第41話


 「お久しぶりですね、赤坂さん。」

 

 「春坂だけどっ。」

 

 あ。

 いま、素で間違えてた。

 ま、いいか。

 

 「……知らなかったわよ、

  その若さでKファクトリーの常務だなんて。

  道理で落ち着いてたわけね。」

 

 勝手に勘違いして、一人で思考を先に進めてしまうタイプ。

 バカとなんとかは使いよう。

 

 「……御前崎社長から聞いてるわ。

  KファクトリーとBWプロは天敵同士じゃなかったの?」

  

 原作では。

 正確には、啓哉的には。

 

 あ。

 

 「この事務所、禁煙ですからね。」

 

 「っ!?

  よ、よく生きてられるわねっ。」

  

 あのねぇ。

 ま、ヤニ中毒者の群れだからな、1980年代。

 特にロックまわりは。

 

 「できれば、ヤニもクスリもない、綺麗な人がいいんですけれど。」

 

 「……そんな奴、いる?」

 

 いるじゃん。

 沢埜啓哉だよ。

 

 「いなければ、いつまでーもイメージ最悪のままですけれど。

  それでよろしいなら。」


 「……っ。」

 

 「いっそ、禁煙して貰ってもいいかもしれませんけれど。」

 

 「……

  一番上手な奴でなくていいのね。」

 

 ええ。

 だって。

 

 「この国で、一番エレキギターが上手なのって、啓哉さんでしょ。」

 

 「……。

  まぁ、そうよね。」

  

 時が止まってしまっているんだなぁ。

 七年前の引退者が専門誌の編集長に一番巧いって言われちまうわけだから。

 

 「気が長い人がいいですね。

  ただ、ガッチリ指導はできるタイプが。」

 

 「……注文が多いわね。」

 

 「このまま日陰者でいたいなら。」

 

 「……っ。

  取材、ちゃんと受けて貰うからねっ。」

  

 「五年後くらいで良ければ。」

 

 「っ!?」

 

 あはは、こういうの久しぶり。

 

*


 「常務。」

 

 あぁもう。

 結局、これは変えてくれないのか。

 頑固だもんな、雛。

 

 「なんでしょう、雛さん。」

 

 「文月真美さんがいらっしゃいました。」


 来た、か。


 「一人で、ですね。」

 

 これは。

 これだけは、一人だけで来させる必要があった。

 

 「はい。」


 一人で来ても、おっかけひとりいない、か。

 マジもんで人気ねぇなぁ。ま、無理もないんだが。


 少女倶楽部って、中学~高校のクラスをイメージしてるわけだけど、

 人気のある存在って5人くらいまでに留まるから、

 残りのメンバーは余程のマニア以外はただの空気なんだよ。


 んでもって、紗羽さんの話と、原作知識を重ね合わせるなら、

 一番人気と二番人気が、煙草吸ってオトコに抱かれてた画像が

 近いうちに出ちまうんだよな。解散会見があの有様になるわけだよ。


 「レッスン場にお通しして下さい。」

 

 愛の巣、めちゃめちゃ便利だよな。

 由奈の貞操が無事でホントによかった。

 

 「わかりました。」


 さて、と。

 俺の原作知識から、残り少ない大札を切る時か。


*


 「……。」

 

 はは。泣きそうな顔してんな。

 怯えと怒りと不安が絶妙に混ざってる。

 地雷かまってちゃん、文月真美のイベントが進む時の顔だ。

 

 ある意味、イベントを意図的に起こすのは初めてか。

 原作とは、全然違うことになるわけだが。

 

 「ちゃんと一人で来られたね。」

 

 「あ、当たり前でしょっ。

  で、電車くらい、一人で乗れるわよっ。」

 

 少なくとも二人、御前崎社長が雇ったボディーガードがいるはずだが。

 ほんっと、鈍感だよなぁ。

 ま、御前崎社長、うまく隠しすぎなんだけど。

 

 っていうか、真美と琉莉は泥水組の娘達かぁ。芸能界っぽい話だよなぁ。

 月城天河は違うけど、別の事情は抱えてる。

 一般家庭の出である柏木彩音みたいなのがむしろ珍しいんだよな。

 

 それで、と。

 

 「、決まった?」

 

 「……なんで。

  なんで、わたしなの。」

 

 ここ、か。

 

 「推薦。

  御前崎社長の。」

 

 「!?」

 

 「やればできる子だってさ。」

 

 (あの子は、やらない子だからねぇ)

 

 これを、裏から言っているだけ。

 

 で、これは原作知識でも裏付けられる。

 家庭教師としてほとんど機能していなかった原作の純一の指導と無関係に、

 志望していたそこそこの大学に、ちゃんと合格している。

 

 ある意味、業を背負うことになる。

 ただ、こっちのほうが、本人の望むことに近い。

 

 「ほんと、素直じゃないんだから、二人とも。」

 

 「ふ、ふたり?」

 

 「御前崎社長も、だよ。

  社長、わざわざ僕に御礼言いにきたんだから、大学まで。」

  

 「ぇ……。」

 

 「御前崎社長は、苦労人だからさ。

  こんなヤクザな仕事に進んで欲しくなかったんだよ。

  凄く苦労したでしょ? 少女倶楽部。」

 

 「……っ。」

 

 「でも、君の才能を、どこかで信じてた。

  だから、中途半端な対応になっちゃったんだよね。」

 

 「……。」

 

 ま、そう簡単に信じられないわな。

 なんせ、地雷かまってちゃんだし。

 根性が知恵の輪よりも捻じ曲がってる。


 「で、どうする?

  やるの? やらないの?」

  

 やらないんだったら、残りの二人から取るだけ。

 替えを探すこと自体は、難しくはない。

 

 ただ。

 原作知識を踏まえるならば、

 元・少女倶楽部の関係者で、「成長爆発◎」がついてるのは。

 

 「……

  あんたは

 

 「他の事務所とか、テレビ局の人とかに、

  そんな口のきき方、してたの?」

 

 「す、するわけないでしょっ!」

 

 「はいはい。

  親しき中にも礼儀あり。

  そもそも、親しくもないんだけど。」

 

 「っ!?」

 

 「で、なに?」

 

 「……その、どう、思うのよ。

  わたしのことっ。」

 

 「ん?

  。」

 

 「っ!」

 

 「だって、君のこと、なにも知らないもの。

  柏木彩音さんと同じで。

  

  だから、僕に見せてよ。」

 

 「……。」

 

 「君の、本当の力。

  君だけが持っている力。

  人を、憚らずに、思いっきり。」

 

 「……っ!」

 

 たぶん、そういうところあるんだろうな。


 少女倶楽部の一番・二番人気は、いずれも、

 親のような年齢のテレビ局のプロデューサーや放送作家に好かれていた。

 芸事の実力とは無関係に、折衝能力やオトコウケを磨いていたのだろう。

 それはそれで、立派な生存スキルではあるのだが。

 

 五番目までに入らないその他のメンバーは、

 多かれ少なかれ、引き立て役を半分強制されてきた。

 自然、委縮してしまったろう。

 それに反発してきたコイツなんかは、損な役割ばかり押し付けられたんだろうな。

 なんせ、可愛げがないし。

 

 でもって、御前崎社長は、

 この世界から足を洗って欲しいばかりに、手を、つけなかった。

 それが、親子関係がこうまで拗れた理由の一つ。

 

 「これは、大変な抜擢人事だから。

  御前崎社長に、恥をかかせないようにね。

  それと。」

 

 「……。」

 

 「半月後に、沢埜啓哉の前で披露する。

  この国の、トップレベルのプロデューサーの前でね。」

 

 超一流の、とは、いまは言わない。

 驚かせるネタは多いほうがいいから。

 

 「っぁ!?」

 

 「どう? やっぱりおじけづいちゃったかな?

  逃げ帰るなら、いまだけど。」

 

 「……。

  っ……ってやる。」

 

 「ん?」

 

 「や、やってやろうじゃないのっ!

  み、み、見てなさいよぉっ!!」

 

 あぁ。

 こういう反発心だけはあったよなコイツ。

 涙目だし、脚、めっちゃガクガク震えてるけど。

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