第71話
あれ。
「……来て、たんだ。」
「……ああ。」
高野真宮。
敵方の親玉、悪の総本山。
「……六カ月?」
「あてずっぽだろ。」
「はは。
うん。」
「……ったく。」
マウントを取りたがる性質、根っからのヤンキー体質、
人前で姿をコロリと替えるサイコパス。
どう考えても、コイツを救うなんて、
気の触れた沙汰だと思いはしたが。
「……その、ありがと、な。
オマエがやってくれなかったら、逃げらんなかったと思うから。」
高野真宮の得意技は、夜伽営業だった。
テレビ局のプロデューサー達を手練手管にかけていた頃、
テレビ局の上層部が、約束を裏切って中に出した。
一周目の世界では、
御前崎社長は、事実の全容を掴んだ上で、
相手方の事務所に対し、煙草の不祥事だけを開示して解雇を示唆した。
そのはずが。
真宮を犯したテレビ局の上層部が、念のためにとリークしたのだ。
若いアイドル達の乱交の姿を。
高野真宮は反発し、テレビ局の上層部を個人的に脅し上げた。
テレビ局の上層部が泣きついた先が志偶組であり、そして。
……まぁ、帰結については推測が混じるけど。
一周目の段階でこれを調べきるってのは絶対に無理だったと思う。
「最初は、ホント、
やべぇ奴来たって思ったんだけど。」
まぁ、客観的に言ってやべぇ奴だったよ。
BWプロとの契約締結の直後、少女倶楽部の楽屋に殴り込み、
高野真宮を煙草の写真で連れ出した上に、腹パンしたのだから。
「ああしなきゃ、喋ってくれなかったでしょ。」
「そうだけど、
もうちょっと違うやり方あったろ。」
「あったけど、遅くなった。
時間がなかったからね。」
RTAだから。
このオンナが、生きてさえいれば良かったから。
好かれる必要は、なかったから。
「……ったく。
マジでわっかんねぇ奴だな。」
世伽営業で種を貰っちゃったのは一周目と同じ。
構成要素の一部なのか。
ただ、
「親御さん、どうするの?」
一周目と決定的に違うところ。
親子関係がレッド状態から薄ピンクくらいにまでは落ち着いている。
「……息まいてやがるよ。訴訟してやるんだって。
ま、そのカネでこのガキ、せいぜい育ててやんよ。」
……歪んだ愛情だなぁ。
まぁ。
「子ども、芸能界に入れないほうがいいよ。」
「たりめぇだバァカ。
こんな腐りきった世界、絶対に御免だね。」
親と喧嘩した腹いせ。
高野真宮にとって、芸能界入りは、ただそれだけの理由だった。
「あ、おはようございますぅっ!」
……この変わり身の早さ。
「……向きすぎてるよね、高野さん。」
「……殺されてぇのか。」
「腹パンしたら、子ども死ぬよ?」
「ぶっ!?!?」
……ははは。
コイツ、ほんとこれからどうなるんだろうなぁ。
*
「文月君たちのバンド、
初演、大成功だったようだね。」
「みなさまのお陰を持ちまして。」
「……ホントにね。
いいのかい、隼士。こんなところにいて。」
「……少しならな。」
「まさか、あんたが
塩谷の後継指名を受けるとはね。」
「……ワンポイントリリーフだ。
あのガキが大学を出るまでのな。」
「まだ4歳だろ。
簒奪できそうなモンじゃないのかい?」
「そうしたら、アイツらが一斉に牙を剥くだろうな。
そもそも、俺のガラじゃない。
ただ。」
「やらなければ殺される。
そういうことかな?」
はは。
はっきり言うなぁ。メガパンモブの彼女は。
「……そう言い切ったのはコイツだけどな。」
あら、こっちに御鉢が向きますか。
「無理ですよ。向こうからすれば、芽を潰しておくのは当然です。
沢埜兄妹を一流の芸術家に育ててしまった時に、
運命は決まってしまっていたんですよ。」
「……。」
「クラシックでもやってくれればよかったんでしょうね。」
「そのつもりで育てたんだがなぁ……。
ギターなんぞはじめちまいやがって。」
あぁ。そういうこと。
「ロンドンで引き離せると思ってました?」
「……ったく。」
あはは、やっぱり。見えてなかったんだなぁ。
傍流とはいえ財閥家の猶子である沢埜啓哉が、ギターに没頭してしまった意味を。
「そもそもな、
時任主税の件、どうして俺に持ち込んだ。」
それはもう。
「自覚して頂くためですよ。
あの頃の隼士さんの力では、抑え込める対象ではなかったわけですから。」
そう。
1987年1月の時点で気づいても、遅すぎた。
1986年4月にぶつければ、
一番時間が必要だったのは、隼士さんだったんだから。
「テレビ局の野郎の件も、俺に持ち込みやがったろう。」
「あれはまだ簡単なほうでしょ?
御前崎社長が気を使って持って行かなかったから。」
「ワタシは絵の件があったからね。
とても言い出せやしなかったよ。」
あぁ。
そういやそうだったなぁ。
絵の件なんてもう、懐かしいくらいだわ。
「よかったじゃないですか。
芋ずる式にいろいろ出てきて。」
「……そりゃそうだけどよ。」
高野真宮、安邊菜奈の副業先を追求していった副産物。
志偶組と手を結んだ一部の芸能事務所が、実質的な高級娼婦斡旋所と化しており、
テレビ局関係者が秘密厳守の場として紹介しまくっていた。
報道関係者に個別のコネクションを創るには、
ほどほどにちょうどいいネタになったろう。
なにしろ、金銭で脅したわけではないのだから。
「何人かは、破滅してもらいましたしね。」
世界の外の構成要素は、いくらでも取り換えが効く。
はっきりいえば、世界のコアにまで波及していかない人間ならば、
いくらでも滅ぼしていい。
トラック同士の交通事故でも世界は滅ばないが、
核融合施設に軽自動車が突っ込めば、世界は滅ぶ。
そのルールにもう少し早く気づいていたら、
RTAはもっと効率的だったかもしれない。
「……なんてガキだ。
お前のほうがよっぽど向いてそうじゃねぇか。」
「いいえ、全然。
まったく、これぽっちも。」
目標がはっきりしていたからからできたこと。
外に出た世界の行く末など、分かり様がないのだから。
「……しかし、
君はどうして、時任主税が元締めだと分かったんだい?」
これを教えてもらったのは貴方なんですけれどもね、メガパンモブの恋人さん。
ただ、答えさえ分かってしまえば、
「わりと簡単でしたよ。
そもそも、古手川氏ではないことはわかりきっていましたし、
顧問料としては、異常な額でしたからね。
古手川氏が、何かを隠していたことは明確ですし、
その隠れ蓑で、何をしていたかを探せば良かっただけですから。」
それっぽいことは、言えてしまう。
「僕にはどうも、それだけじゃない気がするがね。
まぁ、早く分かってくれて良かったよ。
隼士さんが側面支援をしてくれなければ、
逮捕まで漕ぎつけられたとはとても思えない。」
側面支援。
警察官僚もズブズブだった、高級娼婦斡旋所の真実。
「まぁ、司法取引だな。」
ふふ。
まぁ、言い方次第では確かにそうなるな。
実在した危機や、治安政策への活用の是非、左右政治家の偏見、
はては某大国の陰謀までもが渦巻く「7年前の真実」には直接は触れず、
ロッカーに麻薬を流していた元締めと、その組織だけを司法の場に晒し、
ギターに罹った呪いを、音楽そのものの力と、
テレビ局関係者への個別の脅し文句を使いながら、少しずつ解いていく。
世界の因果に逆らわず、
世界のベクトルだけを、変える。
この戦術に基づく成果が継続するかどうかは、すべて、これからだ。
一度きりのトライで、解くことをなによりも優先するRTAは、
何千回のロードを重ねながら取りこぼしなくスチル100%を目指す解法とは違う。
因果の外に出た世界運用の、少なくとも一端を担うのは、ココにいる人々だろう。
「にしても、純ちゃんも大きくなったねぇ。
ワタシに向かってあんな口のきき方をした子は初めてだったよ。」
「そうですか?」
「そうさ。
自分の彼女を持ってきて、
『この娘を僕に預けて下されば、沢埜梨香を超えさせます』なんて。
なに言ってるかサッパリだったね。」
あぁ……イミフすぎるよな、やっぱり。
俺、あの頃、いろいろ焦ってたからなぁ。
なにしろ、一度きりのチャンスなんだから。
「早くしないと、沢埜啓哉に獲られそうでしたからね。」
「だとしてもだよ。
奏太の友達じゃなきゃ、おっぽり出してたがね。」
奏太の有用な使い方って、つまるところ、ここだけなんだよな。
あとはマスコット。スクリーンセーバー。
それで十分役に立ってた。
「で?
古手川んとこの事務所を解体したら、
純ちゃんは、これからどうしたいんだい?」
あぁ。
それは、もちろん。
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