第72話
「……なによ。」
なによ、って。
「どうせ君は、
ここには戻ってこないんでしょ?」
ここには、ね。
「あのね。
君、無神経だから言っておくけど、
友達なんて、無理だから。」
そう?
「そうだよ。
身体、欲しがっちゃうんだから。
少なくとも、新しい恋で、上書きできるまではね。」
それも歌になる?
「……っ。
なるわよ、なる。
哀しいことにね。」
お仕事、辞められなくなっちゃったね。
「誰のせいよ?
次々、紹介オファーが来るんだけど。」
まぁ、飽きたらやめればいいと思うよ。
もともと、そのつもりだったんだろうし。
「……勝手なことばっかり言って。」
はは。
ほんと真面目だね、彩音さんは。
「……っ。」
少女倶楽部の解体、
もうちょっと時間をかけたかったんだけど、急いでたから。
「……いいよ、もう。
君が何をしてくれていたか、
少しだけは分かるつもりだから。」
よかった。
「……もう少し、説明してくれたって。」
真面目なままの彩音さんでいて欲しかったから。
「……なに、それ。
ずるい。ひどいよ。」
でもさ。
高野さんみたいな彩音さん、想像したくないよ。
「……それは、なんていうか。」
でしょ?
だから、これでいいんだよ。
洋楽、買えるようになったでしょ?
「……うん。
思ったより、詰まらなかったけど。」
ああ。
確かになぁ……。
面白い洋楽って、80年代後半は減ってくんだよね。
イギリスですらだいたい出尽くした後だし。
「でも。」
ん?
「隠さなくていい、っていうのは、
ありがたい、かな。」
……うん。
そうだね。
「君の名前を晒した歌詞、書くぞ。」
わ。
「……ふふ。
いいよ。いい。
……
うん。
……
ありがとう、藤原純一君。」
*
「あら。
珍しいわね、純一君が外に出てるなんて。」
「でしょ?」
「うん。
あ、見たわよ、兄さんの。」
あ、そう見るんだ。
さすがブラコン。
「おかしかったわ。
ひとりだけ浮いちゃってて。」
「あれで若作りしてたつもりなんだけどね。」
もう40近いのに、無理しちゃって。
真美と天河と琉莉の背がちっちゃいから余計に。
だからLittle Princessなんだけど。
「変わった曲よね。いままで聴いた事なかった。
細かい技術が隙間なく詰め込まれてたけど、兄さんが作ったの?」
無言で頷く。
広い意味ではそうだから。
「……でも、ベース、巧かったなぁ。」
コードを外さない範囲でのテクニック、手数の塊みたいなリフに次ぐリフ。
いや、貴方のイヤミな兄君のお陰でリードギター、だいぶん霞みましたからね?
まぁ、壁でいてくれたほうがかまってちゃんは成長するだろうけれど。
「兄さん、生き生きしてた。
……やっぱり、そうさせてあげたかったんだよね。
純一君が。」
「……うん。」
「……ふふ。」
「ん?」
「最初に逢った頃、思い出したの。」
「あぁ。」
二周目の世界では、
沢埜梨香と、藤原純一は、まったく交わらない関係だった。
沢埜啓哉が事務所に入れた白川由奈の彼氏だから親しくしようと思ったわけで、
白川由奈が敵対事務所と見なされたBWプロに入ったわけだから。
初対面の梨香は、文字通り、人を寄せ付けない孤高の女王だった。
「随分、酷いこと言ったなって。」
「それはお互い様だよ。」
ただただ、互いを傷つけあうだけ。ほとんどレスバのようになっていた。
効果を狙ったとはいえ、スマートではなかった。
RTAとはそういうものだとはいったところで。
「……ふふ。
でも、純一君の言う通りだった。
あの頃の私、兄さんのロボットだったから。」
結果的にだが、この言葉は、
一周目とほぼ同じ時期に引き出すことができた。
順番、まったく逆だったが。
「絵の件、どうして気づいてたの?」
これも答えから逆算するパターン。
「御前崎社長の帳簿見たら、怪しい動きがあったからね。
売り先を逆算していったら、出てきた。
そんなトコ?」
「……ふぅん。」
うーん、このカバーじゃ納得しなかったか。
ひょっとして、俺、カバーかけるの下手?
「事務所の合併は、最初から?」
これは、俺の秘策だった。
業務提携ではなく、最初から合併を狙ってしまえばいい。
絵で揺さぶりをかけたのも、FFの発売前にカタをつけたのもそのため。
「うん。
由奈を芸能界に入れた瞬間から考えてた。」
「どうして?」
「沢埜梨香と、
一緒に仕事をしたかった。」
「……あはは。
だったらなんで、兄さんの誘いを断ったの?」
「啓哉さんに、由奈を奪われたくなかった。」
「……そ、っか。
そういうこと、ね。
なんか、わかる。」
……。
「……そうね。
いまのほうが、よかったかもね。
兄さんも、私も。」
……。
「あの昏い地下室で、純一君が、兄さんにギターを渡した時、
この人、なに考えてるんだろ、って思ったけど。」
……はは。
あれは本当に無理をした。RTAだから。
ある意味、最大の賭けだった。
「……でも。」
「……。」
「私、これからどうしよっかな?」
あぁ。
自由なんて、はじめてのことだろうから。
「あ。
いっそ、
うーわ。
それ、梨香ルートのエンディングパターン。
「……だめよね。
一緒に暮らしてくれる人もいないし。
一人じゃ、さすがに寂しいから。」
「……。」
「あはは、うそうそ。
由奈に嫌われちゃう。」
……。
ほんと、どこを取っても綺麗な人だよなぁ…。
当然か。天下人だもの。
「ね、純一君。」
ん?
「なに?」
「私から、
たったひとつだけ、お願いしていい?」
*
「……。」
はは。
なんていっていいか、分からないな。
「……本当に、やり遂げられたんですね。」
ああ。
雛は、やっぱり。
「あなたが、由奈さんを渡さなかった時に、
私も、気づいてはいたんです。」
……。
「でも、信じられなかった。
これまで、ずっと、ずっと、ずっと、
裏切られ続けてきましたから。」
……。
「うまくいくと思った次の瞬間には、すべてが壊れ去る。
何度も、何十回も、何百回も。」
……。
「……ふふ。
だから、私は、
あなたの身体のすべてを知っています。」
……だろう、ね。
ただひたすら、ヤっていたわけだから。
「……
啓哉さんの事件の時から、ですか。」
「……きっかけは、仰る通りです。
でも、純一さんなら、ご存知でしょう?」
あぁ。
それは。
「白川由奈さんが、
芸能界に入ろうとする瞬間から、です。」
……。
それで言うと。
「由奈を誘わない、
っていう選択肢はなかったんですか?」
「……試しましたが、
啓哉さんが直接、お声がけするだけです。」
……あぁ。
そういうこと、か。
構成要素の一つに組み込まれていたんだ。
「……雛さん。
貴方には、言葉に尽くせないほど辛い思いをさせましたね。」
色々なオトコに隷属させられるのは、雛だ。
何千回も、何万回も。
「……そうお思いなら、
身体で慰めて下されば。」
っ。
「ふふ。冗談ですよ。
そんなことをしたら、また中に入ってしまいます。
私達が出た筈の、輪廻の中に。」
……あぁ。
確かにそれは、恐れなければならない。
この世界の引力は、どこで働くか分からないのだから。
「……。」
ん?
「いや。
私、これから、歳をとってしまうんですね。」
……あぁ。
「あれほど逃れたかった筈なのに、
ほんのちょっと、もったいないなって思ってしまいます。」
……そういや、性欲の権化だったわ、コイツ。
「……ふふ。
冗談ですよ、ちょっとだけ。」
……ちょっと、なのかよ。
「……沢埜啓哉に、恋をしなければ、
こんなことにはならなかった。
でも。」
……。
「藤原純一に、
あなたに、
逢えなかった。」
……。
「……
もう、そんなことを言えない歳ですけれど。」
「まだ28じゃないですか。」
「薹が立ちすぎてますから。」
どこがだよ。
「とてもお綺麗ですよ、雛さん。
これからはじまるんですよ、すべて。」
「……
ひどい人ですね、相変わらず。」
え。
っ!?!?
ふわぁっ!?
……ぞわわわわわわっ!!!!
「ふふ。
これくらいはいいでしょう?
ずっと、待ち望んでいたんです。
あなたの身体を。」
ひ、ひっ!
「……嘘ですよ、少しだけ。」
……あぁ、
なんか、めっちゃ嵌りそうだった。
おぞましいくらい、身体の相性がいいんだわ……。
「ふふ。
いつでも戻ってきて頂いていいんですよ?」
……そうならないようにしよう、絶対に。
でも。
「ありがとうございます、雛さん。」
どんな形であれ、
三日月雛が藤原純一を支えてくれたことは、間違いがないのだから。
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