第39話


 「今週の第1位は、

  『Fanfare of Fate』、沢埜梨香さんっ!

  これで三曲連続の1位達成ですっ。」

 

 はっはっは。

 例の件があったのに、堂々一位、か。

 

 「沢埜梨香さんは長野県松本市でのコンサート、

  ホテル内で開催されたファンの集いを終えて、

  いま、市内の日本庭園にいらして頂いています。」

 

 うわぁ。

 この寒いのに、こんなところで撮るなんて。

 年寄りのスタッフとか死ぬんじゃないのか。

 

 「登場二週目でのV1ですが、

  まずは想定通りといったところでしょうか。」

 

 「そんなこと、まったく思えないです。

  ありがたさで胸が一杯です。」

 

 「梨香さぁん、聞こえますかーっ。」

 

 「はーいーっ。」

 

 「まぁまぁ梨香さん、ほんとにおめでとうございます。

  先週の放送が大反響なんですよ。

  ほら、ごらんください、こちら。」

  

 スイッチャーが映した先は、まったく意味のないもの。

 

 「この番組宛だけでもハガキが二万通来たんですよ。

  ご覧になれますか?」

 

 ハガキの山をずらーっと並べるだけで、

 どんだけの人出がかかると思ってるんだ。

 梨香に嫌味をぶつける一瞬のためだけに。

 

 「はい。」

 

 「このハガキ、ご覧になっていかがですか。」

 

 あのな……。

 なるほど、視聴率30%でもこの番組が黒字にならなかったわけだ。

 製作費をひたすら無駄遣いしてる。

 

 「凄いですね。

  みなさん、並べるの、すごく大変だったと思います。」


 あはは、苦笑い。

 うまい躱し方だ。


 「そういうことじゃなくてで……

  あぁ、では歌のほうにいって頂きましょう。

  今週の第1位、沢埜梨香さんで、『Fanfare of Fate』です。」

 

 わりと良心的な編成ではあるわ。

 違う番組なんて、他の歌手のBPMを10くらいあげたり、

 3分尺を2分にして作った時間で、わざわざ5分くらい問い詰めてたんだから。

 他の歌手からの印象、最悪だろうなぁ……。


 まぁ、

 いまの梨香なら。

 

 ほら。

 もう、ただただ、凄い。

 激しいのに、優雅で、統一感があって。


 何度見ても、圧倒される。

 リアルでここまでヌルヌル動くって凄いな。

 動きの繋ぎ目が見えないし、線にハリがあるっていうか。

 

 あぁ、あの声の載せ方、めっちゃ巧い。

 声域のコントロールが完璧に掛けられないとああ乗らない。

 凄いな。ほんとに凄い。

 

 っていうか、よくこんな場所であんなに踊れるな。

 ほんと下半身、強すぎるわぁ。普通に上段蹴りとかできそう。

 

 「常務っ。」

 

 なんだよっ……

 あぁ、白鷺楓花。


 「二番、お電話ですっ。」

 

 この時代、こんな時間までよく働くよな。

 俺の時代なら、オフィスなんてもうガラガラだよ。


 あーもう。

 

 「お電話、代わりました。」

 

 <あら、純ちゃん。>

 

 げっ!

 っていうか、白鷺楓花、秘書能力低すぎる。

 取り次いだんだよね?

 

 <梨香ちゃん、凄いの持って来たわね。

  啓ちゃんの置き土産ってワケ?>

 

 はは。

 向こうからも鳴ってる。

 モノラルサラウンド状態だ。

 

 「あれはほぼ、梨香さんです。

  クレジットだけ啓哉さんって感じです。」

 

 <いいの?

  そんなこと言って。>

 

 いいのいいの。

 だって。

 

 「提携、合意頂きありがとうございます。」

 

 <……ったく、ホントに驚かせがいがないわね。

  先に言っとくと、純ちゃんの言う通り、部屋ん中にあった盗聴器わ。>


 ああ、やっぱり。

 

 「奏太はなにも知らないでしょうね。」


 あの、化けた奴だろうな。

 奏太への目線が甘い御前崎社長くらいなら、騙せたってわけだ。

 

 <……。

  いつからだい?>

 

 「こちらでは分かりかねます。

  隼人さんにお話し頂けると。」

  

 <……

  嫌だよ、危ない橋は。>


 「土地転がしで付き合ってる連中は

  実利がありますから、弁えがありますからね。」

 

 <……分かってんじゃない。>

 

 なんだよ、な。

 

 御前崎社長が慎重になるのはよく分かる。

 この世界で、にメリットを受けている連中は多いだろう。

 盗聴器の件も、関連している可能性は否定できない。

 なにしろ、奏太に化けた奴は、隼人さんを探りにきていたのだから。 


 それに、ロックの評判が悪すぎる。

 なにしろ、公園の禁止事項に「ボール遊び」の上に、

 「ギター」とわざわざ書いてある。

 特定の迷惑行為として名指しされているくらい、忌避感覚は強い。 

 

 俺の世界で言えば、札付きの宗教団体と同じような扱い。

 まともな人間は残ってないとみられていてもおかしくはない。


 そんな状態のものに手を出すなんてのは、

 マス向けの商売としては、絶対的に不利だ。

 わざわざ悪い評判を抱え込みに行くようなものだから。


 でも。

 御前崎社長が、彩音にしていることを見ると。

 つい、こう考えてしまいたくなる。

 

 「御前崎社長って、

  音楽については、わりとロマンティストですよね。」

 

 <……純ちゃん。

  その冗談、面白くないね。>

 

 はは。

 キレがないな。

 

 原作では、啓哉にあの絵を売り飛ばしていたのは、

 啓哉を破産させ、梨香を引き抜くためのダーティな策謀だった。

 結果として、そういう側面もなくはないだろう。

 

 だが、それ以上に、御前崎社長なりに、

 啓哉の才幹の延命を図っていたと言えなくもない。

 隼人さんと繋がっていたというならば、なおさらに。

 

 「はっきりいいますが、

  僕は、の弁護をするつもりは一切ありません。」

 

 <……。>


 ま、信用できないだろうな。

 ただ、今はそんなことはどうでもいい。

 正理を隠して実利を取る。それが、俺のやり方だ。

 

 「具体的な点を詳細に調整したいので、

  御前崎社長の腹心をお送り頂けますか。」

 

 <……わかったわ。

  でもね、純ちゃん。

  まず、こっちにしてくれるかい?>


 ……忘れてた。

 ワンマン独裁会社だった、BWプロ。

 

*


 ふぅ。

 

 ……ひさびさだな、まともなプレゼンなんて。

 一流の策謀家相手に、手の内を見せずにやりきるのは不可能で、

 舞台袖をちょっと見せちまったよ。

 

 ま、いいわ。

 やっぱり、御前崎社長、音楽については、ロマンを持ってる。

 隠す必要があっただけで。不可能だと、諦めていただけで。

 

 「常務っ。」

 

 え。

 まだいたの、白鷺楓花。

 この会社の規定、残業手当とか、どうなってるの?

 まさか、全部サービスじゃないよね?

 

 「お電話、二番ですっ。」

 

 あぁ、はいはい。

 それは後で雛に確認してもらうとして。

 

 「お電話、変わりました。」

 


 <……純一君。>


 

 え。

 ……白鷺楓花、秘書として最低すぎる。

 

 <もう、酷いじゃない。全然繋がらないなんて。

  私が出たとこ、ちゃんと見てくれた?>

 

 あ。

 いいやもう、正直ベースで。

 

 「半分くらい見たよ。

  ハガキの下りとか。」

 

 <あはは。あそこだけ見たんだ。

  ああいうのやられると困っちゃう。>

 

 ホントだよ。

 

 「顔に出てたね。」

 

 <あはは。

  全国に晒しちゃったなぁ。>

 

 「梨香さんがああいう顔をするのまで、ワンセットでしょ。」

 

 <……。

  ま、いいか。>

 

 ん?

 

 <ううん、なんでもない。

  純一君、今日も家、帰らないの?>

 

 あぁ

 家、か。

 

 「明日、御前崎社長との業務提携の話を詰めるので、

  いろいろやることがあって。」

 

 <業務提携?>

 

 「うん。

  梨香さんも無任所の役員にすればよかったね。」

 

 あはは。ちょっと、嫌な顔してるんだろうな。

 会社を通さない営業案件を億単位で取り仕切ったのに、

 そういうのには心理的な抵抗感があるらしいから。

 

 「まぁ、梨香さんが東京に戻ったら話すよ。」

 

 <……由奈からも聞いてたけど、

  純一君、わりと底意地、悪いよね。

  それもう、年末じゃない。>


 原作通りなら、12月24日。

 ツアーのファイナルが東京で開かれる。


 「それくらいのペースで十分って話。

  成果が出るのはずっと先だからね。」

  

 場所は、原作通りの日本武道館ではなく、

 合流が、しやすいところ。


 <……そうなんだ。>

 

 「うん。

  お仕事に関しての隠し事はしないから。」

 

 <プライベートは?>

 

 「……なるべくしないから。」

 

 <……ふふ。

  私もあるよ? 君に隠してること。>

 

 ?

 

 <なんでもない。

  おやすみなさい、純一君。

  大好きだよっ。>

 

 ちゅっ

 

 !?

 

 ぷちっ

 

 ……うおうっ。

 

 この状態を、人は、間違いなく、と呼ぶのだろう。

 言い訳は山のように浮かぶが、失笑を誘うだけだ。

 

 ……動けっこ、ない。

 この状態を軽やかに渡り歩いていた藤原純一のメンタルは、

 ある意味では化け物じみていたのかもしれない。


 あ。

 

 「白鷺さん。

  もうあがって頂いて結構ですからね。」

 

 「え。

  ……よ、よろしいのですかっ?」

 

 時計、見てたな。

 二十二時半なんてまだ宵の口、みたいな顔してたぞ。

 さすが20世紀。全国がブラックだったって感じだな…。

 

 っていうか、白鷺楓花に電話の内容、聞かれてる?

 ……ほんともう、どういうつもりなんだよ、隼人さん。

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