第53話

 

 「!!!

 

  純一、さんっ!?」

 

 あはは、雛、驚いてる。

 病院にいると思ったんだろなぁ。

 

 「隼士さんから、聞いてないですか?」

 

 あ。

 聞いてないんだ。

 つまり、隼士さんに騙されたんだ。

 

 で、頭廻るもんだから、気づいちゃった。

 あはは、めっちゃ睨んで来る。

 あぁ、最初に逢った頃、こんな顔されてたわ。

 

 「隼士さんに言われちゃったんですよ。

  あの病院は啓哉さんがハーレム作って記者から注目浴びまくってるから、

  ステレスでいたかったらさっさと出てげって。」

 

 あ、考えてなかったって顔だな。

 わりとそういうところあるんだよな、雛。

 

 「大丈夫ですって。

  昨日も、雛さんが借りて下さったマンションにいたんですから。」

 

 「……

  それなら、連絡を頂ければ。」

 

 「定時外でしたからね。

  雛さんも、おられないものと。」

  

 「……。」

 

 ふふ。なんだろ。

 その戸惑い顔、なんか、馴染む。

 

 「……ところで、白鷺は。」

 

 「あぁ。

  今頃、御崎さんに捕まってるんじゃ。」

 

 「……は。」

 

 「雛さん、

  さんのこと、どこまでご存知ですか?」

 

 「!?

  な、なぜ。」

 

 原作知識。

 なんだけど。

 

 「お城姫路城の別名ですよ。」

 

 こう言っておいたほうが、語弊がない。

 

 「……。

  

  いや。

  ……そういうことにしておきます。」

 

 ふふ。

 

 「で、彼女が僕や梨香さんと同い年だと、

  気づかれてました?」

 

 あ、驚いてる。

 履歴書にウソを書いてたわけか。

 

 「ちょっとファッションセンスが特殊だったんで、

  雛さんも気づかれなかったんですね。」

 

 なんていうか、二次創作のあの手の服って、

 現実になるとえらく古臭い、安っぽい感じになるんだよな。

 それこそ一周廻って1970年代みたいな服になっちゃう。

 

 「……

 

  それで、御崎さんですか。」

 

 気づいたのね。

 相変わらずの勘のよさでなにより。

 

 「はい。

  なのでいま、襲撃されたらやっかいですね。」

 

 「……いざという時は、私が。」

 

 いや、雛にそんな武闘派設定ないし。


*


 ……あぁ。

 Kファクトリー、マジでいい椅子。

 この頃、肘掛のある椅子って役員だけじゃないかな。

 ゲーミングチェアの上位互換って感じ。


 さて、と。

 あぁ、雛、顔がめっちゃ困ってる。


 「喫緊のもの以外、すぐにご報告頂かなくても結構です。

  啓哉さんの時はそうしてたでしょうから。」

 

 あの音楽バカが律儀に執行役員してたとは思えないんだよね。

 だから、梨香に売上高10億弱の裏営業をさせちゃってたわけだし。

 

 「……恐縮です。」


 いえいえ。有能な総括部長で助かります。

 世襲職じゃない管理会社なら、雛、普通に社長になれるな。

 

 「では、最重要案件を。

  新曲会議の立ち上げについてです。」


 あぁ……。

 これ、なぁ……。


 実は。


 原作では、

 ここから先の新曲は、


 核爆弾を投げつける由奈ルートは言うに及ばす、

 梨香ルートでは、啓哉と袂を分かち、由奈に往復ビンタをして引退する。

 どちらのルートでも、沢埜啓哉は発狂し、Kファクトリーは解散してしまう。

 いずれにしても、沢埜啓哉の新曲は、存在しない。


 御崎さんやかまってちゃん大学受験のルートでは、

 そもそも由奈の芸能活動なんてあったっけ? という扱いだし、

 雛のルートは、ただひたすら性描写が続くだけ。


 アニメ版だと、原作のゲーム上のエンディング曲にボーカルを入れ、

 由奈と梨香がユニットで歌うが、原作に忠実に解するなら曲解ということになる。

 最も、アニメ版は曲解しかしていなかったが。


 「これまでは、啓哉さんが独占されてた。」

 

 「はい。」

 

 「レコード会社の上層部が、もう、持たない。」

 

 「……はい。」

 

 なんだろうね。

 そう考えると、どのルートにせよ、

 レコード会社は発狂してたということだろうな。

 ドル箱が一瞬にして灰になっちまったわけだから。

 

 で。


 この世界だと、アーティストとしての沢埜啓哉は存在している。

 ただし、彼が由奈や梨香向けの曲を書けるか? というと、

 おそらく、もう、書けないだろう。


 梨香を使っていたのは徹頭徹尾復讐のためだし、

 由奈に没頭しすぎていた頃の情熱はもう消え失せてしまったろう。

 なにより、今の啓哉はギターの音を取り戻している。

 書きたいのは荒々しいギター曲のはずで、

 少なくとも、2に放送ができるものはあがってこない。

 

 「雛さん。

  入院中の啓哉さんに、この話を持って行かれましたね。」

 

 「……。」


 これはただの確認。

 雛の立場なら、真っ先に考えることだから。

 

 「で、断られた。」

 

 「……。」

 

 あはは。

 やばいアーティストモードが出たってことか。

 

 「ボクはもう書けないんだー、うがー、

  とか言ったんですか?」

 

 「……そこまでは。」


 似たようなことがあったわけね。

 まぁ究極、アルバムは発売延期に持っていくことはできるけど。

 

 「2月用春フェスの曲が、由奈にも梨香さんにもない、と。」

 

 「……。」

 

 はっはっは。

 いよいよ、ゲームの世界の外へ出ないといけないわけか。


 原作の世界では、

 由奈と梨香の、今後の活動は、存在しない。

 

 であるならば、

 だということ。


 それを踏まえた上で、

 振りつければ、この輪廻の外へ出られるのか。


 「まず、レコード会社の担当者に対しては、

  啓哉さんが法人として結んだ契約が有効であることを示して下さい。」

 

 「……なぜ、それを。」

 

 原作知識。

 アーティストディレクションに関しては

 Kファクトリーの専管になっていたはず。


 そうは言わずに。

 

 「啓哉さんなら、そうするでしょうから。

  疑心暗鬼の塊の頃でしょうし。」

 

 こと、音楽に関してだけは、

 沢埜啓哉は超一流のミュージシャンでありプロデューサー。

 そういうことへの目端は効いたはずだ。

 

 「……。」


 「その上で、まず

 

 ぴりりりりりっ

 

 「おはようございます。

  Kファクトリー、三日月でございますが。」

 

 雛が電話取ってるとこ、はじめて見た。

 そういえば、楓花しか見てなかったな。

 あれ、秘書として終わってるからなぁ…。


 「……あぁ。

  はい。三日月でございます。

  いつもお世話になっております。

  

  ……いえいえ、とんでもないことでございます。」

 

 ほんと、秘書として優秀だよな、雛。

 誰かさんと偉い違い。

 

 「……は。

  いえ、こちらには。

  

  ……はい。

  ……はい、わかりました。もちろんです。

  

  ……では、ごめんくださいませ。」

 

 がちゃっ。

 

 雛の表情は、最初に逢った時のように険しい。

 

 「……藤原常務。」

 

 え?

 


 「御前崎社長、でした。

  柏木彩音さんの所在が、掴めないそうです。」



 ……な、に?

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