第47話
1986年12月24日。
今日は、白川由奈の初コンサート。
そして、ある方面への宣戦布告でもある。
原作で花束を持ちながら群衆の中をフラフラしていた純一と違い、
俺は、最初から楽屋に入っている。
由奈よりも前に。関係者序列第二位の身分で。
「純一。」
タキシード姿の隼人さんは、髪を整え、
計算し尽くしていたはずの髭も剃っている。
十歳は若返った感じがする。
「はい。」
「あの記者共は?」
え。
もう来てる奴がいるのか。
「身元は、雛さんに確認して貰ってます。」
若手から中堅、大手紙から中堅紙の文化部記者だけを集めてる。
雑誌とは一緒にしない。格に煩い連中だから。
にしても、よく集まったもんだなコレ。まだリハの段階なのに。
「ふん……。
ここで、あぶり出すつもりか。」
あぁ。
報告せずとも、読まれてる。
「まさしく。」
「……ったく、お前も派手好きだな。」
「そういうわけでもありませんが。」
本当の派手好きなら、武道館でも手配しただろう。
お陰でこれ、プラチナチケットになっちゃったらしいけど。
「春フェスまでには流したいですね、テレビに。」
「……お前はほんと、強気な奴だよ。」
「死んだら、骨は拾って下さいね?」
「殺しても死ななそうな奴だよ、ったく。」
わりと本気なんだけどな。
俺が死んでも、軌道を替えられるように。
「先に言っとくとな、
奏太のフリをしていた奴な。」
あぁ。
「行方不明だそうだ。」
ぇ。
「こないだの事と、直接関係はしてないだろうがな。」
……。
「それと、お前の部屋を強盗した奴だがな。
どうやら、依頼者がいたらしい。」
……。
「お前、随分と不幸の星に好かれてるな。」
「今のところ、身体に傷もありませんが。」
「それこそ奇跡的だ。」
ほんとに。
「まぁ、お前と由奈嬢を不自然に引き離したら由奈嬢は死ぬから、
こっちとしては、お前に生きていて貰わないといけないんだがな。」
……。
「……純一。」
「はい。」
「お前は、どう見てる?」
敵のこと、か。
可能性だけを並べるなら、日本国内だけでも、
暴力団、警察機構、テレビ局、製作会社、音楽事務所、
啓哉さんのファン、彩音さんのファン、少女倶楽部のファンや関係者、
由奈や梨香さんのファン、紗羽さんのストーカー。
なにより、
作品世界そのものの悪意。
……こう並べると、ほんとに不幸の星に好かれまくってるな、俺。
ただ。
「関係ありそうなものをあげていったら切りがないんですが、
ロックに敵対するもの、という意味でいえば、
今回のコンサート絡みで、蓋然性の高そうな存在はいますね。
たとえば、梨香さんの出演時に、
ピアノ隠しを、ディレクターに指示できた方とか。」
「……。」
「一応、調べました。
アダルトコンテンポラリーの重鎮で、
1979年から85年までの間に、春フェスを2回制覇しておられる。
音楽事務所の社長として、ですが。」
古手川琢磨氏。Twilight Arts総帥。
ギター音源が実質的に封じられる制約下において、卓越したメロディセンスと、
Twilight Soundsと呼ばれる爽やかさと耳障りの良さを重視した編曲スタイルで、
男性・女性を問わずアイドルをプロデュースして成功を収める、この世界の覇者。
総合力という観点では、沢埜兄妹すらかなわないだろう。
と同時に、摩擦を引き起こすことを躊躇わない剛腕ぶり。
なんらかの関わりは、確実にあるだろう。
特に、あの事件の被害の拡大とその後のロック弾圧に関して。
「……ふむ。」
「ただ、古手川氏だと、
ロックバンドとしての啓哉さんの周辺と、
どういう接点があったのかは分かりませんが。」
「それはどっちとも言えんぞ。」
「といいますと。」
「お前は分からんだろうが、
あの頃だと、ソフトロックとハードロックは、
それほとはっきりと別れちゃいねぇな。
啓哉はどうだったか知らんが、
あの頃の狭い人間関係なら、啓哉のバンドの奴らが、
古手川からのアプローチを受け入れてもおかしくはねぇな。」
ただ、証拠がなにもない。
そもそも、結びつくような理路もなにもない。
彼の周辺かもしれないし、全然違うかもしれない。
「だから、展開を誘ってみようかと。」
パンドラに、記事を出させた。
このライブに、ロックバンドがゲストに出演すると。
パンドラは、斜陽と化したロック専門雑誌だ。
ただ、宗教団体を管轄している団体のように、
斜陽だからこそ、詳細に見ている敵対者はいる。
「……
一応、お前の言うように、警備員は配置している。
観客用とは、別にな。」
コスト高だよなぁ。
これ、どういう名目で
「ま、なにもなかったら、
それはそれで楽しい一夜ですけれどもね。」
「……ふん。
お前の命知らずぶりはどこから来るんだろうな。
そんな優男の身体してやがんのに。」
まぁ、そうなんだよな。
多少鍛えたくらいじゃ、このUI、全然かわんねぇもん。
純一の戦闘力を引き上げても、隼人さんの十分の一程度だろうな。
「由奈嬢は、本当にいいのか。」
「……はい。」
これが、わりと拍子抜けするくらい。
(うん、いいよっ。)
ライバル会社の素人バンドだというのに。
ギターソロが入ると言ってるのに。
本当に意味、分かっていたんだろうか。
それだけ信頼が高い、ということなのか。
説明する暇もないくらいあっさり頷かれてしまったので、かえって困ってる。
< 白川由奈さん、入られまーすっ! >
「始まる、か。」
「ええ。」
一応、リハの段階でも、何が起こるかは分からない。
警戒心は持っておくべきだろう。
あ。
どうせだから。
「社長いらっしゃるところなので、
幾つか決済印を。」
「お前な……。
なんで学生なのに、そういうところリーマンなんだよ。
雛に任しときゃいいだろうが。」
そうなんですけれども、つい。
*
「さぁ次はクリスマスイブの第8位と第7位ですっ。
まず今週第8位っ。
初登場、白川由奈さん、『Assorted Love』!
続いて第7位です。
同じく初登場、柏木彩音さん、『Emotional dependence』!」
モニターが映し出された公会堂内に歓声と溜息が反響する。
作為的じゃねぇかと思うくらい並んじまってるな。
テレビ局の演出上のアングルなのに、本気でブーイングしてる客もいる。
ごく少数だが。
……。
「白川由奈さんは現在、東京は渋谷公会堂で
クリスマスコンサートの真っ最中です。」
「由奈さーんっ!」
「はーいっ!」
大歓声にハコが揺れる。
さすが、テレビ中継が入ってるとコレだよ。
「前作『ordinary』に続き二度目のランクイン、
初登場8位のご感想は。」
「嬉しいです。本当にありがとうございます。」
また大歓声。
この時代にないはずのサイリウムがピカピカ光る。
「大変な歓声ですけれども、
この曲は男女間のすれ違いを歌った曲と聞いていますが。」
「はい。」
「由奈さんはすれ違いなんてのは。」
「ありましたね、高校生の頃。」
うわっと叫び声が出て、少し安堵する。
「そうですか。その時のお付き合いはいまでも?」
「はい。
良い先輩です。女子の。」
……うまい躱し方覚えたな。
バラエティなんか出してないのに。
由奈のファンばかりのあったかい客席なので爆笑してくれる。
「この曲は由奈さんご自身がご出演の
チョコレートのコマーシャルで使われていますが、
だいぶん大胆な表現だと話題ですね。」
「はい。
ちょっと、がんばりました。」
照れてはにかむ顔が清純派そのものだ。
ブラウン管の前でなんかしてそうな視聴者が目に浮かんで吐き気がする。
「由奈さんはキスなんてのは。」
「ちょっと御無沙汰ですね。」
一週間前をご無沙汰と言うのならば。
「ちょっと、ということは、
一年以内にはあった、ということでしょうか。」
「そうですね。
デビュー前には、よく、梨香ちゃんから。」
うわっと叫び声。
「オデコですけれどもね、えへへ。」
……なんだか躱し方が手慣れてきてる。
にしても、尺、伸ばすなぁ。
初登場だからなのと、アーティスト枠が2つ出なかったからだろうけど。
時間が来たのか、コンサートディレクターが腕を廻すと、
バンドの側から、キャッチーなピアノイントロが奏でられる。
「それでは歌って頂きましょう。
初登場、今週第8位、
白川由奈さんで、『Assorted Love』。」
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