第19話 「私」と【私】

―気づいた時には、ゴブリンキングの腕が宙を舞っていた。


そうして、ハッと気づいた。

私は今、ヤツの背中側に居るようだ。

今の速度は一体…?

いやそれより、ヤツはどうなった!?


「グゥッ!?一体、何が起きた…!?何故私の腕がッ」


まだ、慌てている声が聞こえる。

何が起きたかわからないが、今のうちに畳みかけ…

そうして、再び気づく。


」ということに。


ヤツの腕を切り飛ばした状態のまま、体が止まっている。

一体何が起きて…

ひとまず皆に下がるように伝え…られない!?

【念話】が繋がらない…それに体も自由に動かない…

となると、どうにか逃げてくれることを祈るしか…クソ…


『それにしても、ポーンは何故あの時「私」の決断を止めてくれなかったんだ?』

…!?今のは…「?」


何かがおかしい…『そう、おかしい。「私」を止めてくれなかったなんて…』

いや、違う。そうじゃない!!


『今だって、「私」が一人でここにいるのに、参戦しようともしないじゃないか』

それは、私が命令を出していないからで…


『あいつ、本当は味方なんてどうでもいいんじゃないか?』

いや、そんな訳ない…!


『「私」に一番信頼されている配下だから、最強の配下だから、その座を奪われかねないナイトが邪魔だったんじゃないか?』

そんな、訳…!


『というかそもそも、「私」だってルークとナイトにわざわざやらせたじゃないか。それも「」という理由で。やっぱり配下なんてどうでもよかったんだな』

ちがう…!!


『ナイトに同情している振りをして、結局は「私」の顔を汚されたから怒っているんじゃないか?だって「私」は【傲慢】なんだ。心の奥底じゃ配下なんて信頼してなかった』

ちがうって…!!


『仮にそうじゃないとしても、「私」が怒った理由は「ナイトが殺されたから」だった』

そう、だから配下を信頼していないなんて訳じゃなくて…


『つまり、「ルークが殺された」のはどうだっていいんだ』

なんだ、なんなんだこれは…やめろ!!


『そうだ。後ろに「私」の顔を汚した鬼がいる。殺さなきゃ』

違う、そうじゃ…!!


ナニかが手を伸ばす。

『こっちにこい』と。

ナニかがささやく。

『お前は誰も信じてなどいない』と。

抵抗しようとする度、ナニかが近づいてくる。

ナニかがその触手を伸ばし、私を絡め取ろうとする。


私は、ナイトが殺されて悲しくて

『じゃあ、なんで助けに行かなかった?』


それは、ヤツの攻撃が激しくて…!!

『「私」なら横から攻撃を加えて腕一本切り飛ばすくらいできたはずだろう?』


やめろ、お前は私じゃない。お前は一体誰だ!!

『【私】は「私」さ。だからこそ今、「私」が体を動かせずいるんじゃないか。というかそもそも「私」が、【私】に渡したんだろう?』


何を言っているんだ…!!

『ずっと「」戦っていた癖に、「」じゃないか』


…は…?

『だから、負けただろう?「」』


…何を、言って…?

『まだ、分からないのか?【私】は【「傲慢」】だよ』


…そうか、【傲慢】のデメリットは、「」も発動するのか。

『そうさ。つまり、「私」がどれだけ頑張ろうと、奴らが負ければその時点で終わりなんだ』


…しかし、

『というかそもそも、「私」だって言っていたじゃないか。「私が最も信頼する配下はポーンだ」と』


…そうだ

『しかし、他の配下に一度たりともそんなことは言っていない。つまり、「私」は「」んだよ』


…そんな、ことは…

『それに、忘れたならもう一度言ってやろう。「私」は【傲慢】だ。つまり、自分さえよければそれでいいんだよ。要は、んだよ』


だが、私は…

『そう。しかし実際は怒っている。だからさっきも言ったろう?「「」んだ、と』


…しかし、

『つまり、奴ら…ルークとナイトは「私」の足手まといでしかない』


…そんな、ことは…

『確かに魔法は使えるかもしれない。「私」より防御方面には優れているかもしれない。だが、それがなんだ?』



…いいことじゃないか

『そう。「いいこと」なんだよ。つまりその程度だ。決して「」わけじゃない』


『もう一度いってやろう。「」』


『「私」は、その足手まといのためにわざわざ弔い合戦をしてやっているわけじゃない。ただ、「私」の顔を汚した奴らの後始末をしているだけだ』


『しかし、「私」がそこまで嫌がるのであれば、そうだな。戦うのは辞めてやってもいい』


…え?

「【私】としても、「私」がそこまで嫌がることをするのはさすがに忍びないからなぁ」


…じゃあ、

「ところで、本当にいいのか?」


…?

「ああ、視界が向いていないか。ほら」


視界が後ろを捉える。

すると、「こちらに向かっているゴブリンキング」の姿がはっきりと見える。

どうやら、腕を切られたことで大分怒り心頭なようだ。

早く、倒さないと…っ…動かない…?どうして…


『だって、「」んだろう?』


…何を言って…?

『さっき「私」が言っていたじゃないか。【私】がヤツを殺そうと言ったとき、「」って。つまり殺したくないんだろう?』


いや、そうじゃ、

『それともなんだ?「敵を倒すこと」より「自分の意志が間違って伝わっていること」の方が重要だって言いたいのか?そんなわけないよなぁ?だって、配下に信頼を寄せているんだろう?そんな「私」が「かたき討ち」より「自分の意志」を優先させるわけないよなぁ?だとしたら、「」ということ、だよな?』


『まぁでも、元は人間だしな、間違えることもあるんだろう。別にいいぞ?あいつを倒しても。とはいえ、今の「私」にヤツが倒せるとは思えないけどな』


…どういうことだ?

『だってそうだろう?【傲慢】ってのは、つまり「自分の意思に他者の意志の介在を許さない」ということ。いうなれば「自分が絶対的に正しい」ということだ』


『だというのに「私」はどうだ?さっきから私の言葉で揺れてばかりじゃないか。そんなヤツが【傲慢【私】】を上手く扱えるとは思えない。というか、「」ことを貫き通すなら、確実に勝てるように「私」が出るべきだった』


…どういうことだ?

『なんだ、気付いていなかったのか?「私」やヤツが持つ【嫉妬】や【傲慢】…つまり【大罪系】スキルは、【大罪系】所有者同士が戦っている場合においては「」んだよ』


…え?だが、前回の時は…

「あれは、純粋にあいつが戦闘慣れしていなくて弱すぎたというだけさ。そもそも【傲慢【私】】が本当に発動していれば、AGLも2倍なんだからあんな遅い金剛槌なんかに当たるわけないだろ?」


言われてみれば、納得だ。

あの時はいつもの癖で「金剛槌を受け止められたのは【傲慢】のお陰」だと思っていたが、本当に発動していればあんな攻撃簡単に躱せていたはず。

というかそもそも、ヤツは前回【嫉妬】を使っていなかった。なのに今回は使った。

それはなぜか?「使」のではなく、「使」のだとしたら。


…じゃあ、今回も?

『そうさ。「私」が戦っていればヤツは【嫉妬】を発動できなかった。つまり一切の被害なく普通に勝てていたのさ。…それで?どうする?ヤツはもうすぐそこまで来ているぞ?』


…ぁ、えっと、それは…

『んー?どうした?ほら、「死にたくない」んだろ?倒せばいいじゃないか。まぁ、今の「私」なんかに【傲慢【私】】が使いこなせるとは思えないが』


…どうすればいい?

いや、そうだ。「死なない」ためには倒せばいい。

しかし、本当にそれが可能なのか?

今の私にそんなことが…?


『どうしてもっていうなら【私】が代わりにやってもいいんだぞ?』


…え?

『だって、ほら。「私」はできないんだろ?なら【私】がやるしかないじゃないか。そうしなければ死んでしまうしな』


…お前も、死にたくはないのか?

『そりゃまぁ、死にたくはないさ。当たり前だろ?』


…ああ、そうか。

『ようやくわかったか?なら早く【私】に―』


私は――――



次の瞬間、ヤツの拳が降り注いだ。

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