第48話


 

 「それでは歌って頂きましょう。

  初登場、今週第8位、

  白川由奈さんで、『Assorted Love』。」

 


 この世界の表題曲、

 『Assorted Love』。

 


 軽やかな、振りつきのキャッチーなサウンドの中に、

 ドロドロの愛憎劇が繰り広げられる、鬱ゲー劇場の代表曲。

 

 逢えない日々が続いて、すれ違うばかりだけれども、

 互いの気持ちは、きっと変わっていないはず。

 声をあげずに強がるけれども、不安は広がるばかりで。

 街に降る雪を浴び続け、想いを溶かし込んでしまおう。

 

 親友の弾む声が、心を騒がせるけど、

 信じ続けられるはずだと、微笑みに隠して。

 思い出はいつも暖かいけど、眠れぬ夜を癒してくれない。

 街に降る雪を溶かす陽が、淋しさごと消してくれるはず。

 

 そんなドロッドロな内容なのだが。

 

 ……上手い。

 絶対的に、上手くなってる。

 

 この世界は、ドロドロと情念で歌ってしまうと、本当に昏いだけ。

 ひとさじの疑いを差しはさみつつ、切なさと温かさだけを載せながら、

 強がって明るく歌いきってしまうところに価値がある。

 

 乗せるべき感情をコントロールしながら、

 白川由奈一流の透明感溢れる倍音が、会場を覆っていく。

 

 (わたし、梨香ちゃんに、勝って、

  春のグランプリ、獲るから。)

 

 まだぎこちない振りつけを載せつつも、歌唱のスケールを、丁寧に広げていく。

 清純そのものなのに、邪なところはなにもないのに、

 純粋に、自分の望むものを掴みに向かえる、とてつもない力。

 

 清純派で、コケティッシュにならずに、

 ここまで圧倒的な表現力と訴求力を持ったアーティストが、

 過去でも、未来でも、この国にいただろうか。

 

 カバー曲では見せなかった引出を開け放った由奈は、

 溢れるような照明を浴びながら、最高のステージを魅せている。

 陶然と一体感に酔いしれる観客から、スフィアが10000個くらい出そう。

 

 ここまで、とは。

 ……これは案外、行けてしまったりするのではないか。

 そんな錯覚を、持たせてくれる。

 

 白川由奈。

 

 なるほど、世紀の天才、沢埜啓哉が、

 人生を滅ぼしてもドはまりするわけだ。

 

 トランペットが優しくフレージングを終え、

 フルコーラスの曲が終わる。

 

 地響きのような凄まじい大歓声。

 圧倒的に男性だが、泣き叫ぶような女子の声が混ざっている。

 

 「由奈さーん、ありがとうございまーす!

  いやぁ凄い歓声でしたね。」

 

 「男性の方が多い会場でしたが、

  ちょっとだけ女性の方がおられましたね。」

 

 そこかよ。

 

 「続いて、今週第7位

 

 ぶちっ。

 

 ここでスタッフがモニターを切断してしまった直後。

 

 「あー、彩音ちゃんの歌、聴きたかったんだけどなー。」

 

 ほんの一瞬、殺気だった雰囲気になった会場は、

 その発言の主が、ほかならぬ由奈だったことで、

 戸惑いは四散し、爆笑の渦に包まれる。

 

 「あはは、彩音ちゃんはですね、カッコいいんですよ。

  あと、すごくいい子なんです。

  ああいうスタジオで隣に座ってると、のど飴とかくれたりして。」


 ほのぼのネタで話を繋げるくらいにはステージ慣れしてるのか。

 それとも、固有激レアスキル「天稟の才」に付属してるのか。

 初コンサートとは思えない安定感。新曲1曲で暴動が起こらなかった訳だ。


 あぁもう、地味にファンを増やしてんじゃねぇよ。

 彼氏としてはちょっとやきもきするじゃねぇか。

 

 「さて、じゃ、次の曲いきますよーっ。」

 

 『ordinary』の洗練されたイントロが流れてくる。

 まさか、このセットリストで来るとは。

 会場はもちろん大歓声だが、

 貴重なオリジナル二曲をあっさり蕩尽することになるな。


 「常務。」

 

 っ。

 雛さん?

 

 「さきほど、テレビの放映前に

  照明を落とそうとした者を確保しました。

  現在、会長の直属部隊により尋問中です。」

 

 じ、尋問、って。

 捜査組織か、悪の機関よ。


 これで、終わったのか……?

 

 いや。

 

 「隼人さんにですが、警戒をより重視するように、と。

  これ一回で終わるとは思えません。」


 なにしろ鬱ゲーの金字塔。生易しい筈がない。

 ステージの演目もまだまだ終わらないしね。

 敵の所属が同じとも限らないし。

 

 「……承知致しました。

  そのように伝えます。」

 

 「指紋は抑えましたね。」

 

 「はい。」

 

 さすが尋問。そこは抜かりなし、か。

 芋ずる式に潰せるといいんだが。

 

 あぁもう、本部詰めに専念したいんだけど、

 こっちもこれからが本番なんだよなぁ。

 ま、裏方は雛達に任せるか。

 

*


 クリスマスのスタンダードナンバーと、

 由奈が地味に磨いた話芸で時間を繋いだ後、

 

 「今日は、みんなのために素敵なゲストが二組いらっしゃってます。

  まず、一組目がこちらですっ。」

 

 バブル期だけあって、登場シーンのファンファーレ一つに

 編成してる管弦楽四重奏が派手に奏でられる。

 

 会場、怒号にも近い大歓声。

 なんてったって。


 「わたしの大切な先輩、沢埜梨香ちゃんですっ!」

 

 梨香が、『Fanfare of Fate』の衣装で、

 渋谷公会堂のステージに、由奈の隣に並ぶ。

 

 ヒートアップした大歓声が鳴りやまない中で、

 再びモニターにはチャート番組が映し出される。

 

 「今週も第1位っ!

  沢埜梨香さん、『Fanfare of Fate』、

  堂々のV3達成ですっ!!」

 

 怒号とも、悲鳴ともつかない大歓声。

 事前予告なしだっただけに、サプライズ効果は完璧だった。

 

 「沢埜梨香さんですが、ご自身のコンサートを終えられた後、

  後輩の白川由奈さんのコンサートにゲスト出演で駆け付けられています。」


 「東京 渋谷公会堂」のテロップとともに、

 「沢埜梨香」の名が打ち出される。


 「とんでもない大歓声ですけれども、

  梨香さーん、聞こえますかーっ!」


 梨香の声よりも大きく、

 怒号と悲鳴が公会堂一体を揺らし続けている。

 

 「聞こえてまーすっ!」

 

 もう一度叫び直す梨香。

 さすがにちょっと静かになったが、会場の興奮は止まらない。

 

 「これで三週連続一位となりましたが、

  まずはご感想を。」

  

 「ただただ、ありがたいですね。

  ありがとうございます。」

 

 頭を軽く下げる梨香に大歓声。

 真っ赤なステージ衣装の隣の由奈がニコニコ微笑んでいる。

 赤と青、こう並ぶと本当に絵になってしまう。

 

 「交際発言で物議を醸した中でのV3、

  向かうところ敵なしといったところでしょうか。」

 

 交際発言じゃないんだけどな。

 わりとこの間違われ方をしてる。たぶん確信犯。

 

 「まったく思いません。

  隣に、強力なライバルがいますから。」

 

 おおおおっ!!

 叫び声が文字通り公会堂を揺るがす。

 

 「とのことですが、由奈ちゃんはどうでしょうー?」

 

 いつものように、笑顔で謙遜する由奈を、

 誰もが、想定していた。

 

 

 「はい。

  春フェスは、梨香ちゃんに勝ちたいなって思ってます。」

 

 

 うわぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 公会堂を、視聴者を、その先の全国民を、文字通り揺るがせた。

 ……ほんと、白川由奈、予想がつかない。

 

 「勝ちたいな、ですよ?

  勝てる、とは言ってませんから。

  ものすごい差だって、わかってますから。」

 

 会場の揺れが、収まらない。

 梨香のV3の場だというのに。

 

 「梨香ちゃん、後輩にここまで言われましたけど、

  どうでしょうか?」

  

 「……

  負けられないですね。」

 

 笑顔で由奈とカメラを見つめる器用な梨香に、

 公会堂はまた大揺れになった。

 

 「ありがとうございます。

  それでは歌って頂きましょう。

  三週連続第1位です。

  沢埜梨香さん、『Fanfare of Fate』」

 

 次の瞬間、

 全国の視聴者は、度肝を抜かれた。

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