第27モフり 無尻尾鬼蛇暗躍

 ――瀧ケ崎時哉たきがさきときやは登場しません。


 辺り一面に広がる浅瀬の海に暗黒の空が広がるおどろおどろしい世界。それを包み込む光は深紅であった。そして目立つ物と言えばたったひとつの巨大建造物くらいしか存在ない。それは浅瀬の海に幾本の柱を高く建てた廻廊や橋に不規則に建てられた中華風の歪な形をした建物であった。


 その巨大さはまるで絶壁のようでもあり、島のようでもあり、塔のようでもある。無数の提灯ちょうちんが施されているため、はたから見れば圧巻と言える美しさはあるも、違法建築としか言いような不定形さ、色んな建物がぐちゃぐちゃにくっついた見た目には不気味さも相なしている。


 そのようなとこに住まう者達。それは一時の戦に囚われ哀れな時の亡霊おにの集団と大蛇であった。



  *  *


  鬼神眞昇殿きじんしんしょうでんと呼ばれる居城区に酒呑童子しゅてんどうじ茨木童子いばらきどうじ、そして八岐之大蛇やまたのおろちが集結して何やら会議でもしているようだ。

 酒呑童子しゅてんどうじが喋りだす。


「悪りぃな茨木いばらき。お前もまだ忙しいだろ?」


「いえ、そうお気になさらず。私はあなたの右腕として働けるだけでいいのです。……それで今回は如何様な要件で?」


 茨木童子いばらきどうじと呼ばれた鬼の女性は大きくて黒い二本角に橙色の髪に瞳を持っている。瞳は椎茸目で、頭の天辺には一本のアホ毛、右目が前髪で隠れ、後ろ髪を結ったポニーテールである。髪にはヘアピンと左目の下に3つのリングピアス、左耳にもピアスがいくつか付けている。服装は黒を基調としたゴシック系の執事服を身にまとっている。


「ああ、実はな。例の伏魔殿に封印してある忌み物を扱えるだろう人間の小僧が居たとの報告を受けてな。一応相談でもしておこうと思ってな」


 その言葉を聞いた茨木童子いばらきどうじは目を見開いて驚く。古くから伝わる代物を扱えそうな人材がただの人間とくれば、それを知っている者ならば誰でも驚くものだ。


「ッ!! それはそれは吉報とも取れなくもない事柄ですね。しかし、人の子がですか……。ただの人の子であるのならば早急にさらっておけますが……そうではないのですね?」


 その言葉に酒呑童子しゅてんどうじは嬉しそうに少し顔をニヤつかせる。


「流石だな、話が早くて助かる。その通りでどうやら神使の子狐共がバックについているらしい。その嗅覚だけは褒めてやりたいところだな」


 すると、話の内容を理解できてない様子の人物がそれについて質問する。その声はとても重く、威厳の溢れたものであった。


「何だその忌み物とは? 我の知らぬ話を進めるでない。教えろ」


 八岐之大蛇やまたのおろちは姿こそはっきりここに居なくとも巨大な蛇の影だけがそこに映し出され、喋るたびにその影の口がハッキリ動く。


「おや、親父殿は知らなんだか? まぁアレが現れたのは時の親父殿は無惨にもちっこい蛇の姿のままで力を蓄えてたらしいから無理もないか」


 と、彼女はやや嘲笑めいた口調で話した。それに対し無論のこと、聞き捨てる事などはしない。


「貴様……我を莫迦ばかにしているのか?」


「そうもなろうて、影絵で自らを大きく見せようとしてるのだからな」


 彼女は当然の事だろうという物言いでハッキリと言い切る。実のところ八岐之大蛇やまたのおろちは未だ完全とは言い難いく、自らが盗る今の姿に大きく不満を抱いている。そして高いプライド故に影絵を用いて少しでも自分の姿を大きく見せようとしていたのだ。


「ウッ! うぐぐ……悪いか?」


「いんやぁ? 別にそう言うわけじゃないさ。ただこすい真似をするくらいならその姿を白日の下に晒したらどうだ? 俺はお上の連中みたいに簾で自らの姿を隠して話し込むようなタイプは舐められてる気がして気に食わんのでな」


 彼女は形式上は親父“殿”と呼んではいるが、親子による上下関係を一切感じておらず、どちらかと言うと対等であると考えているからでもあるのだ。


「うぅ……わ、わかった! そこに行けば良いのだろう!!」


「……ほれ、これで良いのだろう? さっさと教えろ!」


 現れたのはなんとも可愛いらしい少女であった。頭のでこ丸出しの水色の長髪に麻呂眉。そして薄い水色の瞳を持ち、頬は蛇の鱗が少しある。後ろ髪に流れるように七匹の蛇が彼女の首に直接くっついていた。服装は水色のチャイナ服だった。


「……可愛い」


 と、茨木童子いばらきどうじはつい口をこぼしてしまう。その言葉に少女は怒る。


「可愛い言うな! それは一番我が気にしている所だ!!」


 先程までの威厳溢れた重い声はどこへなりと消えていき、ただただ愛らしい少女の声しかなかった。


「ま、俺様的にはこれでいい。茨木いばらき、親父殿に教えてやれ」


「はい。酒呑しゅてん様が仰っている忌み物とは、飛鳥時代の陰陽師が入手した鬼の秘宝の巻伝を参考に造らせた尾錠びじょうのことを言います。それは【鬼牙きが尾錠びじょう】と呼ばれ、それを装着した者はその強大な力を得られる代わりに主に二択を迫られる事になります。

 一つは暴走の果ての死。

 一つは均衡と調停。

 多くの者が手にして扱えぬまま死ぬ。これが多すぎたために封印されし忌み物となった次第でございます」


 忌み物について知る限りを語られた少女は、なんとも古いものであれば付いてきそうなありふれた話だと感じながらも幾分かは納得する。だがそれほどの代物と言うのならば些末な疑問も浮かぶ。


「……なるほどな。だが良くそんな物を扱える人間を見つけれたものだな。というかそれは本当にあってるのか? 見当違いだったという結果で終わりそうなものだが」


「いやそれはないだろう。報告してきのは虎熊とらくまだ。あいつの『勘』は既に固有の能力までに昇華している。それに間違いはないはずだ」


 彼女はその問いをきっぱりと否定した。彼女としてもそれほどまでに信憑性が高いものだということだ。


「そうか……それで? 先の話はそれだけでは無いのだろう? ただの強大な力がどうこう程度の話をしに来たわけでもあるまい」


「その通りだ。実はな……その忌み物を扱えた奴は奈良と平安のはざまの世に一人居たらしいのだ。あの逢魔おうまの時代……魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする時代に一時の平安をもたらしたそうだ」


 それを聞いた少女はピンとくる。あの頃の情景を思い浮かべて。


「ああ、あの時か、あの時代は良かったぞ。なんせあの時にうじゃうじゃ居た有象無象共を手当たり次第食い散らかすことで我の力も幾分か取り戻せたからな」


 そう、良い思い出だとふける少女を無視して話を続ける。


「そしてあの女狐めぎつねと良い線まで戦えたらしいんだが結果的に敗北したようだ。だがここからが問題でな。あの女狐めぎつね、それが思った以上に強かったのかその力を恐れて封印したそうだ」


女狐めぎつね……? 玉藻御前のことか?」


 少女は酒吞しゅてんが言う女狐めぎつねについて何も知らず。故に尋ねた。だがそれを手を振りながら真っ向から否定される。


「ちげぇよ! あいつがこっち来たのはもっと後の話だ。……とにかく、手数はいくらあっても越したことはねぇって話だ」


「そ、そうなのか。やけにその女狐めぎつねとやらを危険視しているようだな。なんだ? 一度戦って負けたりしたのか?」


 勝ち気あふれる彼女らしくもない、どちらかと言えば消極的とも言えなくはない考えに何か深い因縁でもあるのかと尋ねると共に敗戦でもしたのかと小馬鹿にしたような物言いで言う。


「そういうわけじゃねぇ。ただこれからの俺様達が起こそうとしている壮大な、ビッグイベントってやつには色々と準備が必要なだけだ。そうだろう? 親父殿」


「ああ、そうだ」


 不敵に笑う彼女に対して少女もまたそれに賛同した。それは彼女らの死についてまつわることが関係しているためだ。


「苦節約千年ほどの苦汁と辛酸の時。まさに屈辱だった……。戦いの中で死ぬ。それ自体は構いやしねぇ。だがアレは納得できない。あんな卑怯な真似をされて死ぬなど、鬼の誇りにおいてあってはならねぇことだ。そう思うだろう? 茨木いばらき


 そう演説の如く流暢りゅうちょうに喋る彼女は合いの手を頼むが如く問うた。それに真っ事間違い無しと賛同する。


「はい。全くもって仰る通りです。騙し討などもってのほか、真剣勝負による戦いこそが正義」


 それを聞けた酒吞しゅてんは続けて喋る。


「神使共から妖力を吸い取り、それを利用して俺様達は人間共を再び恐怖に陥れ、俺等鬼の時代を切り開く!」


 彼女は右手を天高くに上げて開いた手で何かを掴み取るかのような動作で力強く握りこぶしを作った。

 すると小声で大蛇おろち茨木いばらきに尋ねる。


「……なぁ茨木いばらきよ、八塩折之酒やしおりのさけあるか?」


「はい。ございますが……今朝お飲みになったばかりでは」


「うるさいやい! 我はそれが飲みたい……それだけだ!」


 それを後ろでこそこそとそう話すのを聞いた酒吞しゅてんは呆れながらに言う。


「……親父殿、よくもまぁ飽きずに飲めるもんだな。自分の死因だろそれ」


「仕方ないだろう!? 美味いんだから! お陰で飲む度にあの時のトラウマが蘇りながら飲んでおるわ。……でもやめられぬ!!」


 少女は今もなお八塩折之酒やしおりのさけたしなんでいる。それのせいで死んだと言うにも関わらず酒自体が美味いせいでやめるにやめられないのだ。


「はぁ……ま、いいさ。それでだ茨木いばらきの準備に必要な妖力はあとどれくらいだ?」


「はい。あともうしばらくかと……どうでしょう? かの人の子をさらうに当たって、それを守るもの共々利用するというのは」


「ああ、なるほどな。いい案だ。やれるな?」


「はい。お任せください」


 千年と幾年の時、機を狙って水面下で暗躍し続けた亡霊おに共は如何ほどのものを望むのか。何がそうさせるのか。そこに意味は、価値は存在するのか。それら含めて何であろうと止まる事は知らず。何故なら彼女たちは『鬼』であるのだから。


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☆や♡といった感想等々よろしくおねがいします!!!

新年もわっしょい!!いぇああああああああ!!!!!


次回予告 若気の尻尾の至りは無分別☆

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