第64話

 


 「うん。

  知ってた。」


 

 ……

 

 は?

 

 「う、ううん。

  その、こんなおおきな話は、ぜんぜん知らなかったけど、

  純一君が、隠そうとしてたことって、

  なんとなく、こういうことなんじゃないかなって。」

 

 あ、あぁ……。

 

 「……どうして気づいたの?」

 

 「……あの、ね。」

 

 「うん。」

 

 「……わたし、このお部屋で、

  啓哉さんに、レッスンをつけてもらってたの。」

 

 あぁ。

 そうか。気づけよ俺。

 ここ、由奈にとっては立派なトラウマ部屋じゃねぇか。

 

 「う、ううん。

  大丈夫。それは大丈夫なんだけど。

  啓哉さんがね、ギターを避けてるっていうのは、

  なんとなく、わかってたの。」

 

 ……ああ。

 それは、わかっちゃうか。

 啓哉の一番近くにいたわけだから。

 

 「で、わたし、一回だけ、聴いちゃったの。

  『ここ、ギターとか、入れないんですか?』って。」

 

 ぶっ!?!?

 

 ……あはは、雛、固まってる。

 そうだよなぁ。俺も固まるよ。

 白川由奈、ほんとうに底が知れない。

 

 「怒るのかな、って思ったんだけど、

  すごく、哀しそうな顔をしてた。

  なにも言ってくれなかったけど、なにか、わかった気がしたの。」

 

 ……あ。

 

 「それは、『Assorted Love』の?」

 

 「うんっ。

  だからね、できあがったものを聴いた時、

  あ、純一君だな、ってすぐわかったの。」


 あぁ……。

 だから。

 

 「文月さんのバンドと共演するって決めたのは、

  それに気づいてから?」

 

 「うん。

  そうでなくても、真美ちゃん、お友達だから。」

  

 う、あ。

 出たよ、白川由奈の一方的なお友達ムーブ。

 向こうがどう思ってるか知らねぇぞ?

 

 「……よかった。

  いろいろ、聞けたから。」

  

 「……由奈。」

 

 「うん。」

 

 「このことを知っている、というだけで、

  君の命が、危ないかもしれないよ。」

  


 「うん。

  いいの。」


 

 「っ!?」

 


 「だって、知らないで死ぬよりも、

  ずっといいから。」


 

 「……!!」

 

 「あのね?

  クリスマスイブのコンサートの時、

  わたし、ほんと、息、止まるかと思ったんだよ。」

 

 あぁ……。

 ぜんぜん、ケアしてなかったな、そういえば。

 

 「病院も面会謝絶だって言って。

  気が付いたら病院、抜け出してたし。」

 

 ……。

 

 「純一君、危ないんだな、って。

  だから、わたしも、狙われてるんだろうな、って。

  クリスマスコンサートをやってから、

  クイーン催事会社とか、ディスカバーレコード会社の人、ビクビクしてるから。」

 

 ……あぁ、雛、顔を仰いでるなぁ。

 俺に知られたくなかったってことだわ。

 

 でも。

 

 「背に腹は代えられない、ですか。」

 

 「……どちらも、です。」

 

 だろうな。

 だからこそ、ガンマレコード移籍のブラフに効果があったわけで。

 

 「だからね、

  知らなくても、知ってても、狙われるの。

  だったら、知ってたほうがいいなって。」

 

 ……。

 そう、か。

 

 俺は、この瞬間まで、

 とんでもない勘違いをしていたのだろう。

 

 3月3日まで、と。

 由奈や、梨香は、絶対に死なないと。

 

 ……奈緒さんがびくつくのは当然のことだった。

 俺は、まだどこか、この世界のを信じようとしてしまってる。

 俺こそが、その輪廻の外へ出ようとしているというのに。

 

 「……やれやれ。

  白川由奈君、清楚を気取っていると思ったが、

  随分と面白い娘だね。」

 

 本人を前に面と向かって言いますか、貴方。

 さすがメガパンモブの彼女。

 

 「残念ながら、清楚も地ですから。」

 

 「そうなのかい?

  まぁ、演技臭さがないのは凄いなと思ってたよ。」

 

 ふふ。

 

 「……この件、下手に裏を取ろうとすると難儀だね。」

 

 だろうな。

 元官房長となれば、OB会を牛耳れる立場にいる。

 政治家とも懇意にしてるだろう。

 こういう立場だと、「元」のほうが都合がいいことが、遥かに多いのだから。


 「三日月さん、でよろしかったかな?」

 

 「!

  は、はい。」

  

 雛、自分が指名されると思ってなかったな。

 

 「御社の社長とのアポイントをアレンジしてくれないかな。」

 

 あぁ。

 そう来るか。

 

 そして雛、めっちゃ考えてる。

 

 「……いいんじゃ、ないの。」


 うわ。

 楓花、こんな声、出すんだ。

 人を殺そうとする時の声だな。

 

 「どっちみち、ケリをつけないといけない。

  それは、もお分かりだと思う。」

 

 あの方、か。

 隼士さんを指していないことは明白だな。

 

 あ。

 

 (雇い主が)

 

 (会長)

 

 使い分けてたな、そういえば。

 つまり、楓花の雇い主は

 

 「……わかりました。

  一両日中には、必ず。」

 

 雛がそう伝えると、メガパンモブの彼女は一瞬、顔をしかめ、

 そして、納得するように頷いた。


 おそらく、それでは遅い、という顔なのだろうが、

 捜査権を振りかざすわけにもいかないのだろう。

 そもそも、こっちは容疑者でもなんでもなく、ただの協力者だ。

 雛からしても、隼士さんの日程調整の隙間に押し込むのは一大事だろうし。


 対外折衝を終えた雛は、

 くるんと由奈の側を向き、敏腕マネージャーの顔になった。 


 「由奈さん。

  アイドルは、ファンの夢に支えられています。

  ファンを心を壊さないことは、大切な責務です。」

 

 由奈が一瞬、迷った顔をした。

 あぁ、そうか。


 「由奈。」

 

 「……うん。」

 

 「何か、どうしても言っておきたいことがあるんだね?」

 

 「!」

 

 「……うんっ!」

 

 ……あはは、あってた。

 闇に落とさずに済みそう。

 

 

 「あのね、

  わたし、新しい曲が欲しい。」



 ……

 あぁ、やっぱり。

 

 「『Snowflakes』は、駄目なの?」

 

 一応、聞いてみるだけで。

 

 「駄目じゃないよ?

  あれはとってもいい曲。

  

  でも、あの曲じゃ、

  わたし、梨香ちゃんに、勝てない。」

 

 う、あ。

 見破、られた。

 

 「あの曲は、啓哉さんの曲。

  啓哉さんが、わたしに、こうなって欲しいなと思った曲。」

 

 ……なる、ほど。

 由奈から見ると、そういう解釈が成り立つんだ。

 そういえば、『Snowflakes』に関しては、誰がどういう意図で書いていたか、

 ゲーム上ではまったく解説がなかったな。

 

 「もちろん、歌える。

  でも、わたし、梨香ちゃんじゃない。

  譜面を見てすぐに、あんな風に歌えない。」

 

 ……

 たしかに。

 解釈込みで、そのまま録音できるようなレベルだった。 

 あれはもう、天才の域だ。



 「わたし、勝ちたい。

  どうしても、梨香ちゃんに、正々堂々と勝ちたい。

  

  たとえ、負けるにしても、

  最初から負けが分かっている戦いは、いやだ。」


 

 ……あはは。

 出たよ。白川由奈のスーパーハイスケール意識が。

 


 「わたし、純一君が、ほしい。

  純一君の曲が。」

 


 ……あぁ。

 こう、言われっちゃうとは。

 

 ……はは。

 そりゃ、そうだ。


 安易な逃げ道で、

 輪廻の外なんか、出られるわけないじゃないか。

 

 彩音や啓哉に作らせている曲とは、訳が違う。

 梨香に対しても、編曲を行うだけ。


 俺自身が、

 由奈のために、

 一から、曲を、作る。


 一線を超える行為だ。

 この帰結がどうなるか、いよいよ想像がつかなくなる。


 ……めちゃくちゃなプレッシャーだ。

 通常業務、全部潰さないといけない。

 

 それでも。

 由奈に、望まれたのなら。

 

 「梨香さんに伝える。

  それは、いいね?」

 

 一瞬だけ戸惑った目をした後、由奈は、力強く頷いた。

 すべての憑き物が落ち、

 あの、澄んだ瞳が、俺を捉えて

 

 「お話はそこまででよろしいですね?」

 

 「!?」

 

 …はは。

 雛、限界だったな。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る