第54話


 御前崎社長に掛け直し、雛がほうぼうに電話をかけまくった上で、

 貰った情報をめちゃくちゃ端的に整理すると、こうなる。

 

 25日夕方、ラジオ局でのラジオに出演、

 その後にミニライブを含めたファン感謝イベントに出演。

 同日夜、テレビ局で年末バラエティ特番の撮影。

 同日深夜、マネージャーが彩音を自宅に送っている。


 26日朝、営業先のイベント会社から「彩音が来ない」と連絡あり。

 マネージャーにも連絡なし。マネージャーが自宅を訪れるが不在。


 「マネージャーさんは女性の方ですね?」

 

 「はい。

  何度もお会いしています。」


 「柏木さんって、

  営業先に一人で直行される方ではないですよね。」

 

 「おそらくは。」

 

 あんな性格だしな。

 つまり、25日深夜から26日朝にかけて、

 何かがあった、と考えるのが普通だ。


 彩音の性格からして、仕事を放棄することは考えにくい。

 なにかあっても、必ず連絡はしてくるはずだ。

 

 ……で、だ。

 これ、乱暴も極まれりなんだけど。

 

 「雛さん。」

 

 「はい。」

 

 「先週金曜日の音楽番組の生放送で、

  柏木さんの後に出演した、男性アイドルグループ、分かります?」

 

 「……Tokyo Angel、ですか?」

 

 うーん、だっさい。

 なんだろうこの虫唾が走る感じ。

 んでもまぁ、男性アイドルなんてそんなもんだよな。

 

 で。

 あのハーフみたいな名前のチャラ男が、

 かまってちゃんのゲロ鬱イベントで出てきたやつだとするなら。


 「これ、本当に、

  ただの勘なんですけれども。」

 

 あれ、由奈ルートで言う、佐渡エンドなんだよ。


 「……まさ、か。」

 

 あぁ。

 なんか、思い当たる節があるんだ。

 

 「……25日の年末バラエティ特番の出演者一覧、

  すぐに、調べます。」


 「外れてたほうがいいんですけれどもね。」

 

 たぶん、外れねぇんだよなぁ。

 だってここ、鬱ゲーの世界だもの。


*


 うぇ。

 

 「……こんなトコなんですか。」

 

 AngelっていうかHellじゃん。

 地権整理に失敗して周辺の開発からおいてがれちゃった区画の、

 雑草が生い茂った先にある戦後直後に建てられたボロッボロの平屋。

 空調とか絶対入ってなさそう。

 

 「……邪な目的のために借りているところでしょう。」

 

 あぁ、そういう。

 で。

 

 「楓花さん、その服で大丈夫ですか?」

 

 まさか、フリフリワンピで来るとは。

 戦闘用の性質、皆無なんだけど。


 「き、着替える時間、なかったから。」

 

 まぁねぇ。

 竹下通りからポケットベルで呼び出されたわけだからね、雛に。

 

 「……。」

 

 「っ!

  ご、ごめんなさいっっ!」

 

 え。

 雛、楓花を完全に隷属させてるな。

 年下には優しいお姉さまのはずじゃなかったのか。

 

 「……

  城田さんチャラ男は、生放送に出演しているはずですので。」

 

 本人たちはね。

 

 「手下で囲ってると思いますが。」

 

 少年団とかね。そっちのほうがタチ悪そう。

 精神イカレてるクソガキとかが一杯いるわけだから。

 〇〇ンナーとかさぁ。

 

 ……あぁ。

 そういうことも、普通に考えられるのか。

 なんて鬱な話だ。

 

 「そこは承知しています。

  楓花。」

 

 「……うん。

  気配は三人、だと思う。」

 

 え。

 なに、その赤外線センサー機能。

 二次創作中に出てきた?

 

 「突入、できますか。」

 

 「うん。」

 

 うん、って。

 こんなフリフリワンピで。

 

 「純一さんは車中にいて下さい。

  必ず。」

 

 はいはい。

 荒事嫌い設定ですからね藤原純一は。

 

 っていうか、楓花、雛から絶対負けないって思われてるな。

 まぁ、二次創作上は最強に近かったが。

 そりゃそうだ。二次創作ってご都合主義だもの。

 

 「……行きます。」

 

 「ご武運を。」

 

 うん。わかってる。

 男女、逆だって。

 

 

 がらっ

 

 ……

 

 「な、なんだお

 

 どがっ

 べちゃっ

 

 ぐちゃぁっ

 

 ……え。

 ぜ、ぜんぶ、顔面パンチかよ。

 あぁぁ、〇〇ンナー、容赦なくグリグリ潰してる。


 「オトコ相手はこれで十分。」

 

 がきんちょ相手だってのに容赦の欠片もねぇなぁ……。

 悪役台詞一つすら喋らせずに終わらせやがった。

 二次創作キャラ、身もふたもない暴力性と合理性。


*


 写ルンですも撮ったし、このへんはもういいな。

 このふすまの先、か。

 

 んじゃっ

 

 

 すぱん

 

 

 「……ぇ。」

 


 「迎えに来たよ、さん。」


 

 鍵を開けたのは雛で、

 荒事をやったのは楓花だけど。

 

 「!

  な、なんでっ。」

 

 「なんでって。

  友達だもの。」

 

 こっちがそう、思ってるだけかもだが。

 事務所違うし。

 

 「と。

  え。

  あ。

  

  ぁ……。

  

  ……な、な、なんなのよぉぉぉっ!!」

 

 あはは。

 感情がめちゃくちゃになってる。


 「いろいろ聞きたいことあるけど、

  まず、ここ、速やかに出るから。」

 

 鬱ゲーの悪役って絶対パワーアップして戻ってきて、

 無事に楓花が倒されて二次被害にあうからな。

 そんなシーン絶対いらんの。迅速撤収一点ばり。

 

 「う、うん。」

 

*


 「どう、落ち着いた?」

 

 宇治抹茶、この世界でもハイクオリティ。

 あと、と〇やのようかんは、どんな時でも心を静めます。

 接待費処理できる社費お茶請け万歳。

 

 「……。

  なん、とか。」


 で、

 かまってちゃんのゲロ鬱イベントと同じだとすると。

 

 「バラエティの現場で、

  紙のカップでお茶、飲んだ?」


 「……飲んだ、けど。」

 

 「たぶん、それかな。

  睡眠薬。」

 

 「……ぇ。」

 

 「共演相手、Tokyo Angelでしょ。」

 

 「……うん。

  少女倶楽部の頃から、知ってはいたから。」

 

 あぁ。

 そういうこと、か。

 

 「柏木さんさ、こういうことが自分に向くことはない、

  って思ってなかった?」

 

 「……。」

 

 どっちもあるんだろうけれどもな。

 

 「いまの柏木さん、とても魅力的なんだよ。

  内側からオーラが出てる。」

 

 「そ、そんなこと、絶対」

 

 「あるんだって。

  少なくとも、『Remorse』の頃からは、ね。」

 

 本人は頑なに地味だと言い張っているが、

 いまも、黒曜石の瞳が、キラキラと輝きを放っている。

 梨香や由奈を見慣れている俺ですら、少し、気おされそうになるくらい。

 

 人に見られる仕事に就き続けると、

 それだけ、人から磨かれていくものがある。

 

 全国民の瞳を浴び続ければ、

 ジルコニアの成分は、限りなく天然ダイアモンドに近づいていく。

 ラボグロウであったとしても、その輝きは見分けがつかなくなっている。

 

 その分だけ。

 

 「こういう危ない目にも合うってことだから、

  デメリットも多いよね。」

 

 本人の自覚が、追いついていない分だけ、余計に。

 

 「……。」

 

 まぁ、あとの詳細は俺が聞いていいことじゃないな。

 雛か、御崎さんに聞き取って貰うとして。


 「これ、うちの事務所の極秘機密なんだけどね。」

 

 「……。」

 

 聞きたい? ってじらしてもいいんだけど。

 

 

 「啓哉さんが、梨香さんと由奈向けの曲、

  書きたくなくなってる。」

 

 

 「……

 

  !?!?」

 

 あはは。

 そりゃまぁ、驚くわな。

 

 「シングル曲とは言わないけど、

  アルバム曲くらい、提供してくれるとありがたいなぁと。」

 

 「……

  

  あの、さ。」

 

 「ん?」

 

 

 「君、

  めちゃくちゃ無神経って言われない?」

 

 

 ……原作の純一でも、そこまで言われたことはないな。


 


 あ、あっ。

 

 「……ごめんなさい。

  確かにそうかもしれませんね。」

 

 あの、実質的な告白なんだから。

 二回もやらかすところだったよ。

 

 「ぷっ。

 

  ……あはは。

  あはははは。

  

  いいよ。

  いい。

 

  うん。

  いいよ。」

 

 ……。

 

 「でもさ、

  私、一応、二人のライバルのつもりなんだけど?」

 

 あら。

 欲が出ちゃってるなぁ。

 このへんが負けず嫌いの芸能人ってことなんだろうな。

 

 「いまは考えてくれるだけで十分だよ。

  さんなら、吹聴してまわることはないだろうから。」


 「……

  そういうとこ、ほんっとずるい。」


 なにがよ。

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