第35話
<……由奈っ!?!?>
やっぱりかよっ!
素敵に原作由奈ルート2月末をしっかりなぞってやがるなっ!
<……はは。ははは。>
あぁ、豪快に壊れてる。
原作通りなんだけど、早すぎる。
絵の話すらしてねぇわ。
たぶん、
(…
残念ですが、もう。)
あの時、には。
1か月半どころじゃなかった。
この世界のシナリオ進行は、俺が思ったよりも、
ずっと、ずっと早かった。
<……分かるか。
俺はな、もう、聴こえないんだよ。
あの絵じゃ、もう、駄目なんだよ。>
気づくべきだった。
起こるべきことが、起こらなかったことに。
隼人さんが、絵の買入を止めたのに、啓哉は、なにも、反応をしなかった。
原作の啓哉を考えれば、そんなことはありえないのに。
世界は、既に崩壊していた。
シナリオはもう、屋台骨すら残っていなかった。
<……俺には、由奈がいればいい。
由奈さえいれば、俺の耳は、まだ、聴こえる。
聴こえるんだよ……はははは。>
(……啓哉はもう、壊れてんだよ。
由奈嬢を引き離せば、あいつの耳は、聴こえなくなる)
この情報、もう少し早く欲しかったよな。
ま、それ言ってもしょうがないわ。
んじゃ、ま、
やりますかっ。
「そう思ってるのは貴方だけですよ、啓哉さん。」
<!?>
<!
じゅ、純一君っ!?
雛さん、貴方>
<私がご同席をお願いしました。
社長に伝えたいことがあるそうですから。>
<なん、だと……>
ははは、いい感じ衰弱してやがるなぁ。
原作由奈ルートでは、絵の真実を告げてトドメを指す側だったんだがな。
「邦楽を知らなかった僕は、
啓哉さんにお会いした時には、無知文盲の状態でした。
だから、少し、調べました。七年前の件について。」
知っていたのは全部、隼人さんだけどな。
そこははしょっておこう。
「結論から申し上げます。
啓哉さん、貴方は無実です。
麻薬なんかやってません。」
<……
……
……。>
「はっきりいいましょう。
そもそも、麻薬、
やったことなかったんじゃないんですか?」
<!>
<!?>
だからさぁ、
コイツ、見栄っ張りなんだよ。
「ロックバンドのギタリストだから、
麻薬くらい、嗜んでおかないといけない。
そんな風に思いはしてたんでしょうね。
でも、貴方の事務所で、
お茶一つ出されなかったんですよね、僕。
思い出したんですけれど、
最初にお会いした時も、コーヒー一つ、口にしなかった。」
<……。>
「わりと忠実に保護者の言うこと、聞いてたんですよね。
ロックバンドのギタリストなのに。」
<……っ!?>
はは。
まぁ、これはジャブなんだよな。
「ではどうして、隼人さんが麻薬取締法違反の誤認逮捕を黙認したか。
それは、貴方が殺人犯と見なされるのを、避けるためです。
七年前の事件の。」
<っ!?>
あ、雛、めっちゃクリティカル入った。
その顔見たかったなぁ。
<……。
どういう、こと、だ。>
まだ意識、ちゃんとあったんだ。
トルコ映画の犯人みたいだな。
ここまでは、なんとなくは推定できてたんだよな。
春坂菜奈の発言からしても。
ただ、その詳細な事実は、
隼人さんから聞かなければ、分からなかったことで。
「七年前、重度の麻薬中毒患者だった著名なギタリストが逮捕された際、
ラジオ番組に送ったテープで、自分の収容されている刑務所を襲撃して、
自分を救い出すように、すべてのロックファンをアジデートしました。」
これが、七年前の大事件。
俺の世界には存在しなかった、ロック暗黒史の幕開け。
これ聞いた時、なるほどと思った。
「死者十七名。負傷者百二十七名。
警察側の死者も五名出た大惨事だったと。」
要するに、〇さま〇荘事件のロック版だ。
めちゃくちゃにタチ悪い拡大バージョン。
俺の世界でもあったよな、こんなの。
世界最高水準の先進国を自称している国の大統領が、
選挙に敗れた後、結果を覆えそうと支持者を陰に陽に煽った事件。
あれだよ、あれ。
世界的には、必ずしも珍しくない事件でもある。
サッカーファンを自称する連中とかな。
俺の世界でも、新幹線停車駅の隣の県庁所在地にいたよ。
<……。>
ただ、
この平和な国で、この被害者数のインパクトは、桁外れだったろう。
俺の世界で言えば、某宗教団体による連続テロ事件に近い。
あれで宗教ブームは壊滅に追い込まれ、
宗教やスピリチュアルに対する世間の目線は劇的に厳しくなった。
それが、この世界では、ロックであり、ギタリストになっている。
「メディアの態度一変、事実上の報道規制や風営法改正で、
ロックがどう追い込まれたかなどの話は、いったん置きましょう。」
大事なのは、この襲撃犯の主犯の一人が、
啓哉さんのバンドのメンバーだった。
貴方のバンド、ツインギターだったそうですね。」
<……>
「で、そいつ、自分のこと、
リードギターって言ったそうじゃないですか。
啓哉さんを嫉んで。」
<!>
<……な、に?>
「その調書が出て、
本当のリードギターだった啓哉さんが捜査対象になった。
だから、
啓哉さんが別の場所で、麻薬所持で捕まったことにしたほうが、
この件の捜査線から確実に外れると考えた。」
啓哉がこの誤認逮捕事由を否定しなかった理由でもある。
ロックバンドのギタリストはこうあるべきという思い込みと見栄っ張り。
「で、一切の情的な話を排して、ごく客観的に言ってしまえば、
マスターの判断は、正しかったと思いますよ。
それ以降のロック叩きは狂気だったようですからね。」
某宗教団体と同列と考えるなら、おそらく、連日連夜報道されたはずだし、
社会に忌避感情が残り続けるほど叩かれた筈だ。
なにしろ、風営法改正まで進んだわけだから。
そういえばこの世界、パチンコやスロットにあたるものないなと思ってはいたが。
その名残は、当然、いまも再生産され続けている。
世紀末覇者列伝のモヒカンロッカーの扱いであり、
ギターに対する国民感情的な忌避感覚であり。
隼人さんがいろいろ背景を語ってくれたが、それは端折って。
「それで、ですね。
啓哉さんが耳が聞こえなくなった理由は神経症なわけですが、
もうちょっと、簡単、
かつ、わかりやすい理由があると思うんですよ。」
これは、分かる。
そして、こう考えると、すべては、繫がる。
啓哉が、人生のすべてに、不機嫌であり続けた理由。
啓哉が、自分の存在そのものから、脱出を図ろうとしていた理由。
それは。
「自分が一番好きなもの、
自分の人生を賭けて没頭してきたものを、棄てさせられたから。
そうでしょう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます