第45話

 


 「例の事件、

  多すぎるんですよ、が。」


 

 「っ!?」

 

 そうなのだ。

 刑務所一つ襲撃するだけにしては、人数も死者数も桁違いに多すぎる。


 俺の世界で、某宗教団体が起こした連続テロ事件でも、死者は十数人。

 遥かに大規模な群衆動員だった某安保デモですら、圧死者は一名だけ。


 どう考えても、異様なのだ。

 ラジオのテープ一本で煽られただけで、

 興奮状態が永久に続くというのも、俄かには考え難い。


 それ系統の本を探っていけば、なにがしかヒントが出て来そうだが、

 同時にとんでもないガセを大量につかまされることになるだろう。

 

 という疑問を、雛に伝えてみるには、

 この移動はいい機会だったかもしれない。

 

 「……。」

 

 あら、鋭い顔になってる。でも、険はあまりない。

 単純に、美人が真剣に考えてるだけの顔。

 

 「……そう、ですね。

  考えてみます。」

 

 「雛さんにお手すきの時なんてありませんからね。

  ほどほどに。」


 「……八連泊されている方に仰られましても。」

 

 ……はは。

 あ。

 

 「雛さん。

  各新聞社の文化部や社会部の記者をご存知ですね。」

 

 総括部長、広報担当として、当然、接点がある。

  

 「……ええ。」

 

 「いまの話、彼らの中で、

  これは、という者に、投げてみて下さい。」

  

 「……。」

 

 不信感、ありありだなぁ。

 ま、無理もないが。

 

 「さりげなく、一般的な疑義として、です。

 

  報道関係者は、権威主義者と、情報ブローカーと、

  本能的に真実を追う者に別れています。

  もちろん、それぞれがそれなりに混淆しているわけですが、

  雛さんは、濃淡を見極める能力をお持ちです。」

 

 身体、まだガッチリ使ってんのかな。

 正直、この四肢をそんなのに使い続けるのは惜しいんだが。

 

 「……。」

 

 「残念ながら、敵は手に余る大きさですからね?

  いろいろ、使って行かないと。」

 

 「……会長のようなことをおっしゃいますね。」

 

 あぁ。

 隼人さん、そんな感じなのか。

 っていうか、間違ってないのか。社長兼会長だから。

 

 「話を逸らされましたが、くれぐれも、しっかりお休み下さい。

  こちらを。」

 

 って、あぁ。

 これが例のマンションの住所ね。

 知らされずに終わるのかと思ったよ。

 

 「では、これからお送り致します。」

 

 って。

 まだ、仕事が

 

 「もう定時ですが?」

 

 定時で帰ったことなんて一回もないでしょうが。

 それに。

 

 「僕、手荷物をなにも持っていませんが。」

 

 「常務の手荷物は、会社にあるカバン一つと伺っています。

  楓花に届けさせます。」

 

 「白鷺さんで届けられますか?」

 

 「……。」

 

 あ、黙った。

 さすがにもう、秘書として使うの無理じゃね?

 

*

 

 「今週の第1位は、もうお分かりですねっ。

  『Fanfare of Fate』、沢埜梨香さん!

  これで二曲連続のV2達成です!」


 あはは。完全に無敵状態だわ。

 キャリア的にも最盛期なんだよな、この曲。

 

 今回はどうなるか。

 原作の梨香ルートだと引退しちゃうわけだけど、

 その先があるのか、いまはまだ分からない。

 

 原作だと、梨香が啓哉を巡って由奈に鞘当をはじめてどろんどろんの時期だが、

 ひと段落はしているから、

 原作で一番華やかな瞬間を、楽しんで見てはいられる。

 

 「沢埜梨香さんはただいま熊本市でのコンサートを終えられ、

  熊本城公園にいらして頂いています。」


 えー?

 前も思ったけど、もう寒さしかないじゃん。

 梨香、例のコート着ちゃってるけど、変装使えなくなるって気づいてるかな。


 「梨香さーん、聞こえますかーっ。」

 

 「はーいー。」

 

 なぜか城の全景を抜かない。

 ライトアップされてない?

 

 「圧倒的大差でV2ですけれども、ご感想は。」

 

 「嬉しいです。ほんとうにありがたいです。」

 

 「先週ハガキが2万通来てるとお伝えしましたが、

  今週までにまた1万通以上増えてます。」

 

 まだ国民的関心事なのだろうな。

 ハガキの量は半分減ったとはいえ。

 

 「お騒がせしてしまって。」

 

 「この曲に出てくるように、電流に打たれてしまったんですか。」

 

 「はい、そうですね。」

 

 わ。

 まぁこれは例の記者会見の範囲内か。

 

 「いまもまだその方をお好きでいらっしゃいますか。」

 

 「はい。」

 

 ……

 あの照れは、演技か。

 なんか、むずがゆくなる。

 

 「あのですね、梨香さんほどの方ですと、

  お相手の方なんて簡単に靡くんじゃないのかみたいな質問を

  沢山いただいているんですけれども、実際のところは。」

  

 「そうだったらいいんですけれども。」

 

 「お相手の方は、この番組をご覧になってる。」

 

 「……どうでしょう。

  なにぶんお忙しい方ですから。」

 

 見てるよ、いま。

 

 「ということは、社会人で、

  あ、はい、曲にいっていただきましょう。

  今週第1位、二週連続です。

  沢埜梨香さんで、『Fanfare of Fate』。」

  

 あー、

 ロケって音響悪いっていうか、なにも聴こえないんだよな。

 イヤホンにいろいろ雑音が入ってて、ちょっと戸惑ってるけど。

 そこはプロ

 

 「常務っ。」

 

 お、おおう。

 またかよ、白鷺楓花、わざとなの?


 「外線、二番ですっ。」

 

 「どなたですか?」

 

 「あ、御前崎様ですっ!」

 

 わかった。

 こっちから聞けばいいんだ。

 

 「お電話代わりました。

  先週もこの時間でしたよね、御前崎社長。」

 

 <あら純ちゃん、ご挨拶ね。

  たまたまよ、たまたま。>

 

 向こうからFFが流れてくるのまで同じだわ。

 強烈なデジャブを感じる。

 

 <天河の件、ありがと。

  でも純ちゃん、ちょっと手、広げすぎじゃない?>

 

 雛からも言われたな、それ。

 

 「ただの事務連絡にそう言われましても。」

 

 <向こうはそう、思ってないわよ?>

 

 「リスクのあるプロジェクトに投企させる以上、

  その後のフォローを予め告知するのは当然では?」


 <その前よ、前。

  ま、純ちゃんは忘れてそうね。ほんと、罪深いオトコ。>

 

 なんのこっちゃ。

 

 <でね、一応伝えておくと、

  彩音の曲、20日に出るから。>

 

 え。

 

 <そうよ? 由奈ちゃんと同じ日。>

 

 「……狙ったんですか。」

 

 <勿論よ。

  商圏も被らないし、話題性ばっちり。

  局も美味しい。皆文句ないわ。

  ご不満は?>

  

 「……特段。」

 

 <ははは。

  まぁ正直ね、梨香ちゃんには勝てっこないのよ。

  春のグランプリはしょうがないと思ってる。>

 

 あぁ。

 このへんが、視野の差なんだろうな。

 俺も含めて。

 

 「これ、言うべきかどうか迷いますが、

  由奈は、梨香さんに勝つ気でいますよ。」

 

 御前崎社長が無言になった先から、

 『Fanfare of Fate』のサビと、

 梨香の鍛え抜かれた天使の歌声がサラウンドで流れる。

 

 <……

  はぁ、凄いわね。

  さすがに彩音にそこまでの気概は持たせられないけど、

  ま、由奈ちゃんに負けない程度の曲だと思うわ。>

 

 「聴いたんですか。」

 

 <もちろん。うちの看板娘だもの。

  純ちゃんもきっと驚くわ。>

  

 ほほう。

 

 <ほんと、殺されないようにね。

  ただでさえ、貴方は狙われやすいんだから。>

 

 「ロックの件ですか?」

 

 <それもよ。

  そろそろ隼人ちゃんから話があると思うけど。

  あぁ。あのアパート、引き払ってるわね?>

 

 「ええ。

  うちの総括部長が。」

  

 <さすがね、お宅の雛ちゃん。

  じゃ、言っておくけど、さっきから。>

 

 ……え。

 

 <もとの純ちゃんの部屋かは分かんないけど。

  ま、用心なさいな。それじゃね。>


 ぶつっ

 

 ……用心、ねぇ。

 どうやって用心したもんなのかね。

 、なんとも。

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