第40話


 ……ふぅ。

 結局、徹夜になっちまった。

 

 由奈や梨香に言ってることと全然違っちまってるな。

 反省、反省。

 

 にしても、前の会社でもこんな状態になったけど、

 身体の重さが全然違うな。

 

 まぁ、若いからってのもあるんだろうけれど。

 

 ……あぁ。

 仕事が、面白過ぎるからだ。

 企画やデザインをしているのは俺自身だし、

 手応えを感じられるかどうかも、俺の問題だ。

 

 なにより、実感がある。

 由奈を、梨香を、支えられている。

 この世界の運命を変えられるかもしれないっていう、実感が。

 

 ……なるほど。

 世の大企業の社長様方がワーカーホリックになるわけだ。

 でも、それを押し付けられてる一般社員にまで強要するんじゃねぇっての。

 楽しいのはお前らだけなんだぞ。ったく。

 

 あぁ。

 でもこれ、やばい、な。


 さすがに、ちょっとだけ、寝よう。

 朝から御前崎社長の腹心が来る筈なんだから。

 

*


 「常務。

  藤原常務。」

 

 ……ん……。

 

 って。

 

 雛と、

 え?

 

 「ふふ、おはよう。純一君。」

 

 な、なんで御崎さんが。

 

 「ん?

  だって、純一君に呼ばれたんだよ?」

 

 は?

 

 「って、社長さんが言ってたの。

  ワタシの腹心だぞーって。」

  

 ……うわ。

 騙された。めっちゃ騙された。

 あの御前崎社長がリアルの腹心なんか送ってくるわけねぇか。

 

 ……。

 

 まぁ、考えてみると、適任者ではあるんだよな。

 優秀だし、伝達能力に問題はないし、俺や由奈、雛のことを良く知っている。

 今回のプロジェクトにはうってつけの人材ではある。

 

 あるのだが。

 

 「いいんですか?

  いま、彩音さんは。」

 

 一人で、プレッシャーに打ち震えてる筈だ。

 味方がいない状態はしんどいだろう。

 

 「……大丈夫。

  大丈夫だよ、彩音ちゃんは。」

 

 ホントかなぁ。

 御崎さんの大丈夫ほど不安なものはない。

 

 「……私がいたら、かえってうまくいかない。

  そういう曲なんだよ。」

 

 ……どういう曲だよ。

 

 「衣装デザインはね? ちゃんとできてるの。

  ふふ、楽しみにしててね、純一君。」

 

 ……まぁ、それはね。

 それもあるんだなぁ。

 

 「私は今日、午前中であれば社内におりますので。」

 

 あぁ。

 

 「ありがとうございます、雛さん。」

 

 「はい。

  では、後程。」

 

 ……うーん、パンツルックが似合う。ヒップがびっとあがってる。

 マジでスタイルいいんだよな、雛。まだ30前だしなぁ。

 この世界、女性の適齢期が早すぎるんだよ。

 俺の時代だったら

 

 「純一君?」

 

 あぁ。

 若いな、御崎さん。

 お姉さまキャラをさせられてるけど、ほんとは

 

 「もう。

  頭に寝ぐせ、ついてるぞ。」

 

 ……これ、シャワーくらい浴びないとヤバいな。

 人前に出られる状態じゃない。


*


 さて、と。

 先に、こっちか。

 

 一応、社内にレッスン場はあるわけで。

 あいつ沢埜啓哉の愛の巣と化すところだったが。

 

 「……。」

 

 あはは、二人とも、ビクビクしてんなぁ。

 一人、生意気な眼を向けてる奴がいるが。

 

 「……っ。」

 

 ちょっと睨むと目を逸らす。

 赤ちゃんかよ、ったく。

 

 「純一君?」

 

 あぁ。

 常務とか呼ばない御崎さんがありがたいな。

 

 「お集まりいただき、ありがとうございます。

  私が、Kファクトリー常務取締役内定者の藤原です。」

 

 はは。

 ハーフツインテール、マジで驚いてんな。

 そりゃそうだ。お前に会った時にゃこの肩書じゃねぇんだから。

 

 このレッスン場、防音も盗聴対策もばっちりなんだよ。

 なんたってあのオトコの愛の巣だからな。

 せいぜい利用させてもらうさ。

 

 「予めお伝えしておきますが、御前崎社長にはお話を通しています。

  ですが、皆さん自身の意向を確認しておこうと思いました。」

 

 裏の世界は、隼人さんに任せてしまおう。

 原作の世界を超えた以上、俺には分からない理が一杯働いている筈だから。

 

 俺は、をやる。

 あの時から、そう、決めていたから。


 原作、アニメ版、二次創作。

 この世界の穴を突き、世界を造り替えるための一手を。

 

 「な、なによっ。」

 

 ほんと、沈黙に耐えられないタイプだな、かまってちゃん。

 

 「最初にお伝えしますが、降りて頂いても構いません。

  ただ、ここで聞いたことは、他言無用です。

  よろしいですね。」

 

 約一名に向けて言う。

 残りの二人は、性格上、絶対に口をから。

 

 「……。」

 

 御崎さんが、優しく真美の目を見る。

 なるほど、さすが遣り手婆社長。適任者だわ。

 

 「……わかったわよ。

  絶対、言わないってのっ。」

 

 よし。

 これで、次の段階へ進める。

 

 あ。

 

 「一応お伝えしておきますが、

  紗羽さんも、不良になって貰いますからね?」

 

 「えっ!?」

 

*


 「月城つきしろ天河あまかさん、18歳。

  地元の商業高校在学中に、ご両親に伏せたままオーディション番組に応募、

  その際、前の事務所の社長に声を掛けられて所属。

  

  その後、その社長に身体の関係を強要され、

  番組で知り合っていた御前崎社長の元に駆け込んでいます。」

 

 ……もう調べてんのかよ、雛。手回しよすぎ。

 幾つ手があるんだ? っていうか、ちゃんと寝てる?


 にしても、その状態でよく所属替えができたもんだ。

 この業界の掟から言ったらアウトだろうに。

 

 「少女倶楽部での話はお聞きになりますか。」

 

 聞かんでよいわ、あんな鬱の群れ。

 原作通りなら、どうせクソロクでもない悲惨な地獄を見てるだろうから。

 アツアツのおでんを口に持っていかれるくらいなら可愛いもんなんだが。

 

 「わかりました。

  次ですが、栗栖くるす琉莉るりさん、17歳。

  ご存知と思いますが、実家はの者です。」

 

 ……は? あ、あのおとなしい子が?

 そんなの設定集にすらなかったじゃん。

 とんでもねぇ地雷だな。ちょっと考えちゃう。


 「こちらも親に隠れてオーディション番組に応募。

  所属先候補がひとつもオファーしなかったところ、

  番組終了後に御前崎社長が声をかけ所属。

  現在は少女倶楽部に属しています。主に大食い担当です。」

 

 さらっと要約したな。

 まぁ、確かにちょっと、ぽっちゃりはしてるんだよな。

 っていうか、どうしての親が娘のそういう扱いを甘受できるんだ。

 

 「人生修行だとの見解とのことです。

  あと、生死にかかわらない限りは堅気の側には触らないと。」

 

 な、なんだそりゃ。

 なんていうか、いろいろ考えちゃうな。

 これからやらせるのが、いいのか悪いのか。

 

 ま、いいか。

 琉莉はドラムだしな。

 この時代、暴対法も暴排条例もまだないし。


 さて、と。


 「……本当に、よろしいのですか?」

 

 あら。

 

 「雛さんこそ、この展開を望んでおられたのでは?」


 「……ですが。」

 

 あぁ。

 俺が、死ぬと思ってるんだ。

 まぁ、敵だらけだしなぁ。

 

 いいんだよ、なんか死んでも。

 どうせ原作でも、藤原純一はロクな目に合ってないんだから。

 

 「やらなければいけないんですよ。

  軌道を、変えない限り、幸せは来ない。」

  

 ここは、浮気系鬱ゲーの世界だ。

 個別ルートの平和は仮初のものに過ぎない。


 「由奈にも、梨香にも。

  そして、雛さん、貴方にも。」

 

 由奈と梨香以外のエンドは、由奈や梨香が死ぬわけだし、

 梨香のエンドも由奈以外の全員が死ぬ。

 トゥルールートとされる由奈ルートの末路は、

 二次創作上は、数年後に、雛が由奈と純一と子どもを惨殺して終わり。

 

 待っていても、全滅しか道がない。

 

 イベントを待って手を拱いた結果、

 危うく由奈ルート、啓哉の拉致監禁阻止失敗バットエンドに突き進むところだった。

 雛が隼人さんに電話してくれなかったらと思うとぞっとする。

 

 元のシナリオの末路が四面楚歌なら、

 そりゃ、腹も据わるってもんだわな。


 「……。

 

  わかりました。」


 すぐに覆い隠したから、

 その瞬間は、分からなかった。


 ほんの一瞬。

 雛が、涙を溢しそうになっていたことを。

 

 「早速、手配致します。

  他の報告は後程。」


 踵を返して去った雛の背中が、やけに小さく見えた。

 

 「常務っ。」

 

 うわ。

 いたのかよ、白鷺楓花。

 荒事担当だけあって気配消せるんだけど、いまスキル発動せんでいいんだよ。


 「記者の方がお見えです。

  常務とお約束があるそうですが、

  お通ししてよろしいでしょうかっ。」

 

 あぁ。

 意外に早かったな。

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