第55話


 「……でっかい借り、

  作っちまったようだねぇ、純ちゃん。」

 

 まぁ、そうなるな。

 

 「……はは。

  ワタシも、焼きが回ったかねぇ。」

 

 原作通りなら。

 イベントが、ある程度進んでたとするならば。

 

 「御前崎社長。

  先方と長いお付き合い、あったんでしょ。」

  

 「……。」

 

 Tokyo Angelのチャラ男こと城田ルバモア純日本人は、

 少女倶楽部のガヤとして出演したかまってちゃんの粗相を庇ってくれる。


 それでかまってちゃんはキラーンとしてしまうが、

 実は城田ルバモア、筋金入りの悪党で、

 かまってちゃんに恩を売ったのは溜まりまくったストレスを発散するため。


 それまでに信頼度が相当高くなっていれば、

 純一が助けられるわけだが、そうでもなければ、止められない。

 かまってちゃんは純一にアッパーカットを喰らわせて気絶させ、

 ルバモアの元へいって、地獄の蓋を開けてしまう。

 

 ごく普通にかまってちゃんはイカれた少年団共に輪姦され廃人になり、

 御前崎社長は純一を執拗に責めまくり、純一の精神は病み、身投げしてしまう。

 当然、由奈の精神は崩壊、以下略な連鎖バットエンドである。

 

 ちなみに、かまってちゃんの信頼度が一定以下だと、

 そもそもこのイベントは起こらない。

 なので、かまってちゃん放置は、ゲーム仕様でも、精神衛生上合理的なのだ。

 

 この世界の場合、少女倶楽部の解散は早まっているとはいえ、

 かまってちゃんがやらかしたイベントは普通にあったのだろう。

 それは御前崎社長の初動の遅さに影響は与えたと考えられはする。

 

 ただ、

 今回の場合、

 震源地は、ゲームと、ちょっと違う。

 

 「同性のマネージャーって、

  同性の自社タレントに対して粗相はしないんですけれど、

  他者の異性アイドルからのアプローチに弱いんですよね。

  まして、素人時代にファンだったりすると。」

 

 「……。」

 

 あ、気づいたのね。

 そういうことなんだけど。

 

 「……調べるさ。徹底的に。」

 

 この手の付けこまれ方は、この業界、ごく普通にある。

 由奈にとっての雛の存在は、芸能界では珍しいほうに入るだろう。

 そもそも、雛のようなマネージャーに恵まれること自体が稀有なのだ。

 ほんと、いろんな意味でロクでもないところすぎる。

 

 それ、と。

 

 「Tokyo Angelのほうですが、

  元・少女倶楽部の二人から、

  何らかの誘導が出ていたかを確認しておいたほうが。」

 

 スポットライトを浴びる柏木彩音への、逆恨みと復讐。

 アニメ版クラスの性格の悪さなら、ごく普通にあるだろうから。

 

 「……純ちゃん、

  この世界、向いてるよ。」

 

 ……嫌な適性だこと。

 

 「……

  真美の奴、

  指から血を出しても止めないそうだね。」

 

 あぁ。「能力爆発◎」の話ね。

 むしろ止めさせたほうがいいんだけど、

 この時代だと突っ走らせそうで怖い。

 

 「……どうやってあの娘に火をつけたんだい。」

 

 「さぁ。

  親子愛、でしょうか。」

 

 「……

 

  ったく。

  企業秘密かい?」

 

 赤裸々に喋ったつもりなんだけどなぁ。

 

 「あの娘をああ使われた挙句、彩音まで助けられちゃったら、

  ワタシも巻き込まれないわけにゃいかないってか。」

 

 うわ。めっちゃ策謀家。

 これで借り、ぜんぶ返したことにするつもりでいるよ。

 タレーランですか。


 ま、別にいいんだけど。

 もともと、そこまで恩を着せるつもりもなかったし。

 

 「そう思って頂けるならありがたいですね。」

 

 「……冗談だよ、ったく。

  啓ちゃんあたりなら小躍りしそうなモンなのに。」

 

 はは。

 それ以前にあのオトコなら、

 このカラクリ、気づかねぇだろうよ。

 

 あぁ。

 それなら。

 

 「Twilight Artsの幹部社員について、

  三日月さんに一通り情報提供しておいて頂けますか。

  古手川琢磨さんは、利用されているだけだと思いますから。」

 

 「……はは。

  あぁ、そうだねぇ。

  あのオトコはただのロック嫌いだからね。」


 あぁ。

 やっぱり、嫌いなことは嫌いなのか。


*



 ん……。

 

 ここ、は……。

 あぁ。

 

 (また倒れられたらかないませんから。)

 

 愛の巣レッスン部屋にベッド、入れられちゃったんだよな。

 黒い布を被せておくと、なにかの機材にしか見えない奴。

 ストレッチャーがついてるので担架としても使えるっていう。

 

 まぁまぁの体圧分散。

 ま、ここ、電気消しちゃうと真っ暗だしね。

 ほんと、ヤバい場所だわ。

 

 んー。

 さすがにナースコールはないわな。起きよう。

 愛の巣、光を遮蔽できるから真っ暗にできていい。

 秘密の部屋だから、うかつに窓開けらんないんだけど。

 

 ……

 確かに、純一、ちょっとやつれてるな。

 無理にでも、なんか食べないとだわ。

 啓哉が会食を入れてたのは栄養維持のためかもしれないな。


 ま、

 あと、あと。


 がちゃっ。

 

 って。

 

 

 「!?

  

  じゅ、純一君っ!」

 

 

 ゆな

 ……っ!!!

 

 「純一君……

  純一君、純一君っ!!」

 

 あぁ……。

 そうか。クリスマスぶり、か。

 由奈の視点からだと、彼氏が銃に撃たれて入院、面会謝絶だったんだもんな。

 

 ……あはは。

 もう、泣いてる。

 由奈、泣き虫だから。


 紅いコートを着た冬の匂いがする由奈に、

 いままでで、一番強く、抱きしめられてる。

 

 って。

 ぇ。

 

 「ゆ、由奈?」

 

 ち、チカラ、そこそこ強いんだよな、由奈。

 ダンス、あんだけできるわけだから。

 優男で引き籠りかつ病み上がりの藤原純一の身体で、受け止められっこない。


 しょうがないな、もう。

 

 「……ぁ。」

 

 額に接吻しただけで、

 

 「っ!?!?」

 

 済むわけが、なかった。

 一瞬で唇を奪われ、舌を絡めとられる。

 由奈の澄んだ瞳の中に、戸惑うばかりの純一が映り込んでいる。

 

 「……見てますから、皆さん。」

 

 ぇ。

 ぁ。

 

 うわぁ……。

 あ、由奈、固まってる。


*


 年末の日曜日。

 各テレビ局、ラジオ局は年末特番を組み、

 各雑誌は新春特大号に向けた企画を廻し、

 イベントホール、コンサート会場はフル稼働。

 

 そんな時期なので、売れっ子達は直行に次ぐ直行の日程であり、

 事務所に戻る暇なんてあるわけはない。

 なのに。

 

 「テレビ局とラジオ局の移動の隙間を突いてきたんでしょ。

  ケナゲだよねぇ。」

 

 三分くらいだったらしい。

 寝顔を見せるだけのつもりだったらしい。

 

 「部長、協定違反だって、

  梨香さんにどやされるんだよ、可哀そうに。」


 なにその協定って。

 っていうか。


 「楓花さん、

  解説しなくていいから。」


 誰向けに喋ってるんだよ。

 

 「だってきみ、鈍感そうだからさ。

  言っておかないと分からないかなって。」

 

 ……分かってますよ。

 

 「分かってないよ、ちっとも。

  じゃ、聞くけどさ、

  この事務所の中で、きみのこと好きなの、何人いる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る