第19モフり 青海に映える尻尾

 ……ほのかに香る磯の香り。


 涼し気な海の冷気と、サンサンと降り注ぐ陽光による熱。


 この2つの調和により、涼しくも暑くもあるという良い塩梅が形成されている。


 まさに理想的な夏。その最中で俺はどこかにいったみんなを探していたのだが……


「……ほんとにビーチバレーしてる」


 軽い気持ちで想像してた事がほんとにあって驚きのような呆れとも言うべき何かが心のなかで浮かぶ。


「それッ!」


「はッ!」


 砂浜のザザッという足音と可愛らしく素晴らしい尻尾の揺れる姿を見て俺はとても眼福だった。思わず頬が緩む。今遊んでいるのは喜久彌きくや阿久良王あくらおうの二人であった。そしてそのすぐ側にはビーチパラソルの下で涼しみながらジュースを飲んでいる翠蓮すいれんがいる。


「! ジュース飲んでるってことは、他のジュースもあるかもしれない! 早速頼みに行こう!!」


 いくら海の涼しさがあるからといって暑いことには変わりがない。故に俺の喉はすっかりカラカラだった。今すぐにでも水分補給を欲した俺はダッシュで向かった。


「はっ、はっ、ふぅ。……あのさ、ジュースある? 喉カラカラでさ」


「ああ走ってきたのはそういうことだったのかい。勿論あるとも」


「あぁ! ありがとうございまーす! ……あっつ!?」


 手渡されたのは熱々のコーヒーが入った水筒だった。


「ハァーッ、ハァーッ……こ、これコーヒー!?」


「んん? 飲み物の指定はなかったからね。私好みのものを青年にあげただけだが?」


「いや、まっ……そうですけど。いくらなんでも熱々のもの渡すって」


 彼女は俺が舌を軽く火傷した姿を見て顔をニヤつかせている。なんというドS。


「冗談だよ。このまま青年が熱中症になってもらっては困るからね。ほら、これジュース」


 俺は次に渡された飲み物をじっと眺めた。確かに今度は普通そうだが……もしかしたらとんでもなく不味いかもしれないという余念があるせいで、がっついて飲むことなど出来なかった。


「……あやしい」


「ハッハッハ! そう怯えないでくれ。今度は大丈夫さ」


「それじゃあ……」


  俺は意を決してそれを飲むことにした。……杞憂なことにそれはなんともない普通の飲み物だった。味的にはスポーツ飲料水ってところだと思う。冷たい飲み物が喉を通るたびに心が休まっていく。


「ッんあぁ、よかった。助かりました」


「あ! 時哉ときやくん!」


 とビーチバレーをしていた喜久彌きくやがこちらに手を振って話しかけてくる。


「どぉ? 一緒にこれやらない?」


(ビーチバレーか、運動神経皆無だが上手くやれるだろうか。というか喜久彌きくやさんの水着って結構派手なのかと思ってたけど、かなり布面積が多いタイプなんだな。いやいや他人の水着をどうこう考えるのはちょっとキモいなやめよう)


 すると喜久彌きくやはこちらに駆け寄ってくる。


「ほら、おいで!」


 とこちらの手を握り引っ張られて連れてかれる。思った以上に力が強かったため、思わず体勢を崩し転びそうになりながらも千鳥足だがなんとか転ばずに済んだ。


「おっとっとぉ……」


「じゃ! 時哉ときやくんは男の子だからボクと阿久良あくらちゃんの二人対一でいいいよね?」


「あ、はい。……エッ?!」


 条件反射で承諾してしまったが非常に理不尽である。はっきり言って男の子がとか、女の子がとかっていうのは同じレベルの人間にのみ該当する事柄であって、人間より遥かに強い神使のお狐様二人を相手取るとか不可能に決まってんだろッ!!


 そう思えども、もう遅かった。すでに試合は始まっていたのだから。


 ――ブーーッ!!


「ッ!? どこからかブザーの音が!」


「余所見してていいのかなぁ? トリャッ!!」


 そう言い放った喜久彌きくやからビーチボールを繰り出される。


「あわああ、え、どっどこ?」


 俺は慌てながらもレシーブのポーズを取り、ボールの着地地点を予想しながら動いた。


「フッ!!」


 と腕にボールを当てるもボールはあらぬ方向へと飛んでいってしまう。


「ああ!!」


 ここで俺は失点した。それから何度も続けるも普通に手加減なんてしてくれもせず、ボコボコにされた。



 ――結果、100対0で惨敗であった。時間的にいうと日は沈もうとしていた。


「燃え尽きたぜ……真っ白にな」


 と俺は砂浜に尻を付いた状態で空を仰ぎ見ながらそう言った。


「さて、儂はちーと休むやい。……って!? ここにぎょーさんあった飲み物がないんじゃが!?」


「あー……それなら新しいのを取って来ないとねぇ」


 と飲み物がおいてあった側にいた翠蓮すいれんが答える。


「しゃーないけー案内してくれや」


「はいはい」


 と二人はそのまま何処かへ行ってしまった。


「ち、ちかれた……あれ? 喜久彌きくやさんどこ行ったんだ?」


 ふと気づけば先程まで相手コートにいたはずの彼女がいないことに驚くが次の瞬間、その位置がわかる。


「つーっかまえたッ!!」


 と背後から喜久彌きくやの声が聞こえるとともに俺は振り返る間もなく、そのまま後ろから抱きつかれた。彼女の両腕が俺の肩に乗り、俺の首を囲っている。


 そして近距離ゆえの彼女の吐息が左耳に甘く漂う。この時点で俺の心臓はドッキドキしっぱなしだった。否応なく先程までの疲労感が吹き飛んだ。


(こ、呼吸が荒くなる! なんで喜久彌きくやさんは何も喋らないんだ。なんだろうこの感覚……。前にもこんな感じの状況があったかのような)


「……ねぇ、二人きりになっちゃったね」


 耳に彼女のささやき声がゼロ距離で聞こえる。まさしくガチ恋距離である。もう俺の耳は眼福、満腹、感服ぅぅぅうううッ!!!!!


「あんなにいっぱい遊んだからか、もう夕陽も沈み始めちゃってるね」


 日の沈みとともに彼女の体から漂う香りが鼻に伝わる。時が経てば経つほど彼女の色に染まっていくのを感じる。俺の脳裏に“マーキング”という言葉がはじき出される。


「……えっと。その、あの」


(ど、どうしたらいいんだこれ? なにか言うべきなのか? 恋愛経験が無い歴=年齢の俺には今自分がどうしたら良いのかまるでわからない!!)


「だ、大丈夫ですか?」


 と緊張のあまり素頓狂な事を言ってしまう。


「うーん。そうだねぇ……ちょっとゴメンね」


「え? ――ッ!!」


 一体何の事かと思った瞬間。俺の耳の縁に何か生暖かいものを感じる。それは少し濡れてもいた。一瞬何か分からなかったがすぐにその正体がわかった。


(え!? これもしかしてなくても“舌”?! チロッと舐められた程度だけどマジ!!)


「フフッ……どうかな?」


「あ、ありがとうございます」


 思わず感謝の言葉が出てきてしまった。男女誑しとは聞いていたがここまでとは、距離感の緩急が激しすぎる。これ以上ナニカされたら俺はどうなってしまうんだ!!


「……じゃ! もうおしまい」


 そう告げると彼女は離れた。


「エッ!?」


 思わず驚愕の声を上げてしまう。


「あれれー? もしかてもっとやって欲しかったのかい?」


「アッ! いや、そのぉ」


「フフッ冗談だよ。もう夜食の時間だからね。さ、行こうか」


 彼女は俺に手を差し伸ばす。


「……はい」


 俺は顔を真っ赤にしながら立ち上がり彼女の手を取った。すっかり心が乙女のようになってしまった。


「今日の夜食はね、ここでバーベキューするんだって! 楽しみだね―」


 目的の場所に向かいながら彼女は楽しそうに話す。まるで先程のことがなかったかのように。


「あっはい!」


 俺も俺で同じようにする。そう、これから皆と会うんだ。平然を今から装わねば何か勘違いされてしまうかもしれないのだから。


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次回予告 人生最高の夏と尻尾

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