最終章

第70話


 ……やぁ。

 

 「おう。」

 

 ……やってくれたね、なにもかも。

 

 「なにもかも、じゃ全然ないがな。

  ただ、お前の望みは叶ったろ?」

 

 ……そうだね。

 これで、良かったんだ。

 

 「ああ。」

 

 ……まさか、とはね。

 

 「お前がそうしろって言ったんだろ。」

 

 ……そうだったかな?

 もう、分からないけれど。

 

 ……

 の前に、

 皆を、見て廻るかい?

 

 「……ああ。」


*


 「変わったよね、純一。」

 

 「何が?」

 

 「だって、街なんて、出歩かなかったじゃん。」


 「警備担当としては、不安?」

 

 「うん。

  めっちゃ大変。」

 

 「でも、事務所に籠ってるよりは刺激があるでしょ。」

 

 「……まぁ、そうなんだけどさ。

  あ。見て。」

 

 あぁ。

 ストリートギター、か。

 ちゃんと客も、聴いてくれてる。

 

 「……変わったんだね、本当に。」

 

 ……そう、だな。


 「……ねぇ。」


 ん?


 「純一。

  どこへも、行かないよね?」


 ……はは。

 さすがに鋭いな、白鷺楓花。


*


 「……純一、君?」

  

 ……あはは。

 黒のカーディガンに赤チェックのネクタイって、御洒落なお勤め服だなぁ。

 ホント、ただのモデル。


 「はい。」

 

 「事務所にいるんじゃ、なかったの?」

 

 「今日はちょっと、出てみようかと。」

 

 「そう。

  嬉しいな、私のところに来てくれるなんて。」


 RTAの最初は、御崎さんだった。

 メガパンモブの対演劇部評価は出鼻から最悪だったので、

 二・三の事実関係だけで演劇部からの退部はスムーズに進んだ。


 ストーカーは、メガパンモブから潮間さんを紹介して貰いつつ、

 物証を固め、容赦なく警察沙汰にした。

 御崎さんの意向によって起訴猶予処分で落ち着き、内定先への通知は見送ったが

 裏では相当強く脅しを掛けておいたので、あれからは何も起こっていない。


 メガパンモブ夫妻をアゲまくったので、一周目ほど依存はされていない。

 と、思う。思いたい。

  

 「……

  真美さん達の衣装合わせは、進んでますか。」

 

 「……やっぱりお仕事のこと?」

 

 「すみません。」

 

 「……いいわ。

  ちゃんと、できてるよ?

  『ギタリストっぽいけど、可愛い衣装』って、難しいんだから。」

 

 「御崎さんのセンスは抜群ですからね。」

 

 「……もう。

  口、巧い子に育っちゃって。」


 ……そうしないと、死ぬからね。

 御崎さんが。


*


 「あっ。」

 

 「や。

  ……お父様、逮捕されちゃったね。」

 

 「……うん。」


 一周目では、栗栖琉莉は、

 高野真宮一派に無理やり煙草を吸わされ、番組降板へ追い込まれる。


 その時。

 無理やりとはいえ、琉莉が、

 他事務所のアイドルに煙草を吸わせている姿も撮られてしまった。


 そのアイドルの名は、古手川慶子。

 古手川琢磨の、実の娘だ。

 表向き、仲たがいしていたようであっても。


 (そっちこそ、どういうつもりかね。

  沢埜の小せがれ君。)


 あれは、琉莉を、俺が、

 囲い込んでいることに対してだった。


 (は、

  って、)


 あの内容も、分かる。

 Twilight Artsが繋がっていたのは広域暴力団の志偶組。

 高野真宮が古手川氏の怒りを買い、志偶組に処分されたと思い

 その矛先が、自分に向くと考えたなら。


 わかるわけがない、なんてことはなかった。 

 なのだ。

 ちゃんと、琉莉とコミュニケーションを取っていたら。


 今回は、

 高野真宮は、そもそも、存在しない。


 ただ。

 

 「その、

  わたし、いいの?」


 琉莉の父親の暴力団は、別の事件を起こしていた。

 ある意味では、この世界の根源に最も近いところで。

  

 それでも。


 「親の罪は子に着せない。

  近代法の鉄則。」


 なにがあっても護ると、きめてしまっておけば。

 

 「……でも。」

 

 「何か言ってくる人がいたら、

  そのドラムを叩きつければいいんだよ。」

  

 「……

  うん。

  そう、だね。そうする。」

 

 「あれ。」

 

 「ん?」

 

 「いや、琉莉ちゃん、

  ちょっと痩せたかなって。」

 

 「……プロデューサー。」

 

 あれ、褒め言葉にならないのか。

 

 「衣装がね、合わないかなって。」

 

 「……大丈夫。

  もともと、そう、変わんないから。」

 

 「ふふ。」

 

 「……なに?」

 

 「いや、なんでもないよ。

  がんばってね、頼もしいドラマーさん。」

 

 「……

  うん。」


*


 「え。」

 

 「や。」

 

 「い、いらしてたんですかっ。」

 

 「晴れ舞台だからね。

  舞台袖だけでもって。」

 

 「こ、光栄ですっ。」


 真美ほどじゃないけれど、

 この子もひたむきな努力ができるタイプだ。

 本当は作曲、作詞能力があるから、そっちを早く出したいけど。

 

 「これだけお客さん入ってれば、

  しばらくお給料出せるかなぁ。

  バイト代くらいにしかならないけど。」

  

 「……。」


 ああ。こういう冗談、通じないタイプだわ。

 なんでも真に受けちゃう。

 

 だから。

 希望を、持たせる。


 「ふふ。ここは、出発点だから。

  もっと多くのお客さんを集められるように、

  月城天河のギターを、思いっきり奏でておいで。」


 「!

  はいっ!」


 はは。

 ムーンストーンの瞳、キラキラと輝くよなぁ。

 実家の両親を招待してることは内緒にしとこ。


*


 「っ!?

  な、なんでっ。」

  

 「見に来ないと思った?」

 

 「だ、だって。」

 

 「一応ね?

  デビューくらいは、ちゃんと見ないとって思うわけ。」

  

 「……。」

 

 「どう?

  沢埜啓哉に怒られない程度にはなかったかな?」

  

 「……っ。」

 

 はは。

 あいつ、音楽に関しては鬼だからな。

 隼士さんも、なまじっか会社なんて持たしたりするから。

 

 「ま、いいことだと思うよ。

  君、天狗になりやすいからね。

  それで小学生の頃から嫌われたわけだから。」

  

 「!」

 

 文月真美の人間関係、そういう理由だったんだよなぁ。

 それで情操がぐちゃぐちゃになっちゃったっていうか。

 

 「い、いいでしょそんなことっ。」

 

 「そうだね、どうでもいい。

  君が転ぶと全員が死ぬから、

  せいぜい、ちゃんとやってね?」

 

 「あ、あんた、

  これから表に出ようって演者に

 

 「できない?」

 

 「や、や、やってやるわよっ!!

  ほ、ほえづらかかせてやるからっ!!!」

  

 コイツの操縦はこんな感じ。

 構成要素、マジで何も変わってなかった。


*


 「やぁ、青年。」

 

 それを言ったらコイツもそうで。

 

 「若作り、してます?」

 

 「一応、気は使うさ。

  まわりは10代の女子だからね。」

 

 「そんなバンドのベース、

  よく受ける気になりましたね。」

  

 「他にいないからな。

  ちゃんと弾ける奴が。」

 

 まぁ、それはそうなんだけど。

 単に、表舞台で弾きたいだけじゃないのか?

 

 「……古手川氏から、謝られたよ。

  7年前のことについてな。」

 

 啓哉が犯人じゃないと分かっていながら、

 犯人であるかのように警察当局を強く誘導したのは、古手川だった。

 なぜなら。

 

 「自分が疑われてましたからね。

  絶対にやってはいけないことでしたが。」

 

 古手川こそが、警察当局から疑われていた。

 エレキギター奏者では、国内トップレベルだったから。

 彼の立場からすれば、顧問料は、

 警察機構に対する個人的な身元保証料の側面もあったのだろう。

 

 「彼の立場になったら、僕はどうしたろうな。」

 

 「ならないと思いますよ。

  隼士さんも、梨香さんもいますから。」

 

 「……そうだな。

  彼も……、いや、もう、よそうか。

  

  目の前のステージを考えよう。

  言葉はもう、要らない。

  そうだろう?」

 

 「はい。」

 

 歯の浮くような台詞、

 ナチュラルに平然と言うんだよな、コイツは。

 ギターやってない頃は嫌味製造機だったのに。


*


 「……プロデューサー。」

 

 あれ。

 

 「来てたんだ。

  てっきり、来ないものかと。」


 「……。」


 花園愛はモデルに、

 安邊菜奈はニュースキャスターのアシスタントに

 それぞれ転身した。

 

 そちらのほうが、適性があるから。

 そっちのほうが、面白そうだから。

 

 っていう説得で、元締め夏田靖を落とせたんだから。

 最初からこうしときゃよかったのになぁ。

 

 ……ま、思いつかないか。

 世界の設定そのものを弄ろうなんて、誰も思わなかったわけだから。

 

 「まだ、未練あるの?」

 

 「……よく聞けますね、そんなこと。」

 

 引導を渡したのは俺だからな。

 ブチ切れられて熱いお茶、顔にぶっかけられたけど。

 そんなことで怯むわけないんだわ。RTAだもの。

 

 「……わかってるんですよ。

  才能がなかったことくらい。」

 

 「努力もしないでよく言うね。」

 

 「…っ!?」

 

 はは。

 持ち上げられてきたもんだから。

 こうやって落とすと、ただ恨まれるだけなんだけど、

 こっちのほうが数倍早いもんだから、つい。

 

 「ま、その顔できるなら、

  お芝居もできそうだけど。」

 

 「……え?」

 

 「あぁ。

  別に、ほかのことやっちゃダメなんて、

  ひとことも言ってないからね。」

 

 「!?」

 

 「ただまぁ、若さだけを売りにしても、

  いいことはひとつもないよね。

  野垂れ死にするだけで。いっぱい見てるでしょ?」

 

 「……。」

 

 こいつらにはね、

 恨み言をぶつけられるくらいでちょうどいいんだよ。

 言い寄ってくるオトコなんて、腐るほどいるんだから。


*


 「プロデューサー君。」

 

 ああ。

 

 「ハレサカさん。」

 

 「春坂よっ!」

 

 伸びないネタだけどやっちゃうな、これ。

 って。

 

 「華菜、さん?」

 

 「はは。

  バレたぁー?」


 「いいんですか? 売れっ子がこんなトコにいて。」

 

 「んーんー。

  てーさつしてこいってさ。」

 

 はは。

 んなこと、露骨に言うって。

 

 「夏田さんの指示ですか。」

 

 「そーそー。

  パクれ、盗め、なんでもやれー。

  はははは。」

 

 ……なんだろうな。

 この娘、敵方なのに、憎めなかったなぁ。

 

 まぁ、夏田靖氏放送作家は誰の味方でもなかった。

 少女倶楽部の混乱も、ただ、面白いからやってるだけだった。

 ある意味最もタチは悪いが、そうとわかってれば、躱しようがあった。


 「プロデューサー、おはようございます。」

 

 あぁ。

 

 「ありがとうございます、奈緒さん。

  いらしていたんですね。」

 

 ディスカバーライフレコードで

 奈緒さんが販促に当たってくれることになった。

 沢埜梨香の事務捌きと兼務だから、相当な激務になるが、

 今日のパフォーマンスで予算がつくようになったら、

 専属スタッフを獲れる。それまでの繋ぎだ。


 「それはプロデューサーのほうでしょう。

  ふだん、こういうところにいらっしゃいませんよね。」

 

 「そうだぞ?

  いつも社長室の隣に部屋持って、

  私達を呼びつけてたじゃない。」


 ……はは。

 説明が難しいな。

 

 「今日は、晴れの舞台ですからね。

  見に来るくらいはいいかなと。

  でしょ?」

 

 「……そんな時だけ、私を使うんだから。」

 

 はは。

 平時の楓花の使いどころってここだよな。

 

 「にしても、激しい曲だね。

  ガールズバンドなのに。」

 

 あぁ。

 

 「そうそう。

  ギターの音も重ためだし。」

 

 「聴いたことないかんじだけど、

  でも、なんていうか、ノれる。」

 

 だろうね。

 だって、だもの。

 

 啓哉の奴、驚いてたよなぁ。

 もともとは啓哉のアイデアなんだけど。


 ……はは。

 そういや天河、シンガーソングライターだった。

 声を喪ってなきゃ、ちゃんと、通る声を出せる。


 あぁ。いい声だ。

 ギターに載せるために産まれてきたような、

 透明なのに焦燥感を感じる、優れたティーンエージャーボーカルの声だ。

 

 売れる。

 知名度も、話題性も、楽曲の新奇性も、ポピュラリティも揃ってる。


 やっと。

 やっとこの国の音楽を、先に進ませられる。

 一気に、世界水準をはるかに超えて。

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