第15モフり 尻尾に一路平安を贈ろう

 ここは街中、スクランブル交差点、人々や車が行き交うその姿の残影のみが見える。まるで定点カメラの早送りのような光景だ。


「なんだここ? 周り色々と早すぎんだろ。某神父の能力みたいだな」


 交差点の真ん中に突っ立ている俺はその残穢ざんえと昼夜が物凄い速さで回転しているのを感じている時、背後から気配を感じ振り返る。


「――ッ!? え……白狐?」


 そこにいたのはちょこんと座っている白狐だった。こちらをじっと無言でただ見つめてくるその姿には何かを訴えかけているようにも見えた。


「……あ、あのーえっとぉ。何か御用ですか?」


 そう声をかけると白狐は右を向いた、続け様に同じく右を見る俺。

 そして右を向いた瞬間! 巨大な鬼が金棒をこちらに振りかざす!!


「ウォオアァアッッ!!!!」


 ◆


「ハッ!!! ハァ……ハァ……夢かぁ」


 どうやら先ほどまで見ていた世界は夢のようだった。俺の顔から汗が噴き出している。未だ夏の時期であるために暑さで汗を掻いたのやもしれない。


「えっとぉ……今何時だ? 乗車してからまだ二時間か……」


 起きた先にあるのは変わらぬ古びた乗客室席であり、目の前の青葉あおばは腕を組んで顔をうつむきながら寝ている様子だ。


「どうしたものか……もう流石に眠気はないな。青葉あおばさんは……寝てるな」


「起きてるぞ」


 彼女はうつむいたまま応える。


「わッ! ビックリした。あぁはい……あ、起こしてしまいましたか?」


「……まぁな」


 どうやら俺が飛び起きたことで起こしてしまったらしい。少し申し訳ないと思う。


「あの……青葉あおばさんよろしければ時間つぶしにお話でもしませんか?」


「あぁ? ……チッ、いいぜ」


 彼女は少し顔を上げたが、またそのままうつむき直した。


(今舌打ちしたッ! えっ? 怒らせたかもしれへんの?)


 だが最早これでいいのだ。彼女とて強く怒るわけでもなく、それを了承したのだから決して不機嫌というわけではない。寝起きによるただの癖だろう。……多分。


「その……皆さんは妖術を使えるみたいですけど、俺にもこう何か……妖力的なものないですかね?」


 彼女は顔を少し上げてこちらを見つめてくる。しばし見つめた後またうつむいて話し始めた。


「………オメェには何もねぇよ。ただの人間がそんな大層なものあるわけねぇだろ」


「oh……やっぱりそうなんですか。でもそれじゃあ狐朱こあけさんはどうしてわざわざ僕も指名したんでしょうか?」


「……さぁな、アイツの考えてることなんて知りやしねぇよ。……だがまぁ念のために護身のすべは教えてやる」


 彼女は完全に顔を上げてこちら見る。


「おお! ありがとうございます!!」


 彼女は親切にも護身のすべをどうやら教えてくれるようだ。実にありがたいことだ。なまじ何も無いというのは不安の種でしか無いため、少しでも何かできるというのは嬉しいものだ。


「まずこの呪符を受け取れ、元々着いた後にでも渡すつもりだったんだがな」


 彼女から渡された呪符は、御札のような見た目をしているが漢字らしき文字は一切なく赤い線で複雑な文様が描かれていた。


「これは……もしかして使う時は符を切るとか?」


「やめろ! ……んなアホみたいなことはしねぇよ。そいつを使う時は呪詞を唱えんだよ」


「呪詞? あーなるほど……でもコレ何なんです?」


「そいつはアタシの識神しきがみの一体だ。識神妖術、呪符、さん番……」


 どうやらこの呪符は彼女の妖術によるもののようだ。


「んでそいつの召喚方法は『楽久沙津頸登らくさつけいとう』って唱えるんだ。ほらそいつ返せ、復唱しろ」


 俺は言われるがままに呪符を返し、何度も復唱する。


「よし、もう覚えたな。コレを服の中にでも閉まってろ」


「あーあと、言い忘れたがそいつの召喚も何でもそうだが、アタシの妖力を消費させるから不用意に使うんじゃねーぞ」


「なるほどそうなんですか……」


(でもこれを使う時が来るのを期待してしまう自分と、来ないでほしいと思う自分がいる……。まぁ使う時が来たら来たらでただじゃ済まなそーだな)


 そうして時が経ち、どうやら岡山へと着いたようだ。俺達二人は列車から下車し、岡山の空気を吸う。俺は渡されていた狐面と狐の付け耳を外す。さてここから阿久良王あくらおうとやらが居る瑜伽ゆが山へと向かうのであった。


「そういえば駅から瑜伽ゆが山ってどのくらいの距離なんですか?」


「あー、歩きだとさらに五時間は掛かる」


「ええッッ!! また五時間! しかも今度は徒歩ッ!!」


「安心しろ、さすがのアタシもそれはシンドイからな。識神に乗って移動する」


「識神ッ! そんな使い方していいのか? ……まぁええか」


 そして彼女は服から呪符を取り出して唱える。


「『楽久沙津歌謡らくさつかよう』」


 そう彼女が唱えると呪符からオーラみたいなのが溢れ、そこから識神が顕現する。

 その識神の見た目は紅白の白虎であった。その厳格たる闘気や威厳あふれる様相は実に素晴らしく、その体躯は通常の虎よりも二周りは大きいものであった。


「ほらさっさと乗るぞ」


「はい。……識神と分かっていても大きな虎を前にすると、怖さ故か中々な抵抗感が湧くな」


 俺たちは並んでその識神に跨り、瑜伽ゆが山まで一目散へと走り抜けた。家の屋根を踏み飛び越え、とてつもなく激しい立体機動に俺はただただ振り落とされぬよう、前に座っている彼女の服を必死に鷲掴わしづかみにする他無かった。


「オイッ! あんまり引っ張るなよ! 服が伸びんだろ!」


「いやいや無理無理無理無理無理ッ!! 少しでも緩ませたら落ちちゃぅううう!!」


「わぁああおおお!!! ぶつかるぅぅう!! フギャアアアーーーーッ!!!」


 俺は終始そのスピードの恐怖に囚われ、安全装置のないジェットコースターに乗った人間の反応を見せ続けるのだった。その様子を彼女は終始けたたましいと感じていた様子だった。そしてようやく瑜伽ゆが山へと到着する。列車と合わせて所要時間およそ三百ニ十分という具合であった。


「着いたぞ……オイ! 伸びてんじゃねーぞコラッ!」


「ふぁ……ふぁいぃぃ……」


 そのまま俺たちは白虎から降りた後、彼女は呪符を持ちながら唱える。


「はぁ……全く。『天詠理紙てんえいりし』」


 そう彼女が唱えると識神は呪符の中へと飲み込まれるように戻っていった。


「さてこのまま神社本宮まで行くか……オイそろそろシャキッとしろ」


 すると俺は腕を伸ばし、両手で頬を少し叩き深呼吸をする。


「スゥーー……ふぅ、はい。それじゃあ行きましょうか」


「全く、これしきのことで参りやがって……まだまだだな」


「んーーーッ……面目ない」


 それから俺たちは階段を登りきり瑜伽ゆが山神社本宮へと着くのであった。


「ここに阿久良王あくらおうさんがいらっしゃるんですよね?」


「あーそうみたいだが……どうにも姿形も見えねぇなぁ」


 そうして周りの本殿やら瑜伽ゆが天満宮や瑜伽ゆが山会館成就殿等を見渡すも、その片鱗は一切感じられなかった。何やら様子がおかしいそう感じぜざるを得ないほど妙な空気感がそこには漂っていた。するとタコ神様と書かれた看板のあるタコの石像の背後から一匹の白狐が姿を表す。


「ん! あれって……アレ? どこかで見た覚えがあるような」


「ん? どうした……って、おいそれ阿久良王あくらおうじゃねーか。なんだってそんな姿してやがるんだ」


「白狐……アッ! そういえば移動中の夢で出てきたヤツとまんまや!!」


「何!?  おいそれどういうことだ! 詳しく聞かせろ!」


 随分と焦った様子で食い入るかのように聞いてくる彼女に若干たじろぎながらも俺は答えた。


「えっと夢ではこの白狐に会った後にでっかい鬼に襲われた所で目が覚めたんですよ」


「鬼だぁ? ……もしかしたら今回の用件、容易く済むような案件じゃねーかもな」


「え? それって……」


 俺は半ば察していながらも聞く。


阿久良王あくらおうはどこぞの鬼に襲われ、75匹に分散されちまったってところだろうな」


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*業務連絡:

 少々諸事情で忙しくなるため投稿頻度が落ちます。

 一週間の内に一話分の更新もないかもしれません。

 楽しみにして頂いてる皆様方にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解の程を宜しくお願い致します。


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 次回予告 悪逆非道! 尻尾の涙を取り戻せッ!!

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