第60話


 「……ビンゴ。

  きみ、ほんとこういうのだけ勘がいいよね。

  なんでわかるの?」

 

 元ネタの先回りをしてるだけだから。

 

 アニメ版では、春フェスの数日前に、

 少女倶楽部出身の歌手が梨香に近づき、

 お茶に喉を潰す薬を混ぜて出演させなくする事件がある。


 少女倶楽部に無関心過ぎて忘れていたが、

 この世界は、アニメ版の大きなイベントは、

 だいたい1か月から1か月半程度早く起こっている。

 

 少女倶楽部出身の歌手、とは、アニメ版の通りならば安邊菜奈。

 しかし、今は安邊は警察の厳格な監視下に置かれている。


 と、するならば。

 安邊以外で、高野真宮の脅迫に屈しており、

 かつ、表舞台で梨香と接触できる存在は。


 「写真は抑えた?」


 「もち。」

 

 そういう表現あるんだ、この時代。

 

 「部長にもお知らせ済。」

 

 「助かる。」


 「で、突入する?」


 んー。どうしたものか。

 この判断と順番、絶対に間違えられない。

 

 って。

 あ。

 

 これ、アニメ版そのものじゃないんだとしたら。

 

 「奈緒さんを呼んでくれる?」

 

 「本人じゃなくて?」

 

 これから全国の視聴者の前で歌う戦天使をどうやって呼ぶ気だよ。

 たまにコイツ、頭おかしいんじゃないのかって思うが。

 あ、おかしかったわ。だって二次創作だもの。


*


 佐伯さえき奈緒なおさん。

 レコード会社所属の梨香のマネージャー。

 

 本来、レコード会社が、タレントのスケジュール管理を行うことはない。

 しかし、由奈の加入により、雛の仕事が多忙を極めていったこと、

 啓哉に忠誠を誓う雛と、梨香の関係が拗れたこともあって、

 遅くとも去年の7月くらいには、奈緒さんが梨香の日程調整を廻しはじめていた。

 

 先般の記者会見にも端っこに出ていたくらいなので、

 沢埜梨香の性格も、梨香を巡る一連の諸事情も熟知している。


 そして。

 1979年の事件を、目撃している。


 なので、世代的には、春坂菜奈に近い。

 雛よかちょっと上くらい。

 

 「……お呼びとお伺いしました、藤原常務。」

 

 レコード会社側の人なので、俺は、職名で呼ばれる。

 他人行儀とはまでは言わないが、それほど深い関係ではない。

 そもそも、十歳以上離れた、ガキにしか見えない俺に、

 敬語を使うのはストレスだろう。


 だからこそ、この件では、信頼が置ける。

 梨香に、忠誠を誓ってくれているわけだから。


 髪をひっつめた茶色の無地のコートと、

 生成りのナチュラルセーターもポイント高い。

 自分が前に出ないことを身体中で保証している。


 だから、

 こういうことを、頼めてしまう。

 

 「時間がありませんから、手短に。

  梨香さんを、楽屋へ戻す際に、

  と、二人きりになるように手配して下さい。」

 

 「っ!?」

 

 「おとり捜査、ですね。

  現行犯逮捕が一番都合がいいですから。」

 

 ……あはは、殺人犯に相対するような目をするなぁ。

 それくらい、梨香を大事に思ってくれてる人がいるのは有難い。

 なにしろ、肉親にすら無視されているのだから。

 

 「梨香さんの賢さと器量を信じられませんか。」

 

 「……ですが。」

 

 こういう声なんだよね。

 12月初旬に梨香に土下座してた時に聞いてたけど、

 雛よりの低い有能な秘書声ではなく、

 どっちかっていったら由奈よりの、この当時の女性らしい声。

 

 「お気持ちは理解できますが、御心配には及びません。

  大丈夫ですよ。」


 アニメ版は、梨香の心が壊れていたからこそ付け込まれた。

 精神を病んでいない梨香が、誘いの隙を作れる余裕を持てるとすれば。

 

 そう。


 「沢埜梨香なら、絶対に。」


*


 <おつかれさま。>

 

 <おつかれさま、梨香ちゃん。

  お茶、飲む? 疲れたでしょ。>

 

 <あ、うん。

  ありがとう。>


 <ほんと、梨香ちゃん、すごいなぁって。

  いつも、憧れてるの。>

 

 <そう、ありがとう。

  愛ちゃんの歌も、よかったよ。> 

 

 <……。>

 

 <あら、どうしたの?>

 

 <う、ううん。>

 

 <あぁ。

  私のこと、あまり知らないのね。>

 

 <ぇ。>


 <私、こういう時、の。

  触っちゃったけど、どうぞ。>


 <ぇっ。>

 

 ……はは。

 奈緒さん、エグイ仕込みを。

 

 <愛ちゃん、喉、乾いてるんでしょ?

  隣の男の子達、タバコの煙、凄かったから。>


 <……っ。>

 

 <どうしたの?

  せっかく、勧めてくれたのに。>

  

 <……ってるんでしょ。>

 

 <そうよ?

  わかってる。

  あなたが高野さんに脅されてるって。>


 <……!?>

 

 <清純派だものね。

  あんな写真あったら、

  せっかく無理言って出して貰ったレコード、台無しになる。>


 あぁもう、梨香、煽るなぁ。

 ヒヤヒヤする。

 っていうか、なんか写真、抑えてるのか。

 

 <さ、どうぞ。

  飲んでくださるわよね。

  なにもないんでしょ? 愛ちゃんが進めてくれたんだから。>


 ……ははは。

 さすがは病んでない沢埜梨香、めっちゃ怖い。


 だけど、

 これは、

 ちょっと、


 <……

  

  ぅぁぁぁぁぁっ!!>

 

 ほらぁっ!?

 

 がちゃっ

 

 「梨香さんっ!」

 

 どがっ!

 

 あ。

 楓花、もう、入ってたか。

 どんだけ身のこなし軽いんだよ。

 

 いや、斃したアイドルのボディ足蹴にしてVサインとか絶対要らないから。

 これじゃこっちが悪役だよ、ったく。

 

 ……ふぅ。

 なんとか、先読みで防げたか。

 狙ってのやつとしてははじめてだったかもしれない。

 梨香の煽り癖が強すぎることまで計算に入れていなかったけど。

 

 にしても、どんだけ悪いんだよこの世界の高野真宮。

 まぁこれで、尻尾を握ったわけだけど

 

 「そこのAD君。」

 

 え。

 俺、かよ。

 あぁもう。廊下でつっ立ってりゃ声かけられるか。

 さっさと楽屋に突入すべきだった。

 

 「なんでしょう。」

 

 っていうか、やっぱり、このシャツって。

 いま、こっち、なんの準備もないんだけどな。

 

 「煙草の火をくれんかね。」

 

 んもう。おまえも吸ってるのかよ。

 啓哉を見習ってくれよ。副流煙浴びまくるじゃねぇか。

 

 あぁもう。

 しょうがないしょうがない。

 、ADだもん、俺。

 

 「はい。

  ただいま。」

 

 パープルシャツの若作りオトコに向けて、

 煙草の火をつけてやると、

 

 「ふんっ!」

 

 をぅはっ。

 

 こ、コイツ、マジでやべぇやつだ。

 いきなり煙草の火を俺の肌に向けてきやがった。

 「柔肌にじゅー」喰らうところじゃねぇか。

 

 「……なんの、冗談ですか?」

 

 「そっちこそ、どういうつもりかね。

  沢埜の小せがれ君。」

 

 ああ。

 この世界の、のラスボスって感じになりやがったか。

 

 っていうか。

 あの写真を見た時から、

 こうなることはわかりきっていたわけで。


 

 「チーズケーキは御口に合いましたか?

  古手川総帥。」




浮気ゲーの主役に転生しちまった

第4章


了 

 

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