第32モフリ 昼の面影、目に映るはオレンジ玉と尻尾

 あれから目的もなくただ歩いているが、不思議と疲れというものを感じない。とはいえ、退屈からくる精神的疲労とも言えようか、何か心機一転出来るようなことでもないものだろうか。


「……退屈だ。……退屈すぎて何だか罪悪感さえ湧いてくる」


 本来であれば学校に行き、勉学に励んだり何だりと色々としなきゃいけない。他の皆んなが半ば嫌々やっている事だって自分だけしなくていいとも言えるこの状況に甘んじているが、叱咤し間違っているという自分も居る。


(本当にこのまま、これで良いのだろうか? 他の皆は……ああいや、これで良いんだ。理由は良くわからないがコレでいい。コレで良いんだ)


「しかしだからといって、お手伝いとか率先してすべきかどうかで考えたら……それは違うというよりかは無理だよな」


「だってここ、単に誰かの家ってわけじゃない、給仕らしき人もいるお屋敷なわけだからな。……でもなぁ」


 何はどうであれ、ただ何もしないというのも勝手とは言え、申し訳ない。しかし、実際に家事の手伝いみたいなことも出来ないのであれば、この様に考える事自体がただの言い訳であり自己満足でしか無い。


 まるで"自分ってなんて健気なの"みたいな感じがして気持ちが悪くなってきた。実際に行動しなくては無意味だ。


「それに何というかさっきから心が休まらない。何だかムズムズする……? 何て言い表せば良いのか」


 何故か先程のとは別で気持ちや感覚がムズ痒くてたまらない。何々だろうか、この気持ちは?

 コレが恋? ……などという下らない冗談も言いたくなるほどだ。


「どうにもこうにもって感じだなぁ。まるで終わりのない世界に居るっていうか、具体的な目的地がないような……永遠に同じ廊下を歩いているような……そんな心境というべきか?」


 後少しで答えに到達しそうな所でそれまでの過程がリセットされる。そんな気分だ。


「まぁいいか。この廊下を歩きすぎて頭がゲシュタルト崩壊みたいにおかしくなっただけかもしれないし」


 とりあえず、ここではない別の場所に行って頭を切り替えよう。そう思うのだった。


 ◆


「して、何の用じゃ? 御饌津みけつよ」


 御饌津みけつに呼び出された狐朱こあけは少し不機嫌そうだ。

 どんな話題で呼び出されたのか……おおよそ見当がついているのだから。


「何もそないな顔せんでもええでっしゃろうに。ただウチはあんたはんを心配しとるんとよ? これでも」


「……ものは言いようじゃな」


 どう言おうが顔色一つ取り繕う気のない彼女に御饌津みけつは少し呆れる。


「まぁなんでもええけど。……それにしても、もう少しあの子に手心加えてあげてもええんやない?」


「何のことじゃ?」


 彼女はしらばっくれて鷹揚な態度を取るが目は少し泳ぐ。 

 それに御饌津みけつは構わず続ける。


「あれじゃただの案山子かかしと変わらんよ? それともそういうのが趣味になりはったん?」


「……」


 御饌津みけつの皮肉を受けた彼女は最早敵意まで剥き出しと言わんばかりに顔を歪めてしまう。


「あらら、すんごい形相やねぇ。そういう理由わけやないんやったらさっさと術でも解いて素直に全て話したらよろしいやろうに」


「……できぬ」


「ほぉ。随分と弱気になられたもんやなぁ。千年と少しの時でそんなに変わるもんなんかのぉ」


 御饌津みけつの煽りは止まることを知らず続いていく。どうであれ、それを不快に思わないわけもなく。彼女の堪忍袋の尾がそろそろ切れそうでもあった。


「……もういいじゃろ。これ以外の話が無いなら妾はここを去る」


 そう言うと彼女は立ち上がり部屋から出ようとするも、部屋を出るその直前に御饌津みけつは呼び止める。


「それでどうしはるん? もしかして最早ただの木偶でく同然のあの者に甘えに行くんか? ええもん手に入りましたなぁ」


「……」


 彼女はどうと言うこともなく、ただ無言のままその場を後にした。


「……はぁ。ほんに頑固やな。何にせよこれじゃ埒が明きまへん。他のもんに頼みまひょか」


 ◆


 あれからしばらく廊下を歩いていると、何やら物音が聞こえてきた。それは何かがぶつかり合う音。しかも不規則に鳴って音自体は軽い。そしてとても聞き覚えのある音だった。


「聞き覚えがある音だ。もしかしたら……とにかく行って確認してみよう」


 聞き覚えのある奇怪な音。その正体を掴もうと俺は音のする方向へと進んでいった。するとそこに居たのは……。


「とりゃ!」


「ッ!!」


 音がする方へ行くと、そこに居たのは翠蓮すいれん喜久彌きくやであり、二人は卓球をしていた。どうやら音の正体はピンポン玉の音だったようだ。


「卓球? ここ卓球台なんて物もあるんだ。なんか温泉旅館みたいだけど……俗物的だな」


 今更だが、ここは狐の神様が住まう世界だ。そこに人間が作った娯楽があるというのはどうにも言えない気持ちになる。

 確かに今までも何度か似た経験はしているが、やはり異様なものは異様。慣れることはないのだろう。

 すると、俺の声が聞こえていたのか翠蓮すいれんが俺の方を見て話しかける。


「おや、青年じゃないか。何とも言い難い虚な顔。何かあったのかい?」


「あぁ時哉ときやくん。元気してる?」


 先程朝食の席であったばかりだというのに妙に顔色を伺う二人に俺は違和感を覚えつつも、別に大して気にする事ではない。

 何故なら、確かにそんな顔でもしてそうな自分を容易に想像できたからだ。


「いや別に何もないですよ。それよりも卓球かぁ……」


 何だか二人が卓球をしている姿を見て俺もしたくなってしまった。卓球なんて学校の体育の授業でも久しくやってない。それに俺でもギリギリできるスポーツだ。久しぶりにやってみたいと思うのはさほど不思議なことではないだろう。


「あぁ別に私は構わないよ。喜久彌きくやもそうだろう?」


 俺が物欲しそうな顔でもしていたのか、何かを察した彼女たちは話を進める。


「まぁそりゃあね。でも手加減はしないよぉ?」


「え? あ! そんな顔してましたか? ……でもまぁ、いいか。よろしくお願いします!」


 俺は意気揚々と卓球のパドルを握りしめて構える。あの孤島での惨劇。その無念をここで晴らしてみせると言わんばかりに俺のやる気は満ち満ちていく。


(輝けッ! 俺の黄金の一球ぅぅうう!!)


 ◆


 結果。俺はまたしてもコテンパンにされた。

 何故か? それは俺の常識を超える戦いだったからだ……。


「な、なんて卑怯な手を……」


「卑怯? そんなことはないさ」


 喜久彌きくやは心外だと言う。

 だが人に身である俺にはどう考えたってそうは思えなかった。


「いやいや、そんなことあるでしょッ!! 妖術なのか技術なのか知らないけど、急に球があらぬ方向へと飛んで行ったり! 消える魔球みたいに瞬間移動したりと! 色々とめちゃくちゃですよ!!」


 そう、この戦いにおいて終始彼女らは妖術を駆使して俺をコテンパンにしたのだ。

 ……彼女達に"大人気ない"という言葉は脳内辞書に存在しないのだろうか? そう思えてしまうほどに、この戦いは悲惨なものだった。


「それは……妖術を使わない方が悪い」


「どういう理屈?! えっ俺じゃ、無理ってことじゃないですか!?」


「そんなことは……まぁなんでもいいか。まぁでも二度も負かされて悔しいって言うなら……。特別に慰めてあげてもいいんだよ? ボクは」


「はいはい、そこまでだよ喜久彌きくや。まっそういう訳だから対等に渡り合いたければ頑張れいいんじゃないかな? 無駄だろうけどね」


 止めに入ったかのように見せかけただけの翠蓮すいれんは二人揃って俺を煽る。神使の世界じゃこれが常識でルールなのかとさえ思えたが……だとしても手心というものをくれてもいいじゃないか……。


「なんて無茶振りな……。とりあえずはお暇させていただきます。ありがとうございました」


 このままでは無様を晒し続けるだけ。そのようなことは許されないと言うよりかは認めたくない。どうにかしてこの不条理をぶち壊してやりたいと思った俺は一縷の望みを欠けて作戦を練ってみよう思う。

 そして俺はその場を一先ず去ったのだが……何やらハッキリとは聞こえなかったが彼女たちの話し声が聞こえた。一体何を話しているのだろうか。よくは聞こえなかった。


「あらあら拗ねちゃったかな? ……で、いいのかい?」


「いいも何もないさ。今の青年には意味はないだろうし……ね」


 ◆


 俺は顎に手を当てながら頭の中で作戦を練る。その間、廊下を歩き続けていたのでさながら二宮金次郎のようでもあるかもしれない。まぁ重い荷物や本などは持ってはいないのだが……。


「消える卓球玉……しかも相手の意のままに……」


 無理。その二文字しか頭に浮かぶのだった。


「しかし悔しい。別にそこまで卓球が上手いわけじゃないが……何としても攻略したい! だがどうすれば……」


 どうにかして見返してやりたいと思い悩むもあまりいい考えが浮かばなかった。


「ん? あれは……」


 ふと、下に向けていた目線を上へ向けるとそこには見覚えのある人物が中庭を眺めていた。


御饌津みけつさんだよな? ……中庭を眺めるのが趣味なのかな? 何と雅なことで」


 もし今の独り言が本人に聞かれていれば不快な気持ちにさせてしまったであろう言葉を俺は無遠慮にも呟いてしまった。決して悪意があったわけではないのだが、表現の仕方と言うべきか、それを誤ってしまった事を言ってから気付く。

 だが幸運にも本人には聞かれていなかったようだ。その証拠に彼女の独り言が聞こえてくる。


「……満を持して時は廻り転じる……愛しきものが待つ地へ赴け……ねぇ」


 そう言い切ってやっと、俺の存在に気づいたようで話しかけてきた。


「おや、時哉ときやはんじゃありまへんか。こないなとこまで……あぁ無意識ってところでっしゃろうか。まぁええどす。もしかして先程の独り言聞こえてはりました?」


「えっ? あぁはい。あんまり良くは聞こえませんでしたが……すみません。盗み聞きしちゃったみたいで」


「別に構いまへん。……実は先程の言葉。『満を持して時は廻り転じる。愛しきものが待つ地へ赴け』ってゆうんはとある詩の一節やって、それを当時は意味のわからない言葉で置き換えた人物が居りはったんのを丁度思い出してただけどす。まぁ意味がわかった今でも意味がわかりまへんが」


「へぇ……そうなんですか。どんな言葉に置き換えたんですかその人は」


「……それが思い出せへんくてねぇ。一体何だったか……思い出してみようかと口ずさんだ所にあんたはんが現れたってわけどす」


「やっぱりお邪魔でしたか?」


 俺がそう言うと、意外にも彼女はそうでもないと言う。


「いいえ。ある意味丁度良いかもしれまへんな」


「え? どういう意味です?」


「これを伝えれたという意味では」


「……ん?」


 何か含みのある言い方だが、何を意図しているのかは当然俺には分からない。

 そんな俺に答えを授ける事もなく彼女は続けた。


「ま、おいおい分かりますよて。それじゃ、ウチはこれにてお暇させてもらいます」


「あぁはい。あっいえ、すみませんでした」


「お気になさらず。そいじゃまた」


 そう言い残すと彼女はこの場を後にした。

 俺は先程の言葉の真意を読み取りたい所だったが、丁度夜が更けてきた所だ。そろそろ夜食の時も近いだろう。元いた場所に戻るべきだと判断する。


「そろそろ戻らないと迷子にでも成りそうだ。……結局、何だったんだろうなこの時間は」


 無意味と言い捨てられるこの時間だったが、しかしそう言ってしまってはもう少しで解けそうなパズルを前に背中を向けるというむず痒い行いの様でもあった。


 パズルを解く過程を無駄などと誰が言おうか。それは大事な過程であるに違いないのだから。


 だが、誰かがそれを徒労であり何にもなれぬ無駄な行いと囁いてくるようにも感じた。


 まるで頭の中に天使と悪魔がいる様だ。

 さて、どちらが俺の味方なのだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【けもみみランドフル回転!】どうやら俺はお狐様に魅入られてしまったようだ。 覚醒冷やしトマト @TomatoMan_TheCool

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ