第34話

 

 「だがな、藤原。」

 

 「はい。」

 

 「残念だが、お前の思う通りにゃいかねぇよ。

  ……啓哉はもう、壊れてんだよ。

  由奈嬢を引き離せば、あいつの耳は、聴こえなくなる。」


 っ。

 もう、そこまで。

 

 「話せば長くなっちまう。

  第一、そんな暇はねぇぞ。」

 

 と、言うや否や。

 

 ぶぅぅん……

 

 え、

 この部屋、テレビ、ついてたのかよ。

 

 これ、Kファクトリーの事務所前じゃん。

 『中継』、ってはっきり

 

 「あっ! 梨香さんが現れました。

  沢埜梨香さんですっ!」

 

 一斉にテレビカメラが梨香を向く。

 東京のキー局のうち、東京テレビ以外の全ての記者と、

 新聞社、雑誌社、各種メディアの

 

 「梨香さん、一言お願いしますっ。

  交際相手について、一言っ!」

 「お相手はどなたなんですかっ。」

 「俳優の古瀬枇榔さんの名前が出ていますがっ!」

 「梨香さんっ!」

 「ファンが混乱していると聞いてますがっ!」

 「アイドルとして無責任だとは思わないんですかっ!」

 

 梨香は、くるりとカメラを向くと、嫣然と微笑んだ。

 その柔らかな覇気に、記者達は完全に気おされてしまっている。

 

 「私事で皆さまをお騒がせしております。

  この件を含め、事務所と協議の上、

  記者会見を設定させて頂きますので、お待ち下さい。

  

  ですが。」

 

 大きく通る強い声で、梨香は、各社のカメラを等間隔に見る。

 

 「私は、人生をともに歩みたい方がおります。

  ですが、お相手のあることです。

  お相手にそう思って頂けるかは分かりません。

  

  これは、私の片思いに過ぎません。

  

  皆様。

  どうか、ご詮索はなさいませんよう。

  その方のご迷惑になってしまえば、

  私の恋が、成就しなくなってしまいますから。」

  

 う、わ。

 こんな形で、マスコミと一般視聴者を、分断してしまうとは。

 

 「……言ったろ。

  あいつなら、立て直しちまうって。」

 

 梨香が、くるりと事務所に入っていく。

 魔法が解けたように、カメラマンが一斉にシャッターを切る。

 

 『LIVE 

  沢埜梨香、事務所入り

  今後について相談か』

  

 ……しっかり字幕作ってやがったな。

 大規模災害か、首相人事レベルじゃねぇか。

 っていうか呼び捨てなんだよな、この頃って。

 

 「……おそらくだが、これから、梨香は啓哉に自分の想いを告げてしまうだろう。

  売り言葉に買い言葉になっちまう。

  お前が大切に思っている由奈嬢の精神は、助からないだろうよ。」

 

 ……なんて、こった。

 いまから、俺が

 

 「あの状況で事務所に突入しても、無事に入れるとは思えんな。

  入ったところで、お前にできることは何もないぞ。

  お前が持っている材料は、だからな。」

 

 っ!?

 

 (知ってるんだよ、あの絵)

 

 気づくべきだった。

 あの瞬間に、俺の、この世界での優位性は、灰燼に帰していたことを。

 

 待つべきではなかった。

 がむしゃらに、を進めておくべきだった。

 三人を助けられるキーストーンを、掴んでおくべきだった。

 

 例え、俺が殺されたとしても。

 

 「だから、御前崎の奴は、俺のところに寄こしたんだろうがな。

  お前に少しでも、傷がつかないように。」

 

 そん、な。

 

 時間の読みが、甘すぎた。

 イベントは、1か月半、先に進んでいると思っていた。

 臨界点は、まだ先だと思っていた。

 

 だが。

 

 ……梨香のイベントは、もう、3月末よりも進んでいた。

 このゲームは、もう、終わりかけていたんだ。

 

 なんて、こった……

 ここまで、なのかっ……。

 

 この昏い部屋で、すべての崩壊を、ただ、見届けるだけなのか。

 まるで、ゲーム上での、汐屋隼士の運命のように。

 


 ぴりりりりりりっ

 


 ?!

 

 「……なん、だ?」

 

 で、電話っ。

 なんでもあるなこの部屋……。


 ぴっ

 

 「俺だ。」

 

 これで済むっていうのが汐屋隼士。

 ま、この部屋を他に使う奴はいないしな。

 

 「……。」

 

 ぇ。

 な、なんで、俺に?

 

 「雛だ。」

 

 ひ、雛?

 雛って、

 

 「お前に、だと。」

 

 っ!?

 

 「もしもし、お電話かわりました。」

 

 <……相変わらず、無茶をされてますね。>

 

 溜息をつく雛の声に、懐かしさすら感じる。

 

 <これから、社長室で、

  梨香さんが、社長に面会します。

  

  その際。>

 

 ……。

 


 <いいですか、藤原さん。

 

  この私が、あなたに、賭けるんです。

  失敗は、絶対に許しません。>

 


 ぇ。

 

 <同席して頂きます。

  この電話で。>

 

 ……っ。

 

 (あなたの話、少しだけ、考えておきます。

  少しだけ、です。)

 

 通じて、いたんだ。

 俺の、想いが。

 

 <聞こえておられますか?>

 

 

 「……望むところです。

  変えてやりますよ。貴方達の運命を。」



 受話器の向こうでついた、

 雛の溜息を、少し明るく感じた。


 「貸せ。」

 

 っ!?

 

 ま、マスターっ。

 

 「いいか、雛。時間を稼げ。

  なんでもいい。どんな理由でもいい。

  俺の名前を出してでもいいから、絶対に十五分後に設定しろ。

  いいな。」

 

 ぴっ。

 

 え。

 切っちゃった。

 

 「……ふぅ。

  ったく、お前らみんな、無茶しやがって。」

 

 マスターの、こんなに明るい顔、初めて見た。

 明るいというか、ヤケクソにも見えたが。

 

 「藤原。

  七年前のこと、かいつまんで話してやる。

  一字一句、忘れるんじゃねぇぞ。」


*


 「……藤原。

  本当に、いいんだな。」

 

 「ええ。

  こそ、本当によろしいのですか?」

 

 「……はは。

  どうなるかな。

  

  にしても、お前、

  本当によく生きてやがるよ。」


 それは俺もそう思う。


 ……おっと。

 はじまりそうだな。


 <ふぅ……。

  お待たせ、兄さん。>

 

 <やけに長いトイレだったな。

  2番おおきいほうか。>

 

 <そういうこと、聞くもんじゃないよ?

  はしたないなぁ、もう。>


 なんつー誤魔化し方させてんだよ、雛。


 <で、お前はあの青年との不貞について、

  申し開きがあるのか。>

  

 はは。

 音楽以外では本当に直球しか投げれない奴だな、沢埜啓哉。

 

 <いっとくけどね、

  私達、なんにもしてないんだよ。

  由奈を裏切ってなんかいない。>

 

 <ほぅ?

  じゃ、あのテレビの発言はなんなんだ。

  お前らしくもない。>

 

 <……らしくないね。確かに。

  言うつもり、なかった。

  一生、言わないでおこうと思ってたよ。


  兄さんと違って。>

 

 <……なに?>

 

 <兄さん、私をけしかけて、

  純一君と由奈を、別れさせようとしてた。

  違う?>

  

 <そんなことはない。

  お前が勝手にやったことだ。>

 

 <そうかしら?

  いくらなんでも、私に構わなすぎたじゃない。

  お仕事に差し障るくらいに。

  

  寂しくなった私が、

  純一君にちょっかい出すように仕向けたんでしょ?>


 <馬鹿馬鹿しい。

  そんなこと、あるわけがないだろう。>

 

 <じゃあ、私が新曲の会議を立ち上げてって言った時に、

  私を無視していたのはなんで?>

 

 <記憶にない。

  雛。>

 

 <……確かにご報告致しました。>

 

 <お前の記憶違いじゃないのか。>

 

 <いえ。

  私に限って、そのようなことは。>

 

 <っ!>

 

 あぁ、驚いてる。

 雛が啓哉に逆らってるのって、めちゃくちゃ珍しいんだわ。

 このシーン、カメラ入りで見たかったな。

 

 <ほら。

  兄さん、由奈に夢中すぎたもの。

  純一君、言ってたよ。留守録にも入ってないって。>

 

 <……。>

 

 あっさり言いくるめられてやんの。ほんと弱いな。

 っていうか、この世界の病んでない梨香が強すぎるんだが。

 

 <兄さんが、由奈を囲い込んで、純一君を動揺させ、

  私を純一君に仕向けて、二人を引き離して、

  由奈を、自分のものにしようとした。>

 

 ただ。

 

 <違うというのならば、

  答えて、兄さん。>

 

 純一と梨香が違うだけで、

 この、パターンは。

 


 <……由奈っ!?!?>



 やっぱりかよっ!

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