第62話


 「おはようございます、純一さん。」

 

 ああ。

 

 「おはようございます、雛さん。」

 

 ひさびさに見るな、この形で。

 

 雛は今日、由奈の付き添いで地方営業に出る筈だが、

 どうしても直接報告する必要がある、と、

 俺に、通告してきていた。

 

 ちょうど良かった。

 俺、雛にあるんだよ。

 

 ぴりりりりりりっ。

 

 「?」

 

 ほら。

 

 「はい。

  ああ、守衛室の。

  

  はい、

  

  え?

  こんな、早朝からですか?

  

  はい。

  それは、構いませんが、

  少々お待ちください。」

 

 雛が、くるんとこっちを振り向く。

 リアル見返り美人像。


 「藤原常務。」

 

 やっとわかったけど、

 雛って、業務案件とプライベートを分けるタイプ。

 

 だから、これは業務案件であり。

 

 「潮間様メガパンモブの彼女水無瀬様奏太がいらっしゃいました。

  常務に、火急にお話することがあるとのことです。」

 

 「お呼びしたんですよ。

  お通しして下さい。」

 

 「は、はい。」


*


 「やあ。

  済まないね、朝っぱらから。」

 

 メガパンモブの彼女は、いい意味でも悪い意味でも常識の通じないところがある。

 なるほど。美人でも変わり者だから、

 メガパンモブくらいしか付き合ってくれなかったかもしれない。

 

 ただ、

 めちゃくちゃに優秀な人であり、

 そして。

 

 「……ねむいよぉ。」

 

 じゃぁなんで来たんだよ、奏太。

 

 「だ、だって。」

 

 

 「あはは、

  眠いよね、奏太君も。」


 

 え。

 

 ……えっ??

 


 「由奈、さん……?」



 地方のFM放送の公開放送が


 「どうしても、っていう時は、

  録音テープ送ればいいって、梨香ちゃんが教えてくれた。

  お仕事、空けてないよ、雛さん。」

 

 ……この二人、しっかり意思疎通してたんだった。

 どんなドロドロの展開になっても、破局の直前まで。


 「しってるんだよ、わたし。」

 

 白いコート姿の、

 いままで、見たこともない白川由奈が、

 俺の前に、立って。

 

 

 「純一君、

  何か、わたしに隠してる。」


 

 ……由奈と最後にちゃんと話したの、いつだっけ。

 ルールセッターになれば、意思疎通の齟齬がなくなるって、

 思ってたんじゃなかったのか。

 仕事の調整は自由にできるって、考えてたんじゃなかったのか。

 

 由奈を、押し上げることに、

 世の中に広めることに必死になって、俺は。


 「……わかってるよ。

  わたしがそう、言っちゃったから。」

 

 (わたし、梨香ちゃんに、勝って、

  春のグランプリ、獲るから。)

 

 ああ。

 そうだ。

 

 そうだ、けれども。


 でも。

 どうして。

 

 「……雛さんが、『今日は大事な話し合いがある』って言ったから、

  なにかあるんだな、って思っただけ。」

  

 ……あ。

 

 出たよ、ジェニーの意外な落とし穴シリーズが。

 

 ……はは。

 あはは。

 

 「ふ、藤原常務?」

 

 「これはもう、隠せませんよ、雛さん。

  白川由奈ですよ? 底が知れなくて当然じゃないですか。」

 

 「……誠に申し訳ありません。」

 

 「由奈。」

 

 俺は、ゆっくりと椅子から離れると、

 白いコート姿の由奈の、正面に立った。

 

 「うん。」

 

 これだけは、誤解してほしくなかったから。

 

 「みんなが由奈に知らせたくなかったのは、

  いまのままでいて欲しいからなんだよ。

  みんなが、由奈を愛しているからなんだ。」


 心の有り様を替えたくはなかった。

 ありのままの由奈でいて欲しかった。

 そのために、すべての工作を仕込んできた。

 

 でも。

 

 「聞きたいんだね、どうしても。」


 「うん。」


 ……俺は、由奈の彼氏として、

 由奈の願いを叶えるために、ここにいるのだから。


*


 「お客様にこのようなところにお座り頂き、

  誠に心苦しいのですが。」

 

 愛の巣レッスン部屋

 防音性能ではに次ぎ、

 セキュリティチェックがもっとも行き届いた場所。

 

 「あのベットは?」

 

 「……。」


 あぁ。

 俺、あのベットに座ってればいいんじゃ。

 

 「……。」

 

 あぁ、はいはい。没ね。

 そういうとこ、融通が利かないよね1980年代。

 椅子ひとつ開けようと思っただけなのに。

 

 って、雛は立ってるのか。

 ほんと律儀だなぁ、秘書モドキは座って

 ……あ、立たされた。不満そう。

 

 促されて、由奈が秘書モドキの椅子に座る。

 って、秘書モドキ、所属タレントを立たせようとしてたのかよ。

 形だけでも所属意識持てよ。

 

 まぁこれ、流れ的には。

 

 「では、雛さんのほうからご報告を。」


 俺が仕切るしかないわけで。

 

 ここまできて、悩むか。

 それだけの内容なんだろうな。

 

 「……。」

 

 「一応お知らせしますが、

  潮間さんはいます。」

 

 「!」

 

 ま、それくらいするんだよ。

 やったのは秘書モドキだけど。

 

 「……失礼いたしました。

  

  ……わかりました。

  では、こちらを。」

 

 俺だけに書類を渡す。

 もともと一部しかなかったんだから当たり前。

 

 ……なるほど、ね。

 

 「顧問の天下り、ですか。」

 

 「はい。」


 警察出身者を芸能事務所で受け入れること自体は、別段珍しいことではない。

 イベント対応の交通整理からタレントのトラブル処理、各種法的問題への対処、

 裏社会との関係云々を考えれば、ある種、当然だろう。

 

 問題は。

 

 「時任主税氏、

  元・警察庁官房長。」

 

 キャリア中のキャリア。

 警察組織の中では、ナンバー3の地位にあった。

 役所の中枢的な外郭団体か、民間超大手企業に受け皿がある人で、

 芸能事務所なんかに天下るような人じゃない。

 

 「報酬は年間2600万円。

  相場感からすれば少々少な目ですが、

  芸能事務所が支払う固定給としては破格です。」

 

 確かに。

 まして顧問料だから、異常値だ。

 

 しかも。

 

 「これ、裏の財布があるわけですね。」

 

 「……はい。」

 

 そこまで調べ尽くすのがBWプロ。

 伊達や酔狂で一か月かかったわけじゃない。

 

 で、と。

 これが、その中身の報告書で

 ……

 

 「……。」

 


 う、わ。


 

 ……なる、ほど。

 これは、確かに。

 目を疑うとは、このことか。

 

 考えて、しまう。

 いろいろと。

 

 御前崎社長は一流の策謀家であり、これは娘と看板歌手の恩義案件だ。

 絶対にガセネタを渡すことはない。

 

 ただ。

 

 「これ、紙にして良かったんですかね。」

 

 「原本は残さなかったと。」

 

 ……はは。

 そりゃそうだ。これ、地球破壊爆弾クラスだもの。


 御前崎冬美は、命がけの仕事をしたんだ。

 ごまかすことも十分にできたろうに。


 どうして。

 

 「隼士さんに預けましょうか。」

 

 「……。」

 

 あぁ、燃やせと。

 まぁ、そうだろうな。

 御前崎社長の身の安全のためにも。


 まぁ、確かにおかしいとは思ってはいたんだよ。

 イメージが悪すぎるといっても、実態をある程度伴わなければ、操作もできない。

 

 (……そんな奴、いる?)

 

 先入観ぬきに考えれば、

 俺の時代の基準からいえば、だった。

 

 

 

 ……。

 メガパンモブの彼女、興味津々って顔だな。

 ま、そのために来たんだろうけれども。

 

 「では、

  先に潮間さんにお話頂きましょう。

  雛さん。」

 

 「……はい。」


 燃やさせるほうが先なんだよね。

 これは、存在してはいけない文書だから。

 

 「御心配無用です。

  必ずお伝え申し上げますので。」

 

 知らなかったほうが幸せかもしれないけど。

 

 「では。」

 

 雛が処理をはじめるために席を離れたのをしおに、

 メガパンモブの彼女に振ってみる。


 「ああ、仕方ないな。

  去年の終わりに君に話をしてから、

  少し、本格的に調べてみたよ。」

 

 ふむ。

 

 「まず、ラジオ局に送られたテープの録音版を入手した。

  そのラジオのファンだった聴取者が処分し忘れていたらしいね。」

 

 「し忘れていた?」

 

 「あぁ。分からないか。

  そのラジオを聴いていたことが知られると、大変だったんだよ。」

 

 あぁ。

 某宗教団体のテープをネタで持ってると信者と勘違いされたようなものか。

 

 「で、その録音テープを、

  水無瀬君に文字起こししてもらった。」

  

 ……だからこんな丸っこい字なのか……。

 奏太、おまえ、絶対に性別間違って生まれたな……。

 

 ……あぁ。



 『俺はぜってぇに死なねぇぞっ! 

  蘇ってやつらをぶち殺してやるのさぁっ!』


 『刑務所に集合だっ! やつらをぶっつぶしてやれ!』



 ……奏太の丸文字のせいかもしれないけど、

 なんか、思ったより。

 

 「そう。

  叛乱の激というには、やや軽いね。」

 

 なるほど。

 ネタとして放送しちゃったラジオ局の立場もわかるな。


 「で、

  それに呼応して動いたリスナーは確かにいた。

  その証言がこれ。」

 

 って、これも丸文字か。

 奏太の使い方巧いなぁ。

 

 え゛。

 

 

 「刑務官から、撃ってきた??」

 

 

 発砲規則が厳格に定められた

 日本の治安機構で、そんなことあるのか。


 あ。

 あっ。


 「……気づいたね。

  その裏付けになる資料がこれだよ。」

 

 ……制服の大量発注の伝票。

 ただし。

 

 「偽物のね。

  ただ、仕様はそのものだったようだ。

  内部事情に精通した者でなければ、できない。」

 

 ……。

 

 おい、奏太。

 

 「ん?」

 

 お前、こんなこと知らないほうが良かっただろ。

 

 「そ、そうだけど。」

 

 ……怯えてやがるなぁ。

 

 「これ、御前崎社長や隼士さんに伝えたりは。」

 

 「し、しないよっ。

  だ、だってっ。」

 

 あ。

 しっかり統制してるのか、メガパンモブの彼女。

 よくできるな、奏太の統制なんて。


 ……と、いうことは。

 

 「まずは君から、だよ。」

 

 はぁ。促されちゃった。


 で、前回の情報と合わせるならば、こうなっちゃう。

 つまり、

 

 

  『警察機構による、自作自演。』



 あ、ハモった。

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