第3モフり 一尾二尾三尾と夢は広がる


 その後すぐに先程の赤髪の狐娘であろう足音が駆け足で遠ざかっていった。

 唖然とした俺は口をあんぐりとしながら先程まで彼女がいたふすまの方を見続けた。


「何だったんだ? 一体……でも狐朱こあけさんとは違う感じのモッフモッフ感やったなぁ。是非ともお触りしてみたい」


 そうモフモフの妄想を膨らましていると、どこからともなく声がした。


わらわを差し置いて他の子に目移りとは、ぬしも隅に置けぬなぁ」


 と、俺は背中から釘を刺される思いをする。いつの間にか狐朱こあけさんが来ていたようだ。


「!? い、いつの間に! ……何時からですか?」


「あのが去っていった頃くらいかの?」


「そうですか……あの人は誰なんです? ボクなんか失礼なことをしましたかね?」


「さぁ? わらわには、ぬしがあのに失礼なことをしたかどうかは……したことにでもしておくが良い。そのほうが面白いからの」


「えぇ……お、面白いって……」


 俺は完全にからかわれている。まるで体の良いおもちゃのように遊ばれている。

 彼女は両手に茶器が乗った盆を持ち、菓子が入ったかごが蒼く揺らめく炎の上に浮かんで運ばれている。彼女はボクのすぐ横に近づきそこに座した。


(ちっっっ近い!!!! 心臓の鼓動が早くなるのを感じるッ!!)


 五年ほど男子校に通い続けるこの俺に女性への粘液はなく、ましてや理想の女性ともなれば、近づかれるだけで一気に初々しくなるものだ。

 気持ちを紛らわせるために俺は話題をふる。


「えっと……その青い炎ってもしかして、狐火ですか?」


「ほぉ、狐火を知っているとは今の時代の男子おのこにしては珍しい。わらわのような存在の知識は忘れ去られているものと思っとったが。ぬしは博識よのぉ」


(褒められてちょっと嬉しいな。大した事ないはずなのに……随分と安い男だな俺ってよ☆)


「博識なぬしに褒美として、少し先程の紅色の髪をした娘の話をしてやる」


(おぉッ! 待ってましたーーーーーー!!!)


 歓喜に満ち溢れる俺の心の声を煩わしく思った彼女は呆れた口調でこう言う。


「いちいちうるさいのぬしは……こほんッあの娘の名は青葉あおばというのじゃ」


青葉あおばさんですか」


(赤髪で青葉あおば? あ! 目の色が由来か!)


「まぁ、あの娘の名はわらわが名付けたのじゃが……わらわの名にはもう『朱』が入っているからの。色かぶりは御免じゃよ」


「違いを出したというわけですね……なるほどです」


「ま、そういうふうにでも思っておけ。それよりぬしよ……ほれ、茶じゃ。ありがたく飲むが良い」


「アッ! これはこれはどうも……それではありがたくいただきまーす。」


 俺は彼女から手渡されたお茶をウッキウッキに飲んだ。


「!? ウッマ! 美味しいですね! これ」


 因みに俺はお茶をあまり飲まず好まずで禄に飲まない。普通にジュースが好きという人間だ。その人間の舌をうねらす茶とは一体世間的に評価した場合どれほどのものであろうか。


「何当然じゃ。わらわのほうじ茶は上手いと評判じゃからの」


 と、当然の事のように言いながらも誇らしげな顔をする。


「まぁそれでな青葉あおばの事じゃが、あやつは恐らくじゃがしばらくは主に対してそっぽを向いた態度をとるじゃろうが気にせんといてやってくれ」


「はぁ……? わかりました。何故かはよくわかりませんけど、はいそうします」


(狐娘でモッフモッフ……フッこれだけで眼福ものよ。ぐふふふふ)


 と、心のなかでゲスな考えをめぐらす俺であった。


「どうじゃ? ここからの中庭の眺めは」


「なんか【ザ・和風】って感じでとてもいいかと」


「ほっ感想にすらなっとらんぞ、ぬしよ」


 そうして少しの間くつろぎ、心の邪気が少し晴れたような気がした。

 すると彼女は立ち始めた。


「さてぬしよ、そろそろわらわは行かねばならんでの。何大した用ではない」


「そうですか」


「! そういえばぬしにまだこの屋敷の案内をしとらんかったの。いかんいかん、呆けておったわ。代わりの者を呼ぶでな」


(代わりの人? もしかしてさっきの青葉あおばさんか?! 楽しみですなぁ)


 そう言い彼女は廊下の方へと向かいふすまを開け、やや上に顔を上げて吹き抜けの方を見てこう言った。


「おーい! 喜久彌きくやおるかぁ?」


(キクヤ? 喜多方ラーメンみたいやな)


「はいはーい! 呼んだぁ? 狐朱こあけちゃん♪」


 と、足音といった音もなく現れた謎の人物。その外見は煤竹すすたけ色――カフェオレみたいな色――の髪と毛並みを持っており、およそ身長が百七十センチメートル以上と見える。俺の身長百六十五センチメートルを優に超える。顔はイケメンで髪型はショートヘアー。今着ている服はベージュ色のはかまである。


(なっ何やこのイケメン!!! え!? 男!??!? 男なんか?!?!?)


「まったく……ぬしは変わらんのぉ」


 と、少し呆れた感じで喜久彌きくやに言う。


喜久彌きくやよ。此奴こやつにこの屋敷を案内してやってくれ。わらわは少し用があるでな」


「ふーん……そうなんだ。いいよ! ボクは全然構わないさ」


「さてぬしよ。この屋敷についてはこの喜久彌きくやに何でも聞くが良い。ではの」


 そう言い残して彼女は去っていった。俺は俺で目の前の高身長なイケメンを前にして硬直をしっぱなしである。


(嘘やん……男おったんかここ……ちょっと期待した俺がバカだったわ……)


 誰しも男であるならば一度は夢見るであろう、夢のモフモフハーレムが潰えてしまったのだった。

 そんな俺の落胆をよそに彼は話しかけてくる。


「さて、君は……あぁ君が瀧ケ崎たきがさき 時哉ときやくんだね! 聞いてたろうけどボクの名前は喜久彌きくやだよ。よろしくね♪」


 目前の爽やかイケメンはそう語る。俺は緊張で少し噛みながらも返事をする。


「よ、よろしくお願いします」


「そんな固くならなくてもいいよ。さて、色々と案内してあげるから。ほら」


 と、喜久彌きくやは俺に対して手を差し伸ばした。


「手、繋いでいこうか♪」


「あっはい……え」


 と、言われるがままに手を握ってしまったと同時に俺は小さな声で驚愕した。


「じゃあ行こっか♪」


 ◆


「ここがトイレ……ここがお風呂場……ここが……」


 と、屋敷の主に生活する上で必要な場所と俺が借りる部屋等を紹介してもらった。

 しかし、少しだけ問題があった。


「ねぇ君ってさ。どこから来たのぉ? 普段は何してるの?」


 と、結構色々と甘い口調で質問してくるのだ。野郎に関心を持たれても嬉しくねぇぞ、コノッ! という思いは失礼とは分かっていながらも脳裏をよぎる。

 やけにボディタッチも多い気がする。


「あははは、えっとまぁ普通にそこの街に住んでいて、普段は特にこれというのはないですかね? ははは……」


「……」


 と乾いた笑い声が木霊する。

 すると何故かズイッとこちらに顔を近づけて向かい合わせになりそのまま壁際まで押される。


(!? 顔が近い! なぜ!?)


「ねぇ君さ、もしかしてだけど……何か勘違いしてない?」


「……っへ? な、何のことでしょう」


 すると彼は何故か左手で俺の胸を触り、そのまま撫で下ろし俺の腹の横にその手を添えた。


「ボクのこと、男の人・・・って思ってない?」


「え? 違うんですか?」


「酷いなぁ……よく勘違いされるから、こんなにも熱烈にアピールしてたのにさ。そういう事言っちゃうんだ」


 彼女の目が少しギラついたような気がする。


(!? マジッ!! 女の人だったん!! やっべぇミスったぁ。それよりもなんか怖いんですけど、このままなにかされそうで怖いッ! 怖すぎるぅ!!)


「ボクね、君にはさ。ボクのこと傷つけた償いとしてさ。ボクの心を癒して欲しいんだ」


「えっっっっとそれはぁ……一体なんなんでしょうかねぇ、ていうか今すぐ!?」


「そうだねぇ今すぐがいいかなぁ?」


(や、ヤバいこの感じ……だっ誰かぁ男の人!! 男の人呼んでぇ!!)


「そんなに可愛い顔しないでよ。ほら、これ」


 と、彼女が俺に渡してきたのは「ブラシ」であった。それを目にした俺は目が飛び出たまんまる顔になっていただろう。


「これでボクの尻尾を手入れして欲しいんだ。」


(……!!!!)


「じゃあボクの部屋にでも……って! あれ君!? どうしたの!?」


 俺はそのまま頬を赤らめたまま気絶した。なぜ俺が気絶したかは言うまでもない。そう狐娘のあの触りたくて仕方がなかった濃厚なモフモフを合法的に触れるチャンスが舞い込んできたのだ。そのあまりの嬉しさと興奮が俺の脳を焼き切ったのである。


「あちゃーこれはちょっとからかい過ぎたみたいだねぇ。青葉あおばちゃんあたりに怒られちゃうなぁ……まぁいっか!」


 そうして俺はそのまま抱き抱えられて俺の部屋まで運ばれたのだった。

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次回予告 モフモフ尻尾食堂

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