ったよ。

もしくは私があがいているのを見て楽しんでいるのか、と。

だが、そうじゃなかった。お前も「死にたくない」と考えていた。

つまり、本当に動かせるならとっくに動いているはずだ。

だというのに動いていなかったのは、「お前は本当は体の支配権なんて持っていなかったから」だろう?

更に言えば、恐らく体の支配権なんてどうでもよかったんだろうな。

それでも、そういうしかなかったんだ。

なんせ、【傲慢(お前)】の【暴走状態】を解除するためには、「私の強い感情」が必要だった…より正確に言えば、「強い【傲慢】な感情、あるいは思考」が。

だからこそ、私の感情を揺さぶり、解除しようとした。

しかし、お前は生まれたばかり…言葉がド下手くそだ。

そのせいで私を説得できなかったお前は説得を諦め、自分が表に出ようとした。

…つまり、大雑把に言えばお前は私の味方だった。

それも、この世界に来てほんの少ししか経っていなかったころから、ずっと。

よく考えれば、本当にお前が敵ならこれまで抵抗するなりなんなり出来たはず。

だというのにそれをしなかったということはまぁ…そういうことなんだろうと思った。

とはいえ、それはそれとして私は私。お前に渡すわけにはいかん。

というか、お前じゃまともに体を動かせるかすら怪しい所だしな。

…と、そんなところだ。わかったか?あと、出来れば合っているどうかも頼む。


『…理解した。それと、間違っている。「大雑把に言えば味方」じゃない。【私】は「私」だ。いうなれば、この世で一番の味方だ』


…おお、そうか。


『なんだ?不満か?』


…いや、ありがとうな。つか、もうちょい言葉学ぼうな?

私が言えたことではないが、大分口調がな…

それと、さっきの舌戦と比べて急に語彙力下がってないか…?


『仕方ないだろう。基本的にはマイナス方面の感情なんだ。そういうのは得意でもこういうのは…苦手なんだ。それに、【私】の口調は「私」を真似たせいでこうなっている。つまり大きなお世話だ。…でもまぁ、頑張ってみるさ。…ん?そろそろ、目が覚めそうだな』


…そうか。


『…いつも、見てる。寝れば話せるはずだから…いつでも話しに来て』


…っ…ああ。


『じゃあ、ね』


じゃあな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る