第28モフリ 若気の尻尾の至りは無分別☆
(ん、んん……)
(なんだろうか、長い夢でも見ていたかのような気分だ)
覚醒したばかりか、俺の意識は未だはっきりとしていなかった。起きたてで霞むまぶたをパチクリと開閉し、目を凝らして辺りを見ようとするも――。
(んん……ここはどこなんだろうか? 何も見えない)
そこは暗闇に包まれていた。ただ単純に暗い場所にでも居るのかと思ったが、徐々に意識が鮮明になっていくうちに頭に何かを被せられているということに気づく。
それだけではない、恐らく建物の柱に腕を回す形で手首を縛られ、口には何か布のようなもので大声を出させないように塞がれていた。ジタバタと足掻いたがガッチリと縛られていたためにほどけることはなかった。
(ていうかなんだか体がチクチクするッ! 頭のこれ……肌の感触的に麻布か?)
何故こんな事になっているのか? と、そう思い――考えこもうとした時、突然あの姉妹の姿が脳内によぎった。
(……確か、最後に見たのはあの双子の姉妹だったよな? ……もしかして彼女たちに何かされたのか?)
そう思考をめぐらしていると、声が聞こえてきた。離れた場所で会話しているためか、かすかに聞こえる程度であった。
具体的な距離というものは分からないが、一枚の壁を通したような声の曇り具合であった。俺はそれに聞き耳を立てることにした。
「姉様、ここからどうするおつもりですか? 言われたとおりにしましたけど」
「どうも何も決まってるでしょ! 怪しい奴を、しかも神域に忍び込んだ野ネズミを捕獲したことを
姉様と呼ばれる見習い神使の狐娘は声色からわかるほど興奮して息巻いているようだった。自分のしている行いが完全に正しいと信じ切っているのがよく分かった。俺は彼女の発言で、眠る前の彼女が俺に言ってきた言葉の数々を思い出す。
(あぁ、確かにそんなこと言ってたな。……だがもしこのまま彼女たちが
自分で言うのはなんだが、俺は残念ながら彼女たちの思うような悪い人物ではない。それだけはハッキリと言える。
だがあの様子ではとても信じてはもらえないだろう。それに俺としてはこのまま待っているだけでいつか誰かが助けに来てくれるだろうし、何も問題はない。居心地の悪さだけを除いてはだが――。
だが……まぁ、あまり事を大事にするというのも
(
「もがっ! も、もぐフッ!!」
俺は大声を出した。これは近くにいる人間でない限り気付けないほどの音だったろう。しかし、彼女たちに自分が抜け出そうと暴れているという事を知らせるには十分だった。俺の出した声に気づいた彼女たちは―。
「あの野ネズミが目を覚ましたようね。
「はい。姉様」
そう言い残して姉の方はどこかへと駆け足で向かっていく足音を俺は聞いた。すると、妹の方……「
だがその光は金雲の空による陽光のような光ではなく。月夜の光ように感じた。……思えばなんだか少し肌寒いような気さえする。ここには昼夜の概念とも言うべきかそういった時間の流れがあるようだ。もしかするとただの再現かもしれないが――。
「全く姉様はいつも勝手です。双子だというのに……。私が妹とされているからって便利な道具や配下のように命令して使い回して……。あぁ、あなたには関係ない話でしたね」
どうやら肌寒さ感じた理由は単に夜だからというだけではないようだ。物凄い冷徹な
俺の目の前まで近づいた段階で彼女は歩を止める。そして誰に言うでもないような独り言を
「……どうしましょうか。どういたしましょうか。どうしますか。……これらの言葉は同じ意味と用途で使われますが、使用する人物とその対象の関係性によって変わります」
(……へ)
「極論どれでもいいですし、どれを選択したって何も変わりません。これらを選択する多くの理由はその対象にどれほどの敬意や畏敬の念といった感情を抱いているかによって変わります。……」
(……へェッ!?)
突然始まった国語の授業。淡々とまるで呪詛の言葉でも吐くかのような機械的な言葉の数々に俺の心は困惑でいっぱいになる以上に、ただただ怖いという感覚しかなかった。
「……っと、そういえば口を塞いでいたんでしたね。外しますけど大声は出さないでくださいね。そうなってしまいますと、私もできればしたくないことをしなければなりませんから」
そう言うと彼女は俺の頭から麻布の袋を取り外し、口に巻かれていた布を外そう取り掛かろうとする。
正直なところ、「〇〇したらぶち殺すぞ!」や「〇〇してみろ、したらその舌引っこ抜いたらァッ!」といった、よく聞くようなどんな脅しの言葉よりも先程の謎の国語の授業もあってか、怖すぎる脅し文句に俺はただただ怯えるしかなかった。
……というか、姉が居るのと居ないのとで、だいぶ落差の激しい態度の急変っぷり。これが彼女の素なのだろうか? それともこれは単に俺を怯えさせるための演技なのだろうか? 真相はわからない。が、大声を出してはいけない……それだけは分かった。
そして彼女は俺から視界を遮るための麻布の袋と口に巻かれた布を取り外す。
「はい、外しましたよ。それで? 何か用でもあるんですか?」
唐突にこちらの用件を聞いてくる彼女に対し疑問に思った俺はそのまま聞き返してしまう。
「? ……なんでそう思うの?」
その問に対し彼女はつまらなそうな顔で答える。
「だって私がここに入っても暴れやしなかったじゃないですか。普通、逃げる気ならもっと暴れるでしょう? さっきのはそういうサインだったってことでしょう?」
事実彼女の言っている事は正しい。
だというのになんだか腑に落ちない自分がいた。
「そうだけど……。じゃ、話は聞いてもらえるってことでいい?」
「別に構いませんけど」
何を言ううべきか。
少しうつむいて考えるもはじめに言ううべき事は一つであった。
「取り敢えず……そうだな。一つ言いたい事としては俺は別にここに潜入したわけでも狐耳や尻尾で騙しているわけじゃないんだが……信じてもらえるか?」
「……」
彼女は顔色一つ変えず相槌すら打たないという無反応。こういう事は言われると予想していたのであろう。だが俺は構わず続けて喋る。
「無言か……。まぁいいや、一つ聞いてもいいか? 俺をどうする気だ?」
先程の会話を聞いていたので何をする気かは分かってはいる。
しかし、もしかしたらということもあるので俺は一応聞くことにした。
「姉様は
姉様はと彼女は言った。それはまるで自分はこのようなことに賛同しているというわけではないのか? それとももっと他の目的でもあるのだろうか?
俺としては共謀していたように見えたが、もしそうでないのなら好都合。俺の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。そう思った俺は彼女を止めるべき旨を告げる。
「それは悪手だ。そんなことをしたら確実に怒られるぜ? 絶対にやめた方がいい」
「それを信じろと?」
彼女の眉間が少し歪む。不愉快に感じていそうな顔だ。
だが俺はそれを気にも留めぬ自信いっぱいの返事をする。
「ああ、そうさ!」
「無理です。なにか証拠でもあるのなら話は別ですけど」
「しょ、証拠!?」
俺は驚嘆の声を漏らし、うつむいて考えこむ。こうなることは薄々分かってはいたのだが、いざ言われるとほとほと困るものだ。
(証拠って言われてもなぁ……何かあるか?)
証拠と一言に言ってもそのようなものはあるはずもなし。そもそも一体何を提示したらいいのやら皆目検討もつかない。
俺は悩んだ。何かないかを……。
それとも……それとも……。
…………。
そして悩んで末に俺は一縷の望みを掴み取れる良案を思いつく!
(そうだ!
過去に俺は
もはやなぜ渡されたのかもどうかすら覚えてない。
だがこれのおかげで助かる。俺はそう感じた。
「こ、この首にかけているペンダントがその証拠だ!」
俺は顎を突き出してペンダントの存在を強調しながら言った。
それに対し彼女は不可解な顔をして言った。
「……これが?」
「おうとも! 調べてみるがいいさ!」
彼女は無言で俺の首に掛けてあるペンダントに手を伸ばし、触る。
その際、ペンダントの紐がそこまで長いわけではないために彼女と距離が近くなる。嗅いだことのない花の香がする。
それにしてもこれほどの距離、顔を近づかれたのは
「……」
無言のまま数秒ほどペンダントを傾けたりして観察した後に彼女は俺にこう言った。
「確かに妖力は感じますね。……それで?」
「え」
思っても見なかった反応に俺は驚く。まるで理解できないという顔でもしていたのか、彼女は先程の言葉に付け加えて言う。
「それでこれが何の証拠なんです?」
「い、いやだからこれこそが
「になるわけないでしょう」
俺の言葉を遮って彼女はキッパリと言い捨てる。どうやらあのペンダントでは彼女を納得させるだけの十分な証拠とはならなかったようだ。
「えぇ……そ、そんなぁ」
気の抜けた炭酸に僅かながら残っていた気泡が空中へ召されるが如く漏れ出た俺の言葉はどこへ届くこともなかった。
◆
ある廊下にて駆け足で目的地へと走り回る一人の少女がいた。
その少女の名前は
そんな彼女は今、来賓の方々を
(……にしてもあの人間、一体どうやって入り込んだのかしら。まっ! それもこれもあとで直接聞けばいい話ね! 今はお仕事に集中しなきゃ!)
「先輩! 今来ました!」
彼女は職場の先輩神使へそう言った。その人は彼女たち双子の教育係とも言える人であり、その顔つきや雰囲気からほのぼのとした人であるが、かなりキッチリと彼女たちを指導している。
「ほーい。それじゃ取り敢えずそれ洗っといてね」
「えぇ、皿洗いですか……?」
思わず落胆に満ちた言葉を吐いてしまう。それを聞いた先輩神使は肯定する。
「そうよ。……何不満?」
「いや、聞いてた話と違うというか」
彼女は先程も言った通り来賓のお
だがそんな彼女の言葉を先輩神使はバッサリと切り捨てる。
「何言ってんの! それも十分
「はい!」
その元気の良い二文字は公私の切り替えとともに、やる気に満ち溢れていた。
短いながらもこれこそまさしく彼女の愚直で真面目という内面を体現した言葉であった。
◆
客室にて
ただ一人を除いては……。
「なぁ
ふと襖の方を見ていた
「いんやぁ見ておりゃんけども、どうかしたのかの?」
「いや、あいつトイレから戻って来るにしてもおっせぇなぁって思ってよ」
どこか心配下な物言いで彼女は喋るも、それとは正反対に
「どこかで迷っておるんじゃないかのぉ?」
「そうかもな……。捜しに行ったほうがいいか?」
捜索することを提案するが、彼女はそこまでする必要はないといった物言いで応える。
「なぁに、ここには色々と神使がおる。流石に迷ったら道を尋ねると思うぞ」
「そうだよなぁ……」
それでもなお心配な様子のままである。男勝りで活発、そして少々口の悪い彼女がいつもとは随分と萎れた様子であるため、
「何じゃ心配なのかの?」
「うっせぇ! そういうつもりじゃねぇよ。ただあいつがあんまりにも頼りなさすぎる
「ほ、そういう事にしておいてあげようかの。
「んだとォ?」
「あーもうイチイチ怒るんじゃないのじゃ!」
自分から焚き付けておきながら面倒くさそうな物言いで彼女を諌める。
「たくっ……んで、どうすんだよ。ほっとくのか?」
その問いに対し
「ま、一応は人を送っておこうかの。
「ん? なぁに?」
日本酒を
「話は聞いておったろ。ちと行ってくりゃれ」
「えぇ……。それって普通にすれ違う可能性あるよね?」
幸いそこまで酔っていないようで正常な判断ができるようだ。だがそれは彼女にとっての幸いとはならなかった。
「なんじゃ、何か文句でもあるのかの?」
「イエっ! 何でもありません! 喜んで行かせていただきます!」
彼女はそう言い残し、さっさと部屋を出ていったのだった。
その一部始終をまるで奇っ怪な寸劇でも見ていたかのように感じた
「……アイツ、お前には何か弱いよな。何かしたのか?」
「よもや! そのようなはずあるまいて、ただ……」
本気で言っているのか演技なのか、心外だという反応をするも何故か最後の言葉を濁す。勿論、彼女は聞き返す。
「ただ?」
「あやつが気分でコロコロと変わる道化じゃからよ」
「は?」
◆
半ば無理やりといった形で部屋から追い出され、
(うーーん。どうしたものかねぇ。ボク、人探しは得意じゃないんだけどなぁ。それに空間把握っていうか、そういった事は僕より
彼女はあの時の情景を思い返す。あの時の形相をしばらくは忘れることはない、そう感想を抱きながら。
「全く、確かにボクも悪かったとは思うけどさ。ポロッと口走っちゃったのは……」
「はぁ。どうせ関わらざるを得ない事なんだし、早めに言っちゃうほうが良いと思うんだけどねぇ……」
全く過保護にも程がある。と、彼女の態度に対して不満を抱くも幾らかはそんな彼女に共感する部分もあった。
「ま、もう嫌なのかな。色々と」
「さーって、どうしたものかねぇ。可愛い子を誑かしてみたいんだけど、目ぇ付けられてるからなぁ」
あの時、
もしその禁を破ればただじゃ済まされない。そう確信せざるを得なかったがために下手な事は出来ない。
「はぁ。真面目に捜すしか無いか。全く!
彼女は自分の都合の良いように解釈を捻じ曲げる。いや、捻じ曲げるどころか飛躍し、亜空間から出現したが如く謎の理論へと発展していた。
「うん、そうだね! 迷惑料としてここはボクなりの請求方法を取らないといけないよね! もしすれ違ったとしても……うん!」
例えすれ違って会えなかったとしても、捜すのに歩き回った自分に対する慰めと癒し、それに加えて迷惑料と慰謝料として倍付けそればいいと。
「そう考えたらなんだか楽しくなってきたなぁ! 待っててねー! ボクの子猫ちゃん♪」
誰も納得したわけでも了承を得た訳でもないというのにも関わらず彼女はこれを周知の事実であると確信したかのような自身に溢れた歩みを止める事はなかった。
だがこのような事でも楽しむことができるというのは一種の才能であり、その
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☆や♡といった感想等々よろしくおねがいします!!!
次回予告 邂逅の時、尻尾りと……
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