第56話

 

 「分かってないよ、ちっとも。

  じゃ、聞くけどさ、

  この事務所の中で、きみのこと好きなの、何人いる?」


 え?


 「ふ、二人?」

 

 由奈と、

 ……梨香。

 

 「ほら。」

 

 ほら、って。

 

 「ぜんっぜん違う。」

 

 「事務所内だよね?」

 

 「そうだよ。」

 

 「事務所外含めるなら三人だと思うけど、

  事務所内なら二人でしょ。」


 彩音のことは、気づかないわけにはいかなかった。

 ノーマークにもほどがあったが。

 

 はぁ。

 冷静に考えると、とんでもねぇことになってるな……。

 いまはだから、選んだりできない。


 御崎さんの二の舞だけは、絶対に避けなきゃいけない。

 っていうか、御崎さんもいるんだったっ。


 でもさぁ、俺、純一みたいな鋼のメンタルしてないんだよ……。

 うぁぁぁ、この状況、マジで落ち着かねぇ……。


 「……。」

 

 な、

 なんだよっ。

 

 「……

  きみ、ほんとに殺されるよ?」

 

 殺されかけたよ、こないだ。

 

 「はぁ……。

  護りがいがないなぁ。」

  

 なんてこと言うの。

 っていうか。

 

 「楓花さん、

  雛さんいる時、こんな態度してないね。」

 

 「そりゃそうだよ。

  部長、鬼コワだもの。」


 ははは。

 録音して聞かせてやろうか。


 「……なんか、悪いこと考えた顔してる。」

 

 おっと。

 さすが「察知〇」。

 ヘタなネタを考えられないな。

 

 「にしても、部長、

  ほんと忙しそう。」

 

 その雛部長をサポートするのがお前の役割の筈なんだがなぁ…。

 まぁ、俺の専属秘書兼ボディガードになっちゃってるわけだけど。

 これは二次創作の作者も想定できなかったはず。

 

 なんとかしないとなんだけど、

 Kファクトリーって、採用が特殊にならざるを得ないんだよね。

 もともとが隼士さんが作った啓哉と梨香の家族事務所だし、

 隼士さんの秘密を厳守できる奴じゃなきゃ、通せない。


 それに、梨香にせよ雛にせよ、人を見る眼は恐ろしく厳しい。

 新卒1000人受けさせても、普通に1000人落とすだろう。

 アニメ版では、40代くらいの男性が勤めていたが、

 梨香の厳しさに脱落してしまっていたし。

 

 雛にしても、攪乱される人間に入られるよりは、

 自分が忙しいほうがまだマシだと思ってしまうタイプだろう。

 

 そうだとしても、

 このシステムは、もう、持たない。

 

 「前から思ってるんだけど、部長じゃなくて、

  きみが直接レコード会社の人と話せば?」


 っていうバカのために解説すると。

 

 「レコード会社は法人の中では緩いほうだけど、

  アーティストならともかく、

  事務折衝の相手がただの大学生で信用すると思う?」

  

 「え?」

 

 ん?

 

 「きみって、アーティストじゃないの?」

 

 ないよ。

 零細企業の役員。それもまだ内定者。

 臨時取締役会を開く暇もないっていうね。

 

 「あのさ。」

 

 なんだよ。

 

 「アーティストって、何する人?」

 

 はぁ?

 

 「プロダクトを生み出す側。

  歌モノなら、作詞者、作曲者、演奏者に歌手。

  それを統括して楽曲のコンセプトやスタイルを決めるのがディレクター。

  英語圏だと、日本で言うディレクターがプロデューサーなんだけど。」

 

 「だからさ、

  きみって、そのプロデューサーってやつじゃないの?」


 だから、ない。

 ただの零細芸能管理事務所の事務系執行役員。

 なんでそういう発想になるんだよ。

 

 「だって、曲とか決めてるの、ぜんぶきみじゃん。

  部長、言ってたよ。新曲会議はぜんぶきみ頼りだって。」


 あのな。

 それは啓哉の特異な役割であって、

 新曲会議は……

 

 あ。

 

 え?

 

 ん…?

 そう、なる、のか…?

 

 (その、ぷ、プロデューサー)

 

 プロデューサーの定義からすると、

 いまの、俺、って。


 あれ。

 ひょっとして、俺って、めっちゃ鈍いの?


 ぴりりりりっ

 

 ん?

 

 がちゃっ

 

 「はい。

  Kファクトリーです。」

 

 名乗れよ。

 秘書検定、ほんとに取ったんだろうな。


 「あぁ、はい。

  わかりました。いま行きますので。」

 

 がちゃっ。

 

 「内線。

  きみに、お客さんだよ。」

 

 ……ん?


*



 「忙しいのに、すみませんね。」

 

 御崎さんと一緒にいる人影は二人。

 一人は、

 

 「……ほんとに、事務所なんだ。」

 

 なんだと思ってたんだよ、奏太。

 

 「本棚は置かないからね。」

 

 セキュリティホールを作る気はない。

 

 「本棚だけあってもしょうがないの。

  中身だよ、な・か・み・っ。」

 

 なんか、希少な洋書らしいな。

 御前崎社長、密かに買い揃えたりしてないだろうな。

 彩音の稼ぎをちゃんと還元してやってくれっての。

 

 で、と。

 

 「はじめまして。」

 

 潮間しおまみゆきさん。

 

 朝靄大学推理研究会、副代表。

 眼鏡が似合うパンツルックの知的美人。

 御崎さんと奏太の共通の知り合い。


 なにより、

 

 「陽介君から、君のことは聞いてるよ。

  澪ちゃんメガパンモブの妹のこと、ありがとうね。」

 

 俺がこの世界で密かに最も信頼するオトコ、メガパンモブの彼女。

 世間の狭さに恐れおののいてしまう。

 

 「たまたまです。

  こちらこそ、ご足労頂いて。」

 

 メガパンモブ、鷹司たかつかさ陽介ようすけって言うらしい。

 名前負けにも程があるな。

 

 「いや、大変な状況だと聞いてるからね。

  倒れたって。」

 

 誰? 

 奏太? 御崎さん?


 「大したことではありませんよ。」


 「そう? 

  君、だいぶん無理するって聞いてるよ。」

 

 だから、誰から。


 そこの秘書モドキ、興味津々な顔してないでお茶くらい出してくれんかね。

 ま、コイツにも関係することなんだけど。


*


 「日数も短かかったから、

  きちんと調べたわけではないんだけどね。」

 

 とかいいながら、ちゃんと要点はまとめてあり、

 年表までしっかりついてる。

 

 さすがメガパンモブの彼女、優秀だなぁ。

 御崎さんを預ける望みが完全に絶たれたわけだが。

 

 「君と同じ疑問を持った人は、いないわけじゃない。

  これが治療にあたった各医療機関のカルテ。

  で、これが当時の警察無線。」

 

 は?

 いきなりめっちゃインナーな情報が入って来たな。

 

 「あぁ、そのものじゃないよ。一応、公表はされてる資料。

  ちょっと怪しい専門誌だけどね。」

 

 あぁ……。

 確かに、なんでこんなもんが、っていうのは出たりしてたな。


 「要点を伝えるとね、

  『人が溢れていた』、っていう証言が多いんだ。

  襲撃した側も、防衛した刑務官や地元警察側も。」

 

 あぁ。

 つまり。

 

 「外から人が来ていた。」

 

 「そう。

  ただ、それだけならば、

  襲撃犯が多く来た、っていう話なのだけどね。」

 

 出してきたのは調書の写し。

 って!?

 

 「これはね、さすがに公表資料ではないんだ。

  出所は聞かないでくれるかい?」

 

 じ、地味にゲロヤバい人かもしれない。

 でも、まぁ、あのメガパンモブの彼女だから大丈夫に違いない、きっと。

 

 「で、要点をまとめたのがこれ。

  見てくれるかな?」

 

 どれ、どれ……。

 

 ん……。

 

 え。

 ん、ん……?

 

 「知ら、ない?」

 

 「そう、

  襲撃犯が解放を試みた筈の、

  伝説のロックミュージシャン、椎川雄次のことをね。」


 なんだ、そりゃ……。

 椎川雄次を救出するために刑務所を襲撃したんじゃないのか?

 

 「どうも、予想以上にきな臭そうな話でね。」

 

 あぁ。

 めっちゃ関心を持ってる奴がいるわ。

 

 だから、


 「知ってた?」

 

 楓花に、振ってみる。

 

 「……少し、なら。

  でも、こんな調書、知らない。」

 

 「おや。

  そこのお嬢さんもご関心がおありかな?」

 

 なんか、芝居が掛かってるな、メガパンモブの彼女。

 よく考えると、いくら中身が良くても、

 あの顔と付き合ってるってんだから、美女であっても変わり者なんだろうな。


 「……あ。」

 

 ん?

 

 「いや、そういうことだったのかなって。」

 

 もったいぶらずに言ってくれっての。

 

 「お父さんの同僚の人に訊ねた時、

  もちろんミュージシャンみたいな人もいたんだけど、

  どうみてもそうは見えなかった人のほうが多かったって。」

 

 「ほう。」

 

 「あぁ。

  この娘の父親、その事件の殉職者なんです。」

 

 「!?」

 

 「……それはご愁傷様だね。」

 

 すげぇ睨まれてるけどさ。

 

 「楓花さん、

  この人にそこ隠していいことある?」

 

 「……けど。」

 

 「多少は人を信用したほうがいいよ。

  事を成そうとするなら、なおさら。」

 

 「……。」

 

 「ふむ。

  ま、いま分かってるのはこれだけだよ。

  残念ながら。」

 

 どこがだ。

 視界がかなり開けた気がする。

 めちゃくちゃ優秀だな、推理研究会。

 

 「どう? どう?

  ボクも調べたんだよ。」

 

 「びっくりしたよ。

  凄いな、奏太。」

 

 「ふふん、

  そうでしょっ?」

 

 あぁ。

 なんか、無駄に和むな。

 

 「水無瀬君がやってくれたのはコピーなのだけどね。」

 

 「!?!?」

 

 「あはは、しっかり役立ってくれたよ。

  とても助かっている。」

 

 「そ、そ、そうでしょっ?

  ほらぁっ。」

 

 うわ。

 しっかり奏太使いこなしてやがるな、メガパンモブの彼女。

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