第4モフリ モフモフ尻尾食堂


 記憶……それは儚くも遠くない場所にある。今俺はを見ている。


「ahiof6afnfsnc!?!?」


「iiiiwh2ad5bwdajdaf!」


「onooo68ond!?!」


 何かが聞こえる……声のような何か……だけどよく聞こえない……誰だろうか……全体的に靄がかかってよく見えない白い世界に数人の人が立っているように見える。アレは……? おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は目を覚ます。そこには見知らぬ天井と見慣れない景色が写っていた。


「ん、んー? ここは……」


 目覚めてから1,2秒が経ってやっとすべてを思い出す。

 今までに何があったのかを。


「そうだ! 俺! プールで溺れたんや!」


「チガウぞ」


「え? あ、君は……?」


 そこにいたのは赤い髪の狐娘だった。そう名前は確か……。


青葉あおばさん……ですよね?」


「あ? なんでお前が……あぁそうかだいたい察した。アイツから教えてもらったのか」


「えっとそれで……私は一体?」


「あーなんだお前は、夏バテで倒れてたんだよ」


「そう、だったんですか」


 どうやら俺は夏バテで倒れ、そのまま俺の部屋へと運ばれたらしい。

 気の所為か何か別の要因のような……?


「気ぃつけろよ、喜久彌きくやは男誑しで女誑しだからな」


「あんまり真に受けんじゃねーぞ」


「あぁーははは、確かにそのようですね」


「たくっなんでアタシがこいつの看病なんぞ……」


 言われてみたら、頭に濡れたタオルが乗せられていた。

 どうやら看病してくれていたみたいだ。

 それとそれなりに時間も過ぎていた。


「とにかく! もう元気になったな! アタシは帰る……それと! もう夕飯だからダイニングに来いよ!」


 と、そう言い残して彼女は去って行ってしまった。うーん……中々の低音ボイス、実に感服だ。

 なんとかしてでも尻尾のモフリを体験したい!! 体験会を開きたい!!


「さて、こうしてる訳にもいかないし! とっとと出ますかなぁ」


 そうして俺は起き上がり、背を伸ばし、部屋の扉を開けた。


(よくこの屋敷を観察してわかったが、全てが和風ではなくそれなりに現代的な家の構造があったり、機械があったりと全てが全て古いというわけではない。本当に今風おしゃれ和風の旅館みたいだな)


(それに、もう一つ。この屋敷どこまで続いてるんだ?)


 この屋敷を回ってみるとわかるのだが、限りがないのである。広いという言葉では収まりきらないほどの規模。果てのないその最奥の闇。

 その暗闇に魂を吸い込まれそうな……。


(下手したら無限に続いてる廊下かもな……)


「部屋には困らないって点では便利だが、距離感とか無くなりそうだぜ」


(俺……何してんだろ。なんとなく歩いてるが何もないし、今何時だろう?)


 そうしてスマホを取り出してロック画面の時刻を見た。


「なんだこれ!? 時計の数字がものすごいスピードで減ったり増えたりと不規則な動きをしてやがる!」


(これじゃ使えないな……)


 そうしてどうしたものかと思い悩みながらスマホをポッケにしまう。

 すると背後から声が聞こえてくる。


「おーーい! 君ーー! そこで何してるのーーー?」


 俺は声のする方へと振り返る。その声はここに来てから一度も聞いたことがない声だった。そこにいたのは薄紫色の髪と毛並みを持ち駱駝らくだ色の肌――やや褐色系――の狐娘。

 右目は金色の瞳であったが左目には骸骨の立体的な模様の黒い眼帯をつけていた。服装はオフショルダーの薄水色の横縞よこしま模様にデニムの短パン。その髪型は短髪で襟足は左右にわかれて跳ねていた。


「あー! そのー! 迷ちゃってー!」


 そう言いながら俺は彼女の下へ近づく。


「あーあ! そーなんだ! それで君……誰?」


(ウグッ!?)


 俺に向けられた眼差し。それは目の前にいるものが人間を殺すことなぞ容易というオーラを感じ取るには十分だった。俺の心臓が1拍強く鳴った。回答を間違えたら死ぬ、そう感じて唾を飲み込むのだった。


「……俺の名前は瀧ケ崎たきがさき 時哉ときや狐朱こあけさんに連れられてここに来ました。……夜食を取るためにダイニングルームを探しているのですが、どこにあるかわかりますか?」


「ふーん……そっか! そうだったんだね。ごめんねちょっと意地悪したみたいで」


「私の名前は翠蓮すいれん、よしくね。それじゃあ、案内と迷わないためのここでの歩き方を教えるからついてきなさい」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


 どうやら一難去ったようだ。それにしてもここまで見かけた狐娘の毛色はみんなバラバラだったなぁ。うーーーん、楽しみが広がリングですなぁ。

 そう俺が悦に浸っていると彼女は説明をし始める。


「あのね、ここには無数の扉や襖、そういったものがずーと並び続けている。これじゃあ移動には不便だよね? でも大丈夫、行きたい場所をしっかりとイメージしたらそこにはたどり着ける。そういう場所なんだよ?」


(そうか、そうだったのか……って! あの誑し女! 大事なこと教えないで適当に案内したなァアアア!!!)


 そう俺が喜久彌きくやに対して怒りの感情を心の中であらわにしていると彼女は何かを発見する。


「おや、もう着いたよ。ここの扉だね。」


 その扉は黒い大きな両扉であった。重厚感溢れるその扉からは気品さえ感じた。


「じゃあ入ろうか、青年?」


「はい!」


 そうして扉が開かれると、そこに広がるのは赤黒い長机とセットで椅子が規則的に幾重にも置かれており、床は木のフローリングや扉の近い方に石床と二分化されており、その部屋の奥には全面にびっしりと硝子が張られ、その先には苔に満ちた石や木があり灯籠と少しの池があった。

 しかしその隣には夜景で紅葉の木やそのほか新緑の木が下からライトアップされていた。この日の時間や季節を無視した光景には所謂、異世界感というものを感じざるを得なかった。


 そのプレミアム感に俺は目を奪われた。


「えぇー! すっげぇ……何すかこれ。いやーすごいなぁ」


「さて、じゃあ行こうか多分あそこだ」


 そう言われ心当たりのある場所へ彼女は俺を連れて行く。

 すると他の子の姿が見え始める。


「おーい! おっせぇぞ、この野郎! 早くこぃ……ゲェッ! 翠蓮すいれんを引き連れてきやがった!」


「何だい青葉あおば? 私がいると何か不都合でも?」


「いや、そぉじゃねーけど。……てっきりお前はまだ寝てるもんだと思ってたぜ。」


「心外だね。基本寝てることは認めるが冬眠というわけではないからね。腹を満たすため、起きもするさ」


(いつも寝てるんだ。どうりでフラットな格好なわけだ)


翠蓮すいれんちゃーーん! ボクを無視ないでよぉ。寂しいじゃないか」


喜久彌きくや。君は少し自重すべきだと思うけど?」


「それは無理だねぇ。ごめんねー、代わりにイイコトしてあげるからさぁ」


「君のそれは勘弁しておくよ。それとここに来るまで青年は迷っていたようだけど?」


「あぁ? ここの仕組みは喜久彌きくやが……まさかお前! 禄な説明もなしにまたナンパしてたなぁあああ!」


「あぁー、そうだったっけ? いやいやゴメンねぇ。時哉ときやくーん寂しかったろ? 怖かったろ? 代わりにボクの胸で泣いていいからさぁ」


 呆れた顔で青葉あおばがそれに対し反応する。


「へッない胸でよく言うな。それにお前、酒飲んで来たろ!」


「有るか無いかは関係ないさぁ。大切なのは心の拠り所だよぉ?」


 二人の会話に翠蓮すいれんも少し呆れた口調で喋りだす。


「全く。まぁそこ座ろうか」


 そうして俺が席につくと、翠蓮すいれんが人を呼ぶ。


酒膳しゅぜんーッ、ちょっとお願ーい!」


 そう誰かの名前を呼ぶと奥から人が現れた。白い狐面を付けた黒髪ロングのパッツン切りで左右に長い横髪が垂れていて、割烹着を着ていた。彼女も狐娘のようだがかなり背が高い。割烹着には孜孜忽忽ししこつこつと書かれていた。


「私達はいつものを、この青年には……まぁ洋食がいいか?」


「あ、はい。それでお願いします」


 すると女性は少しお辞儀をしたのち、厨房へと向かっていった。


「あのー、酒膳しゅぜんさんでしたっけ? あの人は……」


「あぁ彼女はなんというか。ここの料理長というべきか。長といっても配膳とかするのは彼女が操る絡繰り人形だけどね」


(はーーん。人形を操作するタイプかぁ、ええのぉ)


 そう俺が感心していると、面倒くさいものに絡まれて困っているといった様子の青葉あおば翠蓮すいれんに話しかける。


「たくッ、おいこの酔っぱらいをどうにかしてくれ! さっきから口が止まらなくて仕方がねぇ!」


「そんな事言わないでよぉーー、もうちょっと楽しくお話しようよぉーー」


「はぁ……喜久彌きくや。あなたは少し離れた席に座りなさい。」


「えぇーー、そんな殺生なぁーー!」


 そうして翠蓮すいれんが指を鳴らすと、喜久彌きくやの位置は変わっていた。少々離れた机にだ。


「ぁああ! もういいもん! ボクはここにいるもんねぇーー!」


 酔っ払ってるせいか昼で見た時と全く違いすぎて、正直驚きである。

 尻尾……、体験できなかったなぁ……。

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次回予告 ゆらりと揺れる尻尾の影を追う

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