第59話
1987年1月1日。
梨香と彩音は、公共放送音楽祭の打ち上げ。
由奈はチャート番組の打ち上げ。どっちも年寄りの接待。
その後、仮眠だけでテレビとラジオの生放送正月番組を廻っている。
客観的に言って、地獄だ。
「アイドル事務所って晴れ着着て一緒に初詣に行くと思ってたけど。」
「そういうトコもあるんだろうね。」
そういう楓花も初日の出を見に行くタイプには見えない。
っていうか、ただのセーター着てるし。
いくらなんでも寛ぎすぎだろう。一応職場なのに。
「あーあ。
雇い主の命令さえなければ、私も初詣くらい行くのにな。」
と、恩を着せてくるから
「行けばいいと思うよ。
僕が行けって命令したって言えば。」
「納得してくれるわけないじゃん。」
あはは、おかしいな。
究極、敵方なのに。
「Tアーツのほう、めぼしがついた?」
「……それさぁ、元旦に女子に出す話題としてどうなの?
ほんときみ、どうかしてるよ。」
実務的と言って欲しいが。
「ほら。」
ん?
なに、このテープ。
「録音。
聞くなら、城のほうで聞いて。」
またおぞましそうなものを。
って。
「城の鍵、なんで持ってるの?」
沢埜家のプライベートスペースの筈だけど。
「忘れたの?
この建物、
あぁ……。
楓花にも渡してたのか、隼士さん。
オーナーパワーって店子にとってはおぞましいよなぁ。
「そのオマケだけど、さ。」
ん?
写真……。
ああ。
やっぱり、か。
「きみ、どうしてこういうほうには勘が廻るの?
ふだん、とんでもなく鈍ちんなのに。」
原作知識。
高野真宮、ほんっと悪い女だったから。
放送作家とファンの寂しいオトコどもに媚びまくっておきながら、
中身は反吐を出し尽くしても足らないクズ。
しかも最終的には少女倶楽部を踏み台にして某人気俳優と幸せに結婚したときた。
リアル鬱社会を反映しすぎのヘイトキャラ。しょーますとごーおん。
最もそれはアニメ版の設定であって、
ゲーム版はただのタチの悪い嫌な女で済んでいたが、
この世界の少女倶楽部がどっちに準拠してるかといったら。
「部長にお願いしといたから。
共演したら警戒するようにって。」
「助かる。
ありがと、楓花さん。」
そう。
アニメ版の展開を踏まえるならば、網を張っておくべきは。
ふぅ。
21世紀だと絶対落とせない奴だわ。
「……前から思ってるんだけど、
きみ、わたしを異性として意識しなさすぎじゃない?」
それはお前もだろうが。
そもそも、意識する要素、あるのかよ。
顔がちょっといい以外は人間凶器じゃねぇか。
ん……?
なんか、この左側のパープルシャツの中年男性、
見覚えがあるんだけど。
「あぁ、この人?
まさか、現物見たことなかった?
きみがずぅっと追っかけてる人だよ。」
なん、
だって?!
まさ、か。
この、人が……??
だって。
この顔、ちょくちょく見てたもの。
事務所勤めする前の話だけど。
*
1987年1月14日。
新春大型番組の狂騒曲が漸く峠を越えた頃。
チャート番組内で、事件は起きた。
「さぁ、今週は第3位から第1位をすべて開けます!
まず今週第3位!
『Assorted Love』、白川由奈さん、先週と変わらず!
続いて今週第2位!
『Emotional dependence』、柏木彩音さん、ツーランクアップ!
そして堂々の今週第1位!
『Fanfare of Fate』、沢埜梨香さん、V6達成です!」
ファンファーレが鳴り響く中、3人が同時にミラーゲートを潜る。
当たり前だが、この絵面は初めて見る。
アイドル系メディアや音楽雑誌だけでなく、
ラジオやテレビ、はては一般紙に至るまで、
新たなライバル関係の誕生に持ち切りになっている。
清純派筆頭の由奈。
シンガーソングライターに転身を遂げた彩音。
実力派アイドルの頂点を極める梨香。
全国の注目を浴びる三人が、同じ絵に入り込んでいる。
視聴率の押し上げ効果たるやおびただしい。
「まぁまぁようこそいらっしゃいました。
なんて華やかなんでしょう。
皆さんそれぞれ個性的なお召し物でいらして。」
「まず今週第3位の白川由奈さんですが、
どうでしょう、ライバルに抜かれてしまいましたが。」
「ほんと凄いですよね。彩音ちゃんは。
カッコいいです。」
「そう言われている彩音さん、いかがですか。」
「私、可愛くないですから。
倶楽部の頃から、目立たないほうでしたし。」
スイッチャーは表情筋だけで笑ってる
……やっぱり、か。
「由奈ちゃんがほんとに羨ましくて。
今日も一緒に並んで出るの嫌だなぁと思ってましたから。」
「お互いライバルですからこう、バチバチなわけですか。」
どうしてもそっちへ持って行きたいのね、皆。
「ぜんぜん。
今日も楽屋、一緒でしたし。」
「そうですよ。
彩音ちゃん、いろいろ、お話してくれますから。」
「そうなると、お互いの恋愛関係とかも話されたりなさいますか。」
「……。」
うわ、黙り込んだ。
目と目で互いをみあっては俯きを繰り返してる。
なんだこのぎこちない間は。動画で50万回くらい廻りそう。
「私もよく楽屋が一緒になりますけど、
二人で恋愛の話をしてるのはあまり聞いた事はないですね。」
「あら梨香ちゃん、ほんとお姉さんねぇ。
ちゃんとフォローして、えらいわー。」
「六週連続の第1位となりました沢埜梨香さん。
さすが絶対王者、余裕の表情ですが、まずV6のご感想は。」
「そうですね。
ここまで聴いて頂けると思っておりませんでしたので、
皆さんにただただ感謝です。」
ここで、第3位の由奈がステージ側に案内される絵が差しはさまれる。
由奈が一回だけ後ろを振り向きながらステージに向かう。
スタジオに残っているのは梨香と彩音。
「ここでハガキが来ておりますので読み上げます。
大阪府吹田市のペンネームにしきのさん。
梨香さんは、由奈ちゃんと彩音さんの
どちらが手ごわいライバルだと思いますか。」
フリルドレスの彩音が苦笑いをしている。
「二人とも、ですかね。」
「あえて言うなら。」
「どちらもですね。タイプが違いますから。
それぞれ私にないものを持っておられて。」
「もう一枚。
東京都杉並区のペンネームふうかさん。
恋のライバルとして手ごわいのはどちらですか。」
は。
「そうですね……。
お相手次第なので、私から申し上げることでは。」
「最後の一枚。
東京都目黒区のペンネームわかまゆさん。
本当に好きなら、略奪愛でも構わないと思いますか。」
っ!?
「お相手次第ですが、手順をしっかり踏むべきと思います。
関係が続いている中ではフェアではないと。」
「梨香さんの恋愛観にだいぶん踏み込めたと思います。
全国の視聴者の皆さん、手順が大事とのことです。
あ、準備、できましたね。
では、歌って頂きましょう。
まず今週第3位、『Assorted Love』、白川由奈さんです。」
……こ、これは……。
歌詞が、嵌りすぎる。
『Assorted Love』の世界、そのものになってきた……。
*
「あれ、絶対仕込んだでしょ。」
車に戻って来た楓花を問い詰めると、あっさり認めた。
「だって、八真田さんとバーターの約束でしょ。」
……そう、なのだ。
視聴率30%強のお化けチャート番組の筆頭ディレクター、
製作費を蕩尽することで有名な八真田隆三氏。
こちら側としては、この人にだけは、餌を渡さないといけない事情がある。
二人とも先週と同じくレコーディングスタジオからの撮影風景で良かったものを、
わざわざスタジオ出演に踏み切らせたのも、その一環。
彩音が由奈を抜いて2位まで浮上することは想定していなかったが。
由奈の筆頭マネージャーの雛の付き人扱いの楓花は、
テレビ局では話しかけられやすい存在になっている。
同時代の服装と、秘書風の話し方と躱し方を外面では備えるようになったので、
それだけ見ている人達には、ポンコツさや武闘派の真実は覆い隠されている。
だからといって。
「どこまで話してるの?」
「ん?」
「その、由奈や梨香さんの恋愛事情。」
彩音もなんだけど、ややこしくなるからカット。
「大丈夫。
きみのことは話してないから。」
「……固有名詞以外の全部を話しちゃったりしてない?」
「あはは、大丈夫だって。」
不安しかないな。
この作戦、とんでもない穴を抱えてるんじゃないか。
いいやもう、いったん忘れるしかない。
で、と。
「本命は。」
「……ビンゴ。
きみ、ほんとこういうのだけ勘がいいよね。
なんでわかるの?」
元ネタの先回りをしてるだけだから。
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