第49話


 「それでは歌って頂きましょう。

  三週連続第1位です。

  沢埜梨香さん、『Fanfare of Fate』。」

 

 次の瞬間、

 全国の視聴者は、度肝を抜かれた。

 

 印象的なイントロを奏でるシンセサイザーに載せて、

 切れのある梨香の踊りに合わせるように、

 由奈が、控え目に、梨香を立てるように踊りはじめた。

 

 そして。

 

 由奈は、『Fanfare of Fate』のBメロの激しい振りを、

 横で、完璧にコピーして見せた。


 勿論、スケール感やキレでは梨香に及ぶものではない。

 けれども、普通のアイドルでは想像もつかないような俊敏さと正確性で。

 

 忘れていた。

 ぽやんとした透明感溢れる清純派に見せて、

 由奈の運動神経は人並み以上に優れている。

 しかも、音感も抜群にいい。

 

 なにしろ、この世界のメインヒロインであり、

 天才、沢埜啓哉が嵌り込んでしまった「天稟の才」の持ち主なのだから。

 

 ゲームの表現を、遥かに超越した、完璧に近いユニットダンス。

 ステージ一杯、縦横無尽に踊り廻る梨香と由奈。

 互いが、互いを引き立て、互いを引っ張る。

 青と赤の、鮮やか過ぎる共演劇。これは、話題にならないわけがない。

 

 疲れを知らない若い観客達は、

 総立ちになって二人のパフォーマンスに歓声を送る。

 

 テレビマン達は、梨香と、由奈と、公会堂の観客と、

 腕組みをする鋭い目線の雛を映し出していく。

 俺はぎりぎり、カメラの死角でステレスでいられたと思っているが。

 

 永久に続くと思われた宴は、クレッシェンドではなく、

 クロージングひとつでびたりと終わると、

 爆発的な歓声と怒号が公会堂を大揺れに揺らした。

 

 「ありがとうございますっ。

  ぜんぶ流しちゃいましたぁっ、CMですっ!」


 本当は梨香の曲は2分で、曲中にCMに行く筈だったんだろうが、

 ディレクター判断で3分30秒をまるまる流してしまった。

 帳尻合わせで凄まじい謝罪行脚をする必要が出るのだろう。

 

 「テレビ、あと一回来ますよーっ。」

 

 由奈が笑顔で段取りを廻している。

 前説で流していただろうに、会場はすっかり一体感に酔いしれている。


 確かに、もの凄い瞬間だった。

 由奈と梨香が共演するだけならアニメ版の最後にあるが、

 ユニットとして一緒に踊るシーンなんて、まったくない。

 

 ただ。

 俺たちからすると、これですら、なのだ。

 

 打ち合わせ通り、由奈は時間を稼ぐ。

 ただの雑談で、ステージに下りた垂れ幕の外に出て、

 額に噴き出る汗を、軽くぬぐいながら。

 

 「梨香ちゃん、お帰りなさい。

  出てくれてほんとにありがとう。」

 

 「ぇ?」

 

 梨香は、一瞬だけ戸惑ったものの、

 経験と勘の良さから、状況を瞬時に察知した。

 稼ぐ必要があるのは、CMと最後の告知の1分ちょっとだけ。

 

 「この中で、私と同じように、

  代々木第一体育館から来られた方、いらっしゃいますかー?」

 

 ぱらぱらと手があがる。

 主に女性から。

 

 「あはは、どうもありがとうございます。

  歩くとそこそこあったと思うんですよ。

  目の前だから大丈夫でしょ、って言った犯人はココにいますから。」

 

 「えへへへ。

  ね、大丈夫だったでしょ?」

 

 うわ。

 これ、普段の由奈と梨香だ。

 観客がちょっと、ザワザワしてる。

 

 「あ、この子、こんななんですよ。

  事務所だと、ほんとに。」

 

 事務所、三か月は一緒にいなかったのに。

 

 「それにしても、ダンス、よく覚えたね。

  自分のライブもあるのに。」

 

 「音楽番組で梨香ちゃん踊ってるの見た時に、ちょっと覚えて、

  あとはコリオグラフィーの先生から、直接。」

 

 「うわ。そこまで仕込んでたんだ。

  やっぱり由奈、侮れないなー。」

 

 和やかな雰囲気になったところで、

 モニターが再びテレビ画面を映し出す。

 

 「由奈ちゃんも梨香さんもありがとうございましたっ。

  年末はよろしくお願いしますっ」

 

 歓声が届く間もなく、スタジオに返され、

 〆の言葉もなく終わって行った。

 

 「あはは、まぁ、相当無理したと思うから。」

 

 内情が良く分かっている梨香は、

 スタッフにちょっと同情している。

 

 さりげなく。

 ごく、さりげなく。

 

 「じゃ、最後の曲、行きますよーっ。」

 


 イントロから、

 引き裂くようなが、公会堂を突き破る。

 

 

 ざわつきと悲鳴が、公会堂内を駆け抜けていく。

 PAが会場側の音を一時的に集音して消し去り、

 ステージの幕をゆっくり開く。

 


 が、ふたり。


 

 ムーンストーンの瞳を持つ月城天河と、

 ハーフツインテールの文月真美。

 

 二人は、

 由奈と御揃いになるように、御崎紗羽さんがデザインした、

 この世界のギターのイメージと、最も遠い姿で。

 

 天河は大人しくシンセに合わせたバッキングだけ。

 なのだが。

 

 リードギター、文月真美。

 

 時に柔らかく、時に激しく、

 この世界でを弾く。

 

 それに載せて。

 

 由奈と、梨香は、

 再び可憐に、華麗に、鮮やかに踊りだす。

 

 『Remorse』

 

 柏木彩音のソロデビュー曲を、

 で。

 

 流石にあの低音を再現はしなかったが、

 その分だけ、二人のハーモニーで、分厚いコーラス部分を再現している。

 

 低音域の音源をギターに任せ、

 映えないはずの高音域を、絶大な声量と安定感で乗り切って歌い上げる梨香と、

 中音域を支えることで厚みを持たせて歌う由奈。

 

 原曲に存在しない、完璧なユニットダンス。

 

 ギター音が入っている戸惑いと混乱は、

 二人のステージに魅せられ、あっという間に、ノリが広がっていく。

 

 天河と琉莉が、低音域のコーラスにも入ると、

 原曲の世界は分厚く、しかし混ざらずに広がりを見せ、

 圧倒的な統一感と一体感を以て、公会堂の聴衆ごと包み込んでいく。

 

 一人だけ、ステージに上がらないベースを入れているが、

 三人だけでも、十分にバンドとしての音の厚みと躍動感を出せている。

 と言うべきなのだろう。

 

 スタンディングオベーション、と言うのは少し変だろう。

 小昏い彩音の原曲を、激しく、アップテンポにアレンジした曲に、

 聴衆の八割が、スタンダップで乗ってしまっている。

 

 ……はは。

 彩音に、恨まれそうだな、これは。

 由奈の悪魔ムーブ、窮まれりだが。

 

 琉莉のドラムスに引き寄せられるように、由奈と梨香は右手を上げる。

 ラストの一音と共に、由奈と、梨香と、真美と天河は

 一斉に空中に舞い、そして、地上に降りた。

 

 観客は総立ちのまま、怒号のような大歓声を送る。

 年齢層からすれば異質な、涙を流している中年女性達がぱらぱらと目につく。

 拍手と口笛、地響きのような足踏みが鳴りやまない。

 

 文化部の記者達も、目を輝かせて拍手している。

 鳴りやまぬ喝采は、当然、アンコールを求める大合唱にか

 

 

 「!」

 

 

 舞台袖に、小さな振動音が響いた。

 身体を躱した俺の頬を、銃弾が霞めていく。

 

 次の瞬間、

 楓花が、覆面姿のオトコを、羽交い絞めにする姿が目に入った。

 

 やっ、た。

 敵の姿が、見えた。

 弾痕を、公会堂に残せた。

 

 警察の中の一部は、ロックの評判を下げようとするだろう。

 だが、それでいい。

 

 警察も、全てが敵というわけでもない。

 物証があれば、捜査にも入れる。

 報道関係者や経済界に、隼人さんや雛がこれまで張り巡らせた

 それぞれの網が、これを機会に作動していくはずだ。

 

 まだ、この世界は若い。

 反発心と、抵抗力は、消え失せてはいない。

 俺の時代とは、違う。

 


 


 

 身体が、うごかない。

 どこか、撃たれたのだろうか。

 あとから、サイレンサーつきの銃でも、


 視線が、さだまらない

 あぁ、

 やっぱり

 

 それなら、

 なおさら、これで、よかっ

 

 なにも

 おわったの

 

 

 「!?

 


  純一さんっっ!!!!」

 

 

 怒号のような歓声と足踏みが公会堂を揺さぶる中、

 四肢は、ゆっくりと、舞台袖に沈み、

 俺の世界は、暗転した。



浮気ゲーの主役に転生しちまった

第3章


了 

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