第25モフり 尻尾の最上級は久遠

 ――以下瀧ケ崎時哉たきがさきときや達が天狐尾水茶屋てんこおみずちゃやを去ったところから始まります。


 俺はあの店を出た後、どうしようか悩んでいた。というかこの耳と尻尾どうすればいいんだ。


「まさか、自分に耳と尻尾が生える日が来ようとは……」


 俺が自身に生えた耳と尻尾を未だ信じられないような手付きで確認していると、阿久良王あくらおうが話しかけてくる。


「ま、人間の身体にいっぱいの神気を取り込んだらこうもなろうて。やけんこの程度で済んだ事を幸運に思うんじゃな」


「さいですか。……じゃあその、次はどうします?」


(正直なところ全く思い浮かばない。ど、どうしようか。何かいい手は無いものか……)


 俺がそう頭を捻らせて手をこまねいていると、阿久良王あくらおうが丁度俺の後ろの方を見て何かに気付く。


「お? どうやら迎えが来たみたいだな」


「え? あっ!」


 そう言われて振り返ってみるとそこに居たのは狐朱こあけであった。恐らくもう例の何かの手続きは済んだようだ。この時の俺は助かったと心より思った。なぜなら、このままでは気まずい空気の中で居なければならなかったからだ。


ぬし達よ、もう終わったでな。待たせて悪かったのう……って随分と様変わりしたものじゃな」


 彼女が俺の身体に異変がある事に気づかれた俺は恥ずかしさのあまり、何と言うべきか分からなかった。


「あ、あーいやまぁ……その、何と言うか。何かこうなっちゃって、ははは」


「ほうか……まぁ何にせよ、行くとするかの。ついてまいれ」


 その時、俺は彼女しかここに来ていないことに気づく。大方予想はつくが一応聞いてみる事にした。何かあっては大変だからな。


「あれ? そういえば青葉あおばさんや他の皆は目的地の方に居るんですか?」


「まぁそうじゃの。わざわざ全員で来る必要は無いしの」


「まぁ確かにそうですね」


 俺は狐朱こあけさんの後について目的の場所へ行くこととなった。その目的の場所とは一体どんな所なのだろうか? そもそもここに来た理由というのも正直な話、俺は知らない。恐らくこの前の事件について色々あったから……なんだとは思う。


(だが実際俺は流れに身を任せている状態だ。詳しく何かを知っているというわけじゃない。まぁでも狐娘で溢れる世界に来れたのは人間国宝ものだと思うけどね)


 そうしてそのまま付いて行く内に目的地へと辿り着いた。そこは恐らくだが塀でぐるりと囲われた場所であり、その広さがどれほどかは目視で分からないほど広いため、よくわからないがあからさまに雰囲気が違うことだけは分かった。


「ここは……先程の街中と比べて何ていうか、品がある。というか市役所的な何かそういう雰囲気やな」


(上手く言葉にはできないが、先程までの街中は住宅街もあれば雑多な店といった感じだった。しかし、ここにあるのは事務所的な必要とされた唯一無二の役割がある建物が多く見られる気がする。実際ここに居る他の狐娘たちは全員働いている様子で仕事がなさそうな人はいない)


 そしてさらにその中にまた塀で囲われた建物があった。二、三回目となるとまるでマトリョーシカみたいに思えてくる。ここが本当の目的地なのだろうか?


「あの、ここに来て何するんですか?」


「それは……実のところ当初の予定はほぼ終わったんじゃ。じゃがまぁ、なんじゃ。……何かとあるようでな」


「はい……そう、ですか」


 なんだかあまり腑に落ちない解答だった。はぐらかしているのか、彼女自身もよく分かっていないのか。ただ一つ言えることとしては彼女の発した言葉の抑揚からは、……そう、ふざけているようにはあまり思えなかった。


(ん、罠? 罠は変だな。あの時、狐朱こあけさんが俺に襲われたとか、嘘付いた時の話だもんな。でも大方あれは罠と言っても差し支えのないような……?)


 俺がそう考えていると、一緒に居た酒膳しゅぜんさん達は俺のもとを離れていった。どうやらもう各々自由にしていいみたいだ。

 という訳でその建物へと入っていくと、そこは先程までの建築物と比べるとどちらかといえば住居っぽい建物だった。


ぬしはこのままあそこへ入っていくとよい」


「何かあるんですか?」


 俺は思わず理由を聞くも、彼女は「行けば分かる」みたいなことしか教えてくれなかった。それに俺は不安をおぼえつつも大人しくそこへ入っていった。

 そこへ入るも特段誰が居るというわけではなく、そこにはただ静けさだけがあった。広い建物、屋敷と言ったほうが良いのだろうか? これほどの屋敷に人の気配を感じないというのは中々に怖いものだ。


 誰か居ないものかと、ふと俺は廻廊の方へと足を運んでみた。すると、そこで俺はある女性を見かけた。俺はその時見た横顔に大和撫子という言葉が浮かぶ。その女性は紺色の長髪で、伸びたもみあげには髪飾りを着けており、顔には赤い模様が走っていた。服は高級そうな着物を身にまとっている。


「……誰だろう?」


 その人は一人きりで何故か内庭をただ静かに眺めていただけであった。するとその女性は俺が見ていたのを分かっていたかのようにこちらへ振り向き、二ヒルな笑顔を浮かべてこちらへ話しかけてきた。


「お久しゅうどすなぁ」


「え?」


 目の前の女性を俺は知らない。だと言うのにまるで知っているかのような物言いだ。


(え? 誰この人? 会ったことなんて無いはずだよな。うーん……無いよなぁ)


 俺は頭の中にある記憶の隅から隅まで探ったが、やはり既視感さえない。だが、相手は知ってそうな口ぶりのため、俺は申し訳無さそうに聞いた。


「……えっと、何処かでお会いしたことありましたっけ?」


 俺の問いかけに彼女はすぐにどうと答えることはなかった。一拍おいてから彼女は話し出す。


「なるほど……ま、旦那はんは人の顔を憶えんのが苦手そうやったし良しとしましょう」


(旦那はんって俺のことだよな? いや、人の顔覚えるの別に苦手じゃないですけど。どっちかってーと人の名前はよく忘れるが)


「改めて自己紹介といきまひょか。ウチの名は『御饌津みけつ』言います。以後よろしゅうお願いします」


 自己紹介をされた俺はなるべく丁寧に返したほうが良いと思い、最大限の挨拶をすることとした。


「これはご丁寧にどうもありがとうございます。俺の名は『瀧ケ崎時哉たきがさきときや』って言います。こちらこそよろしくお願いします」


 何だか自分で言ってて小っ恥ずかしくなってくる。いや別に何も恥じる要素は無いのだが、ただ何となく自分という人間を鑑みてそう感じたのだ。


「おおきに。して、旦那はんはいつからあの……狐朱こあけと知りうたん? 詳しゅう聞かせてくれはります?」


 先程までそれなりの距離、離れて会話していたはずなのにいつの間にか彼女は俺の真ん前まで来ていた。彼女の左手が俺の胸に触れてくる。俺は不思議とたじろぐ事無く聞き返せた。


「え? あーはい……でもどうしてそれを知りたいんですか?」


「あのはあんましウチと話したがりまへんので、周りのもんに度々こうして聞いてるだけどす」


「そう……ですか。あれ? 尻尾……」


 俺は思わず呟いてしまう。先程から微かに感じていた違和感。それは彼女の尻尾を目撃していないということだ。


「どうしましたん旦那はん?」


「あ、いやっただその……尻尾が見えないなと思って。……他の人達は皆とても素晴らしい尻尾をお持ちで惜しみなくそれを拝められたのですが、御饌津みけつさんのは見えないというか隠しているんですか?」


 俺のこの言葉を聞いて彼女はどう思ったのかさだかではないが、目を丸くして何やら驚いているようにも見えた。


「……あっいえ、すみまへん。ちょっと驚いてしもて……その身体といい、心までもお変わりに成られはりましたんやな……と」


「身体……あっこの耳と尻尾ですか? いやー何かここのお店のドリンク頼んだらこうなちゃって……ハハハ!」


 あれ? なんだろうか。なんだか若干引かれているような……。いや違うからね! 尻尾好きが狂じて自分の身体に意図的に生やしたとかじゃないからね!!


「ま、旦那はんの趣味はええとして、ウチの尻尾が気になりはるようどすな」


「いや違いますよ! これは事故です! 趣味拗らせてこうしてるわけじゃないですからね!!」


「はいはい。ところで通常、神使の狐の一個体が保有する妖力次第で見た目にどのような変化があるかお知りどすか?」


 突然の妙な質問。その意図はよくわからないが、俺は正解の是非は分からないが一応答えた。


「ええ。確か神使の場合は尻尾の数が一時四本までは増えますが、そうなってからは減っていき、終いには無くなるんでしたっけ? んでその意味は獣の形からの脱却とかなんとか」


「ま、概ね合っとります。よぉご存知で、ご興味でもありましたんか?」


「別にたまたまですよ。それでそれがどうしたんです? ……まさか無いんですか!?」


 悲しいことに、話の流れとしてはそうと考えざるを得ないことだ。尻尾がない……いや、べっ別にそれがそうだとしてもお、俺はそ、そんなにき、気にしてててないぃぃでですし!


「いえ、そういうわけではありまへん。ウチは通常の神使の狐はどうなるかとお聞きしたに過ぎまへんよ。……つまり」


「つまり?」


「ウチは特別なもんでちょいとそこら辺の仕組みが違いますんよ。そう……このように」


 そう言い終えると彼女の背後が輝き出す。それは後光のように思えたが違った。それは無数の尻尾による輝きであった。その圧巻さに俺は驚き、感嘆の口をこぼす。


「お、おぉ……!! これはデカイ、というよりかは多い! 金色に輝く透明な尻尾達! し、しかも無数にだとッ!?」


「どうどす? 驚かはれましたか? 野狐とかの場合やと最終形は九尾とか何やけど、それに似てウチもこないにぎょーさんあるさかい、あんまし表に出したくはないんよ」


「も、勿体ない……いや、逆にここまであると邪魔で不便か。なら……仕方ないか」


 これほど尻尾があるというのも私生活を送る上では困りものとなってしまうのは致し方ないこと。にしてもこれほど尻尾があるというのも中々凄いな。


「概ねそういう感じどす。……ほんに相変わらず話していて飽きひんお人やわぁ。ま、これくらいにしときまひょ。あんまし長いこと旦那はんを独り占めしとったらあのにますます嫌われそうやし、もう帰ってええよ」


 唐突な話の切り上げに俺は少し驚く。何か大事な話の一つでもあるのかと思っていたら、ただ談笑して終わったことに違和感をおぼえつつも大人しくここを去る事にした。


「そ、そうですか。じゃあ、これで……」


(結局何だったんだろうか? うーん……ご挨拶? 偉い人っぽそうだし、ただの人間の俺がここに来たから……ってことは何か試されてたのか? 害があるのか無いのかみたいな?)


 悶々とする俺の心はまるで狐につままれたかのようだった。わけもわからずただ周りの人間に振り回されるというのは何だか非常に疲れるものだ。



 ――時哉ときやが去った後、彼女はもう一度中庭を眺め、独り言を呟く。


「……色々とよう分かりました。あのが悲しい顔するわけや。……まぁでも、それが……その方がええのかもしれへんな。思い出なんていうのは、ここからいくらでも作っていけるさかい」


「せやけど、過去というもんはいつか必ずその顔を見せてくるもんやさかい。その時になって大事にならへんとええな」


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次回予告 神使のツイン尻尾は毒舌

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